第29話「天谷賢也の意地」

 下吊上也の恋人だった波江。彼女は賢也を闇の道に引き摺り込むことで、自分を助けなかった賢也に同罪を被せようとしていた。それを知った賢也は、改めて『下克上』と敵対する。

 上也にタイマン勝負を申し出た賢也は、勝ったら波江を解放しろと言う。

「ははは、勝つつもりの人間の交渉になぜ応じなければいけない?」

「そんな事も出来ないで、何を守れるんだ?」

 賢也は挑発する。自分のペースに持ち込めれば上手くいくかもしれない。


 上也は不敵に笑った。彼自身も喧嘩は弱くない。前に出る二人、緊迫した空気が流れる。

「約束しろ。俺がタイマンで勝ったら……」

「勝ってから言え」

 上也から攻撃を仕掛ける。頭を狙う拳、賢也はかわして上也の腹を殴ろうとする。だがそれをもう片方の手で受け止める上也。

 その後、両手で組み合う二人。先に動いたのは賢也だった。左手を押し右手を引き、すぐさま左手で上也の右手を掴み背負い投げする。

 地面に叩きつけられた上也はゴロゴロと地面を転がり、立ち上がる。

「まだまだ。これで勝ったなんて思わないよな?」

「当たり前だ」


 次は賢也から仕掛ける。彼は空手部だが型はボクシングだ。ジャブから入りストレートを入れる。今度こそ捉えた拳。上也は躱そうとしてモロに顔面に受ける。

 だが上也も手強かった。賢也も何発か殴られたし、上也を殴っても中々倒れない。もう一度掴み投げ飛ばす賢也は焦っていた。

 だが上也も限界だった。最後に賢也が腹に一撃を入れると、うずくまる彼に賢也は息荒く言った。

「俺の勝ちだ」


 タイマンで勝った賢也は、多数の『下克上』メンバーに囲まれる。タイマンだと言ったはずだ! と言った彼に笑う上也は何でもありが今の『下克上』だと言って襲いかかる。

 多対一だと投げ技は使えない。上手くステップを使い相手の攻撃を躱しながら反撃する賢也。だが敵は多く周囲を囲まれている。

「意地を張らずにギブアップしなよ! 賢也!」

 波江の言葉に歯を食いしばる。とにかく掴み合いに持ち込まれないように立ち回る賢也。壁を背にひたすら敵を殴る。

 逃げることだって出来た。それでも逃げなかったのは波江の事を想っていたからだ。例え誰かの恋人であろうと関係ない。幼馴染の闇堕ちを助けたかったのだ。


 リンチに近い襲い来る『下克上』のメンバー。一人一人に反撃し、少しずつノックアウトしていく作戦を取る賢也。壁に近づき過ぎずに、ヒットアンドアウェイを繰り返し、少しずつでも相手の数を減らそうとした。

 だが路地裏への入口は誰も入って来れないように『下克上』のメンバーが見張り孤立状態。相手の方が圧倒的に数が多い状況だ。

 不利な状況でも諦めなかったのはあの人の教え。『少しでも可能性があるなら抗いなさい』と彼女はそう言っていたことがある。


「俺は負けないぞ! 波江! ここから助け出してやる!」

 疲労困憊の賢也は必死に抵抗した。口から血を流しながら、波江を救うために戦ったのだ。

「賢也……」

 波江の心は揺れていた。その体をガシッと掴むのは上也だった。

「あいつは昔どうしたんだっけ?」

 上也はイヤらしい笑顔を波江に向けた。

「逃げた……」

「そうだ。俺たち『下克上』から逃げた。今回もそうするさ」


 上也自身が、ある人から引き継いだ不良グループ『下克上』は別に善良な人間のことなんて関係なかった。

 賢也が目に付けられたのは、『下克上』のメンバー相手に喧嘩を売っていたからだが、喧嘩を繰り返す彼を弱い人間だと『下克上』のメンバーに決めつけられていたからだ。

 だが蓋を開けてみれば賢也は強かった。拳もそうだが、意志が強くて自分の信念を持っていた。

 波江の弱さも分かった上で、『お願い』を聞いてもいいと言ったのだ。できる限り叶えてあげたかった賢也だが、『下克上』に呑まれる・・・・のだけは認められなかった。


 ボコボコにされていく賢也だが絶えず反撃を繰り返した。息も絶え絶えだったが諦めずに、心の手を伸ばし続けた。波江がそれを手に掴むまでは諦められなかった。


「賢也……もういいよ! 諦めてよ!」

「俺はお前を諦めない!」


「なんで……そこまで……」

「昔逃げたからだ。あの時死ぬほど後悔したし、なんならあの時俺は死んだ。生まれ変わろうと努力したんだ。だからもう俺はお前を残して逃げないんだ!」


「賢也……。賢也ぁ……。ああぁぁ……! 勝って賢也!」

「!? 波江! 当たり前だ!」


 そこで上也が波江を掴む。上也の顔は笑ってなかった。波江は怯えながらも立ち向かった。


「波江? 裏切るのか?」

「かっちゃん、もういいの。もういい……やめて! 賢也を助けて!」


「馬鹿か? あいつが諦めて俺たちの仲間になるか、あいつが諦めてお家に帰るか。その二択だ」

「じゃあ賢也を家に返して!」


「いいぜ? でもお前は俺たちの仲間だよな?」

「うん……」


 波江は力なく頷いた。波江は賢也に近づき、言った。


「このまま何事もなかったように帰って。賢也」

「それは出来ない。お前の口から、もう二度と『下克上』とは関わらないと聞くまでは!」


「それは出来ないの……。もう私は戻れないんだよ」

「そんな事はない! やり直せる! ここから立ち直れるんだよ! 負けるな! 負けちゃダメだ! お前は俺の……大切な幼馴染なんだ!」


 必死に叫ぶ賢也。波江は揺れていた。あと一押しだった。

「お前は俺のこと好きか?」

 唐突に聞く賢也。波江は咄嗟のことであたふたする。

「俺はお前が好きだ! 恋愛とかどうでもいい! お前という人間が好きなんだ! 恋人になんてなれなくても関係ない! お前のことを本当に大切に思う人間がここに一人いるんだ! お前はもう弱い人間である必要がない・・・・・・・んだ!」

 友を思う強い人間でいていいのだ。友を思えばここまで強くなれる、それを証明したかった賢也。


「賢也……私、戻れるのかな?」

「当たり前だろ。普通の道に戻れるよ!」


 賢也が波江の手を取ろうとした瞬間、上也が彼女の手を強く掴んだ。

「もういい! お前ら、こいつをボコれ! 波江、いい加減にしろよ? お前が戻れるわけないだろ。俺たちの志を忘れるな」

「痛い……離して!」

 波江が身をよじり涙目で訴える。上也はため息をついて、波江を連れ出そうとする。

「賢也! 賢也ぁ!」

「波江! くそっ……波江を離せ!」


 囲まれた賢也にはどうにもできない。波江は上也に連れていかれようとする。どんな目に遭うかもわからない。

 その時だった。

「ぐえっ!?」

 上也の体が吹っ飛んだ。それは飛び膝蹴りだつた。

「な、なんで……?」

 波江は驚いて言葉が出ない。賢也も言葉を失った。

「やれやれ、いつまで隠れていればいいかわからなかったわ」

 それは咲花先生の姿だった。


「道を開けるわ。来なさい、伊豆さん」

「な、何言って……」


「天谷くんのところまで行くわよ。さぁ迷ってる暇はないわよ? あなたはもう弱い人間ではないでしょう?」

「……はい!」


 咲花先生は賢也のところまでの道を強引に開く。飛び蹴りをして割り込み『下克上』のメンバーの足をとってジャイアントスイングで道を開いた。

 賢也の元へ走りよる咲花先生と波江。咲花先生へ浪江に壁際でいるように言う。

「天谷君、あと少し踏ん張りなさい。伊豆さんを守るように。私は全員倒す気で行くわよ」

 賢也は笑った。俺も戦うと言いたかった彼は止めた。それをしてしまうと後ろの波江が危ない。先生は彼女を守れと言った。ならば全力でそれに応えるのみだ。


 賢也が波江を守ってる間、咲花先生は『下克上』のメンバーをギッタンギッタンにしていく。

 背の小さい先生を捉えるのは難しく、逆に先生は素早い攻撃で相手の急所を捉えていくのだ。

 上也も向かってきたが敵ではなかった。先生の独壇場だった。

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