第34話「春休み勉強合宿」

 赤点が一つに減った賢也は合宿対象外になったが、咲花先生が教えると聞いて自主的に参加する。

 どのみち赤点を取ってるのは事実なので、参加するのはいいことだと受け入れられる。

 巫女と優斗も参加する。美世と千代は今回合宿対象外なので参加しなかった。二人とも用事があるのだと言う。

 こっそり今回も参加した小豆。巫女とは初対面だったが、巫女は事情を知っていたし、小豆はそこまで拒否反応を起こさなかった。

「よろしくね、小豆ちゃん!」

「……うん」

 勉強は一年のおさらいだ。三学期のところだけ勉強しても仕方がない。二年生という次のステップに繋げるための勉強合宿なのだ。


 小豆はやはり大分遅れてしまっている。家でも勉強しているのだが独学なせいか、得意科目の国語以外が少しマズイ。

 全てを一遍には出来ないので、ある程度必要な箇所を抑えながら、応用が利くように教えていく先生。

 特に分からないところを教えていく。小豆の家に訪問して何度か勉強を教えているので、全くついて来れないわけではない。


 むしろついて来れてないのはやはり賢也だ。赤点回避しただけで点数は依然低い彼は、とにかく必死に勉強する。

 暗記力があまりついていない彼。当然だ、以前は勉強を放棄してトレーニングに励んでいたんだから。とにかく覚えるために、ひたすら復習させる先生。

 暗記は書いて覚えるのが基本だが、音も合わせて覚えるのも中々いい。記憶力は若いうちに培っておかないと、歳を取ってから困る。


 優斗や巫女は咲花先生に教えてもらう賢也と小豆の隣の席で宿題をする。そして優斗は賢也の、巫女は小豆の勉強も同時に見る。

「なんかこうしてると楽しいよね」

 優斗がふと呟いた。

「俺は必死なんだが」

「そ、それはわかってるよ。でも皆で勉強するって楽しいよ。一人でやってても全然楽しくないし、中々入ってこないもん」

 それはそうだな、と微笑んだ賢也。チラリと小豆の方を見る。

「小豆も楽しいか?」

「……」

 小豆の手が止まる。ノートを見つめて何かを考えている様子だった。

「……私、楽しんでいいのか分からない……」

 咲花先生が小豆の足に手を触れる。

「勿論楽しんでいいに決まってるじゃない」

 小豆は首を横に振った。


「……先生に教わるのは楽しい。でも皆といる事を楽しんでいいのか分からない……」

 咲花先生は悲しそうな顔をした。小豆の心の傷はまだ癒えない。だが、それでも前進しようと足掻いてくれたからこそ勉強合宿に来てくれているのだ。

「楽しむのもまた難しいことかもしれないわ。でも覚えておいて欲しい。あなたは良い子だからこそ、縛られる必要はないのよ?」

 もっと自由でいいと言う先生。だが自由こそが小豆の尊厳を壊した物。誰かに心を傷つけられたということは、相手を傷つけることも怖くなるものだ。

 当然だろう? 誰かに傷つけられたのに相手を傷つけたら、その相手の行為を肯定することになる。それこそ心の弱い人は殻に閉じこもってしまうのだ。


 誰かと接するのが苦手な人は、色んなことに恐怖を覚えるのかもしれない。変に捉えられたらどうしようとか、嫌なことを返されたらどうしようとか、逆に嫌な気持ちにさせたらどうしようとか。

 気持ちがぐちゃぐちゃになる人も少なくない。喧嘩をしたら誰だってマイナスの気持ちになるだろう。それがもう、怖くて怖くて仕方ない人もいるのだ。

 人の立ち直るスピードには個人差がある。小豆は未だ立ち直れていない。そして立ち直るキッカケもないのだ。

 ほとんど家から出ない彼女をなんとか立ち直らせたい咲花先生。だが先生からどれだけ言っても中々小豆の心の灯火を大きくできない。


「いつか楽しめるといいな」

 勉強に目を向き直しながら賢也は呟いた。顔を上げた小豆は賢也の方を見る。

「本当は楽しみたいんだろう?」

 賢也はノートに字を書きながら聞いてくる。小豆はノートに目を落とし呟いた。

「……どうなんだろう?」

 自分の事なのにわからない。だが咲花先生は笑った。否定しないだけでも十分な成長だったからだ。

「大丈夫、きっと大丈夫」

 上から勉強を見れないので靴を脱いで椅子の上に上がり見ていた咲花先生は小豆の頭を優しく撫でた。


 春休み勉強合宿も終わり、二年生になる準備をする。空手部も休み中にあり鍛える賢也と優斗。優斗もこの一年で逞しくなった。

 体を柔らかくする事から始めた優斗は、体幹も鍛えられて、かなり強くなったと言える。

 とはいえ咲花先生の道場で試合をすれば、優斗は賢也に負ける。まだまだ足りないのだ。まぁ賢也も成長してるせいもあるが。

「優斗君強くなったわね」

 咲花先生が優斗に声をかける。

「そうかな?」

 優斗は未だに賢也に勝てない。それが悔しくてたまらない。せめて一回でも一本を取れたら少しは前進してるように思えるのに。だが手加減して欲しいわけではない。


「焦りは禁物よ」

 座り込む優斗の肩を軽く叩く先生。先生は座る優斗の前に正座し、少し見上げてこう言った。

「大丈夫よ、ちゃんとあなたも強くなってる。その証拠がこれよ」

 咲花先生は優斗の道着の袖をまくり手を取る。力こぶを作るように言った先生は優斗の上腕二頭筋をトントンと触る。

「とっても硬いわ」

 巫女もそれを聞いて触りに来る。優斗は恥ずかしがったが、ここが男の見せどころよと先生に言われ、巫女に力こぶを触らせる。

「凄い! 頑張ったねー!」


 巫女の褒め言葉が一番効いた優斗は顔を真っ赤にしている。優斗を立たせた先生は蹴りをさせてみる。

 まっすぐ伸びたいい蹴りだ。優斗は必死で賢也を追いかけて鍛えていたため言われるまで気付いてなかった。

 そして咲花先生は優斗と向かい合う。

「私に技をかけてみなさい」

 咲花先生からは組み合うだけで何もしないと言う。優斗は先生と組み合い考える。

 様々な技を教わってきた。体格的に賢也と練習する事がほとんどで先生に技をかけたことはない。


 小さな体の咲花先生を投げることを躊躇するが、先生の方がプロだ。受け身も取れる。優斗は思い切って小外刈をかける。

 先生を後方に崩して左足で先生の右足を外側から刈って投げた。

 先生は受身を取る。そして立ち上がって言った。

「以前のあなたなら私に技をかけることすら不可能だったわ。あなたはちゃんと成長してる。それを実感できたかしら?」

 優斗は大きく頷いて喜んだ。以前の自分では考えられない運動神経。勉強しているだけでは身につかなかった事。


「賢也君ありがとう」

「何故俺に礼を言う? 教えたのは咲花先生だ」

 優斗は首を横に振った。

「確かに咲花先生に教わったから強くなれたんだけど、強くなりたいと思ったのは君に出会ったからだ。君と出会って友達になれて、だからこそ頑張ろうと思えた。僕と友達になってくれて、ありがとう」

 優斗は手を差し出した。その手を取る賢也はフッと笑った。

「俺の方こそありがとう。俺は輪に入るのが苦手だ。だからもうこの先友達なんて出来ないだろうと思っていた。だがお前は手を差し伸べてくれた。だから俺は救われたんだ」

 ギュッと手を握りあった二人の手に巫女が触れた。

「私を仲間はずれにしないで欲しいな」

「ふふふ、青春ねぇ」


 先生は微笑ましく見ている。それを三人は見つめた。手を重ね合ったまま先生を見ている三人。

「あら、私も仲間に入れてくれるのかしら?」

「先生がこちらに来るのを待っているんですけど」

 先生はトコトコと歩み寄り三人の手に自分の手を合わせた。

「三人とも私の生徒でいてくれてありがとう。私は初めてのクラスで、本当は上手に教えられるか不安だったわ。でも皆いい子! 二年生になったら別のクラスになるかもしれないけどよろしくお願いしますね」

 二年生は別のクラスになるかもしれない事を唐突に思い出した三人は、顔を見合せて驚いた。

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