第35話「進級とクラス替え」

 二年生へと進級した賢也たちにクラス替えが待ち受けていた。賢也は美世と小豆が同じA組、優斗と巫女と千代がB組。咲花先生は二年A組の担任になった。

 先生が違うことに戸惑う優斗と巫女。咲花先生と深く関わりすぎて違和感を覚える。だがB組の先生も良い先生だったのでホッとする。

 先生たちの担当科目は変わらないし、国語の授業では咲花先生にも会える。話す機会もなくなる訳ではない。少しだけ離れた気分になってしまうだけだ。

 休みの日に道場でも会えると割り切った優斗と巫女は改めて二年B組の先生と対話する。とても優しい女の先生だ。理科の先生で、授業は受けたことがあるし怖いイメージもないため話しやすい。


 二年A組に来た美世は賢也とハイタッチする。他にも仲の良い生徒の多い美世にとっては何の問題もない。

 賢也は少し疎外感を感じていたが、いつも通りだった。せめて優斗がいればもう少し話せるのだが、別に話せなくても困らない賢也はゆっくり外を見つめた。


 ホームルームが始まって、咲花先生が挨拶をする。拍手喝采の中で静かにさせた先生は、まず自己紹介からさせる。

 小豆の席だけ空いている。小豆は学校には来ない。それでも一縷の望みをかけて、小豆を咲花先生のクラスに入れてもらえるように進言した先生。

 小豆の事を他の誰よりも考えていた。きっと彼女の事を彼女自身よりも先生は考えていただろう。

 咲花先生がここまで考えを巡らせるのには理由がある。確かに小豆に起こった事は不幸だった。だが不幸のたびに塞ぎ込み閉じこもるのは、やはり良くない。

 小豆が少しでも耐性を付けて、元気に来れるようになるまで支援するのが先生の目標だ。


 期間は中学生の間だけ。三年間は長いようで短い。少しでも早く小豆が復帰出来たらいいと思う先生。

 だが無理強いも出来ないし、挑戦させて折れてしまえば余計に塞ぎ込むかもしれない。

 難しい問題だ。本人の精神次第で良くも悪くもなる。咲花先生だって流石に小豆の全てを理解はできない。

 結局本人次第ではあるのだが、だからと言って声をかけないのは違うだろう。声かけをしていき、可能性があるのなら少しでもすがりついて歩んで行って欲しいと思う先生。


 ホームルームを終えて皆を帰す先生は、準備をして小豆の家に向かった。

 小豆は驚いていた。咲花先生が担任になってくれた事が嬉しかったが、それはそれで申し訳なく思う彼女。

 咲花先生が気を使ってくれたと考えたからだ。それは事実だったが、小豆が気にするようなことではないはず。

 それでも気にした小豆は、咲花先生に尋ねた。

「……私、学校に行かなきゃいけないのかなぁ……?」

「無理はしなくてもいいのよ。でももし、行きたいってなったら遠慮なく言って欲しいだけなの。電話でも何でもいいわ。いつでも相談に乗るからね」


 不登校になってから随分経つ。こうやって咲花先生が来てくれるのも例外ではあるが、逆に小豆が咲花先生と数人だけは受け入れているのもまたギリギリの状態だ。

 だが小豆だって今のままじゃいけないと思っている。

 教科書を届けてくれた先生にお礼を言い、今日は帰っていく先生を玄関で見送った。

「本当に良い先生ね。小豆がここまで明るくなったんだもの」

 小豆の母が後ろからそう語る。

「……私、別に明るくなんかなってない」

「そんな事ないわ。前なら部屋から出なかった。ご飯も部屋で食べて食器置いて。トイレも二階にあるし、ずっと出てこないんじゃないかと心配したこともあるわ。でも冬休み、春休み、勇気を出して外に出てくれた。息苦しくもなったでしょう? それでも勉強合宿に出れたのは、きっと咲花先生のおかげよ」


 確かに数歩前進している。それは咲花先生が後押ししてくれるから進めること。咲花先生になら打ち明けられる。

 次の咲花先生が訪問した時、思い切って打ち明けた。

「……私も本当は学校に行きたい」

「本当!?」

 咲花先生は嬉しそうな顔をした。だが小豆はすぐに暗くなる。

「……でもやっぱり怖いし辛い。行けるのなら行きたいけど頑張れる気がしない」

「そう。でもまた一歩前進したわね」

 小豆は顔を上げた。座って俯いていた小豆の目の前に咲花先生の頭がある。

 先生は小豆の首に手を回し抱きしめた。咲花先生はいつも抱きしめる時この形だ。


 先生は体がちっちゃい。だがその愛情は大きい。その愛情を独り占めしてしまっているのではないかと不安になってしまう小豆。

 先生は困っている様子の彼女を見て、どうしたのか話して欲しいと懇願こんがんする。小豆は首を横に振るが、小豆の手をギュッと握る先生に根負けして話した。

「そんなことないわよ? 私、多分一番力を入れているのは天谷君だわ」

「……そうなんですか?」

「内緒にして欲しいのだけどね? 私、彼を見ているといつも危なっかしくて、つい口出ししちゃうの」

 ふふふ、と笑う咲花先生は小豆の手を更に強く握る。

「勿論あなたにも力を入れてるわ。でも独占して悪いと思わなくてもいいの。皆を平等に見るなんて無理なのだから、手のかかる子にはしっかり見てあげないといけないと思うのよ。勿論、他の皆も大切だけどね」

 納得した小豆は今日の勉強を見てもらう。咲花先生が帰った後、手を振る先生を見て元気を貰う。


 二年生の一学期、四月は桜が舞う季節。新入生も入ってきて賑わう。勿論先月卒業して行った生徒たちは様々な高校へと進学して行った。

 そうやって時の流れを歩んでいく学生たち。賢也たちも新たな一歩を踏み出す。

「大分勉強できるようになってきたね」

 優斗は賢也に昼休みのご飯の後、勉強を教えながらそう言った。

 賢也はシャーペンをクルクル回しながら、頭を悩ませている。だが優斗の言う通り、前より問題を解けるようになってきた。


「私にも教えて優ちん」

 美世もパンを食べ終えて机に座ってノートを開いた。それに対して千代が間に入る。

「優斗君は私に勉強を教える約束があるから駄目だ」

「ぷっちょ〜! 抜け駆けは許さないよ!」

「あはは。私が見るよ、美世さん」

 巫女が美世の分からないところを教える。美世も春休みは勉強合宿を免れただけあって、ちょっとずつ理解を深めている。

 それは千代も同じだ。ただの脳筋に終わらず、しっかり勉強に励んできた一年が幸をなしている。


 全員宿題もちゃんとやって提出したのは褒められた。特に元一年A組は優秀な出来だったようだ。

 昼休みが終わりB組に帰っていく優斗と巫女と千代。A組の全員が席に着くと、一つだけポカンと空いた席が目立つ。

 小豆が不登校になった最初のうちは、家の近い者がプリントなどを届けていた。今は教師の誰かが届けている。

 勉強をしない人間ではない小豆だから、ちゃんと学校側も対応してくれる。


 午後の授業が始まり教科書とノートを開くクラスメイト。咲花先生の授業でなければ黒板係は行われない。

 理科の先生が勉強を教えている。昼ご飯を食べたばかりの午後授業。眠くなるのは必至である。おまけに苦手な科目であれば、最早睡魔には勝てない。

 必死で抗う生徒たちは理科の先生の授業に食らいつく。美世はウトウトしてしまっていた。

 賢也はというと、眠気に勝つのは得意なので、後は話を理解する力と記憶力の問題だった。


 五時限目と六時限目は地獄のような有様である。学校なんてそんなもの。それでもちゃんと受けていれば自ずと光は見えてくる。

 人の話をちゃんと聞くこと。素直に聞き入れること。そして学び、糧にすること。そうやって人は成長していく。

 間違ったらちゃんと誠心誠意、謝ればいい。やり直せるのだから。

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