第30話「またもや助けられる」
賢也は咲花先生にまたもや助けられた。全員を相手にしても負けはしないつもりだったが、波江の危機に咲花先生が割り込んできたことで話が変わった。
「すまない……! 咲花先生!」
「どうせなら、ありがとうって言って欲しいわね」
先生は生徒のためならこのくらい平気と笑ったが、喧嘩に巻き込む形になった賢也は詫びる。
全ての敵を倒した後、警察に連絡したと言う咲花先生に再び土下座する賢也。
頭を上げなさいと言った後、しゃがんで彼の頭を撫でる咲花先生は笑い言う。いつだって暴力で解決しないといけない時もある、ただそこに至るまでに出来ることをしないといけない、と。
「努力したつもりなんだ……」
賢也は立ち上がった後も
「私、実はあなたたちがここに入るのをちゃんと見届けてるのよ。そしてある程度時間を置いてから見張りを蹴散らして、そこの影にずっと隠れてたから途中から全部聞いてるの」
これには驚いた賢也。咲花先生は怒ってはいない。だが、間違っていることを正そうとする。
「あなたは未だに自分の力を過信しているようね。あなたのやるべき事は無理矢理にでも抱きかかえて伊豆さんを連れて逃げるか、一人ででも逃げて助けを呼んで伊豆さんを連れ出すべきだったの。そうして大人を頼るべきだった」
「本気でそう思うのか?」
咲花先生の大人としての対応に憤りを感じた賢也。自分は全力でやった、こうしなければ……波江は……。
ふと先生が笑った。爆笑だ。あははははは、という笑いが路地裏に響き渡る。
「あなたはあなたの思う正しさを通した。それは伊豆さんの心に届いたわ。私の言うやり方だと、あなたは救えても彼女は救えなかったかもしれない。だから結果的にはこれで良かったの。よく頑張ったわね、よく耐えました。でも忘れないでね。もし私がいなければ、あなたも伊豆さんもどうなっていたかわからないのよ」
「ああ、そうだな。すまな……いや、ありがとうございます」
賢也は頭を下げる。その頭を撫でた咲花先生は少し下がった後、賢也に頭を下げた。
「偉そうなこと言ったけど、あなたを信じて見守るために、すぐに警察を呼ばなかった責任は私にあります。ごめんなさい」
「頭を上げてくれ先生。そんなの嬉しいに決まってる。信じててくれたんだからありがたいよ」
賢也は笑顔で先生に感謝の意を示す。頭を上げた先生はにっこり笑った。
「さて、伊豆さん。少し話せるかしら?」
警察が来るのはもうすぐだ。
「伊豆さん、あなたは悪い事をした自覚はあるかしら?」
「はい……」
「でもあなたにも言い分はあると思います。過去の話は聞いています。あなたはきっと、助けて欲しかったのね」
「……違います。私は賢也に……復讐したかったのかも」
「そうかもしれないわ。でも心のどこかで助けを求めていたんだと思うよ。天谷君に助けて欲しかったんだと思う」
「そうかな……?」
「誰でもない、天谷君が逃げずにいてくれて、必死に手を伸ばしたからこそ、今度こそあなたは救われたんじゃないかな? 今後はもっと心から笑って欲しいわ。ずっと心なしか、冷たい笑顔でいたんだもの。その涙が乾いたらもっと素敵な笑顔を見せてくださいね」
「……はい」
波江は号泣しながら答えていた。話し終えた後、賢也に何度も謝る波江。俺の方こそ悪かった、そう言って彼女を抱きしめる賢也。
警察が来て三人は事情聴取に警察署へ連れていかれる。勿論その場でノビていた『下克上』のメンバー全員が捕まった。
事情を聞いた警察官たちは、波江に何故大人に相談しなかったのかを聞いた。
そして波江は話したのだ。自分が賢也を悪い道に連れ込もうとして仕組んだ。結果として断られて大きな喧嘩になった。
これは首謀者としても捉えられる。だが彼女は中学生一年生。罪には問われない。
警察官は事情聴取を終えた後、これからは真っ当な道を行ってくださいねと波江に言った。
頷いて終わった波江は、父親が迎えに来て帰ろうとする。
「伊豆さん、ちょっといい?」
「……何ですか?」
手招きして屈ませる。恥ずかしがる波江だったが、頭を撫でられる。
「大丈夫。あなたはきっと優しくて正しい素敵な女性になれるわ。これはおまじない」
波江を抱きしめて背中を軽くポンポンと叩く。
「私……先生ともっと早く出会いたかった」
やがて父親と一緒に帰って行った波江を見送った賢也も父が迎えに来たので帰る。
「咲花先生、いつもいつも息子がすいません」
頭を下げる賢也の父。迷惑をかけてばかりで申し訳ないという賢也の父に咲花先生は頭を下げ返す。
「もっと早く止めることも出来ました。警察沙汰にまでなったのは私の責任でもあります。すいません」
先生は悪くないだろ、そう言いたげな賢也に拳骨一発喰らわせて、彼の父は咲花先生を見た。そして賢也に言う。
「良い先生に出会えたな。お前のために、何も悪くないのに頭を下げてくれる先生なんて中々いない。これからもしっかり修行をつけてもらえ」
賢也は咲花先生を見る。彼は頭を下げて、よろしくお願いしますと大きな声で言った。
咲花先生は再び賢也の頭を撫でる。先生にとって頭を撫でる行為は出来る最大限の応援であり励ましなのだ。
そして同時に咲花先生のお祖父さんもやってきた。先生も帰ることにする。
何故か一人のお巡りさんが咲花先生のお祖父さんの所にツカツカと音を立てて歩いてきて怒鳴った。
「こんな時間まで小さな子を子供と歩かせるとは何事だ!」
お祖父さんは面食らって驚いた。まだ何も事情を把握してなかった署長さんらしかった。
咲花先生は賢也と顔を合わせて爆笑した。
「か、薫……笑ってないで弁明しておくれ」
お祖父さんは苦笑している。
「ごめんなさい。お巡りさん、私は成人してます!」
こんな時のための免許証。あまりの事にビックリした署長さんは頭を下げて謝る。
「大丈夫です。よく言われるので」
どう見ても大人に見えない咲花先生はいつも苦労する。でも背が小さくても関係なかった。
彼女はいつだって心を大きく広げ、生徒のために尽くしたいと願う一人の教師だった。
教師というものは忙しい。様々な業務に追われ手一杯だ。休みの日も生徒のために働くのに手当はでない。
それは善意だという人もいるだろう。だが中にはその苦しさから、生徒の事に目を向けずにいる教師もいるのだ。
自分のことで手一杯。そんな教師も当然いる。おまけに生徒のためにした事が裏目に出て保護者から責められたりもする。
じゃあどうしたらいいんだと悩む教師も多いし、教師だって人間だ、ストレスは溜まる。
生徒を一人一人見れる教師は少ない。
実際、咲花先生も全員を隅々まで見れている訳ではない。だが生徒たちが少しでも道を踏み外さぬように目を光らせているのだ。
先生も結構な無理をしている。それが分かっていたから先生のお祖父さんは、今日はいつもの日課のトレーニングをしないで、風呂に入った後にすぐに寝なさいと言った。
仕事も終わっていた先生は素直に従い、体を休める。喧嘩の疲れもあってか気がついたら眠っていた。
次の日の朝、しっかり早起きした先生はトレーニングを軽くして、準備を終えて学校に向けて出発した。
学校に着いてから色々終わらせて校門に立つ。
「おはようございます」
一番最初に来た波江は先生に挨拶をして、ある事を言った。
哀しそうに頷いた先生は、波江を屈ませて抱きしめる。頭をポンポンと叩いて、元気を出してと言った。
波江を校内に通した後、賢也が来る。彼は先生に挨拶した後、波江を追いかけた。
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