第32話「告白と……」
賢也は咲花先生に思い切って愛の告白をする。
「咲花先生……」
「あら、何?」
「好きだ! 先生!」
「ふふふ、私もあなたの事好きよ?」
「本当か? じゃ、じゃあ付き合ってくれ!」
「……? ああ、そういう好きね……」
賢也なりの真面目な告白に咲花先生は、首を横に振る。気持ちは嬉しいが答えられない。賢也はまだ子供だからだ。
「駄目よ、恋人にはなれない」
「なんでだ? 俺の事好きなんじゃないのか?」
「人としては好きでも、恋人になれるかは別じゃない」
「俺は……咲花先生と恋人になりたい」
「じゃあ……もしも大人になってもその気持ちを持ち続けたら、もう一度告白しにきなさい」
大人になってもその気持ちを持ち続けて、咲花先生にも賢也にも恋人がいなかったら、その時また告白してくれたらいいと言う先生。
頷いた賢也はいつも通りになった。気が晴れたというか、緊張が解けたというか。
ただ完全にはいつも通りではなかった。賢也は咲花先生を目で追ってしまうし、空手部の副顧問としての咲花先生の言葉一つ一つに元気を貰う。
咲花先生の道場に休みの日に行った時も、先生の評価を気にしてしまう。
勿論咲花先生は優しく包み込んでくれるように対応してくる。それが逆に心地よくて体が熱くなる。
賢也は必死に正拳突きに打ち込んだ。とにかく動くことにした。筋トレやランニングで忘れようとした。
だが咲花先生を想う気持ちは薄れない。フラれたのに、それでも好きなのだ。厄介なものだと自分でも思う賢也。
先生の所作一つ一つに目が行き愛おしく思う彼は、誰かに惚れるという事がこんなにも幸せな事なんだと気付いた。
同時に彼は巫女の想いに気付いた。それは残酷な事だったが、彼は巫女の想いには応えられないと感じていた。
賢也はこんなにも咲花先生の事を好きなのに、巫女の事も好きだと言えなかった。それは不純だと思っていたからだ。
別に咲花先生にフラれた今、先生に拘る意味もない。だが先生は大人になっても恋人がいなかったら告白していいと言った。
これは一見すると恋心を否定しない心の大きな意見だとも見える。だが賢也の心を縛り付けてしまう偏った意見でもある。
魔性の女としても大きい咲花先生。本人は無意識である。先生自身が恋愛経験が少ないためその辺はお察しだ。
更に言うと毎日顔を合わせるのだから余計意識してしまう賢也。校門で挨拶し、ショートホームルームで話を聞き、国語の授業で教えを受け、空手部と道場で鍛えてもらう。
もうドキドキしっぱなしの彼は何もかもが照れに繋がった。その様子を見ていた巫女は焦っていた。
賢也が咲花先生に取られる……おまけに先生は強敵だ。大人の女性で可愛らしく胸も大きいときた。
巫女は思い切って美世と千代に相談する。美世と千代は笑っていた。
「流石に先生には負けないよ、巫女ちんは」
「巫女さんは真面目だね」
二人がちゃんと聞いてくれない事に腹を立てた巫女は机を軽く叩く。
「絶対、賢也君は咲花先生に惚れてるよ……」
「それなら勝負の時が来たね」
「やるしかないわ」
二人の剣幕に押された巫女は、どういう事かを尋ねる。二人は簡単な事だよと言った。
「もうすぐバレンタインデーでしょ? そこで勝負を決めるしかないよ!」
美世の勢いのある言葉に気圧されつつ、巫女は納得して頷いた。
三人はバレンタインデーで燃える。ちなみにどうして美世と千代まで燃えているのかまでは分からない巫女。
女の勝負の場が近づいていた。
そんな事も知らずにいつも通り過ごす賢也と優斗。だが優斗だけはバレンタインデーを意識していた。今までバレンタインチョコを貰ったことのなかった優斗は、どうしたら貰えるのだろうかと悩んでいた。
せめて巫女からは貰いたいと思っていた彼は、義理でもいいからチョコを貰えないかと頭を悩ませていた。
優斗は巫女の事が好きだ。それは間違えようのない事だった。だからこそ巫女の悩みは解決したいと思っていたし、たとえそれが賢也絡みでも同じようにする。
優斗は、ぶっちゃけ負けヒロインならぬ負け主人公になった気分だった。誰からもちゃんと見て貰えない気持ちに陥っていた彼。
成績を落とす訳にはいかないプレッシャーから、中々踏み込めなかったが……彼だって一人の少年だ。
悩み苦しみ羨望し、手に入れたいという欲望がないわけではないのだ。
そんな中、賢也が咲花先生の方を見ているのは好都合だった。優斗は巫女の事を見ていた。
だが巫女はそれでも賢也を見続ける。悲しい四角関係の出来上がりか?
賢也はとにかく咲花先生を見続けた。それは強くなる近道でもあったから。先生の一言一句が励みになる。ずっといられるわけではないが、先生の言葉を思い出す事で強くいられたのだ。
そうやって少しずつ日々を過ごしていって、明日がバレンタインデーの日というところまで来た。
巫女は千代と共に美世の家に集まった。巫女も料理は出来る、だが美世はお菓子作りのプロであるパティシエの母を持つという。
巫女の母に教わることも出来たが、どうせならプロに教わった方がいいだろう。
美世の母の指導は厳しかったが、必死に食らいつく三人。好きな人の分と、気づかれないために義理のチョコを沢山作る。これは戦場に
どれだけ失敗を繰り返したか分からない、それでもパティシエの美世の母に合格点を貰い、チョコレートが出来上がった巫女はお礼を言って帰る。
賢也と優斗のためのチョコレートをしっかり見分けが付くようにして明日を待ち望む彼女はウキウキ気分で眠る。
一方で咲花先生もチョコを作っていた。一年生全員分である。男子女子関係なく全員分である。
そこには小豆の分もあった。帰りに渡しに寄ろうと思っていたのだ。
全員分のチョコとなると相当の数になる。調理の苦手な咲花先生は、お祖父さんに教わりながら必死に作っていた。
市販のチョコではなく手作り。教師である咲花先生がそこまでしなくてもいいのだが、先生はどうしても拘りたかったのだ。
初めて受け持つ生徒たちに平等に幸せな気分になれるようにと思っての行動だ。
久しぶりに徹夜になりそうな勢いでチョコを作る咲花先生。教師の仕事は終えているから安心だ。なるべくどのチョコも同じように作る。
「ここまですることかのう?」
お祖父さんが流石に苦笑する。
「やりたいからやるの!」
咲花先生は頬を膨らませる。やると決めたらやる、それはとても大切なことだ。
全部のチョコを完成させた先生は、流石に疲れたのか包装は無言でやっていた。
工程を全て終えて、袋に詰め込んだ頃には夜中だ。流石に体力オバケの咲花先生でも睡眠は大切。少しでも寝ないといけない。
慣れない調理で疲れが溜まっていた先生は風呂に入り、布団に入るとすぐに眠ってしまった。そして寝過ごした。
と言ってもトレーニングが出来ない程度だ。朝の校門挨拶にほ何とか間に合う。
ご飯を食べながら出ていく姿を久々に見たお祖父さんは、今でも昔と変わらぬ姿の咲花先生に微笑んだ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
挨拶を交わして見送るお祖父さんは、空を見上げて呟いた。
「薫は今日も元気じゃ」
きっとそれは天国の、咲花先生のお父さんとお母さんに言った言葉だろう。
脅威の記憶力で一年生だけにチョコを配る、校門挨拶係の咲花先生は、二年生三年生からブーイングを浴びた。
「ごめんね、私は一年生の担当だから」
一年生の皆は、咲花先生の心意気にとても喜んだのだった。
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