第28話「不良グループ『下克上』のトップ」

 その不良グループ『下克上』のトップは、いかにも不良と言った風な人間だった。高校生にも見えるその人は、人間社会の下にいる小中学生を上にし上げたいのだという。


 殴りたくなった者が殴れる社会に。それを目指す彼は、名を下吊したづ上也かみやと言う。

 誰だってムカつく時があるだろう? その時言葉にしただけで済めばいい。だが殴ってしまえば怒られるで済まない場合も多い。

 何故殴られる理由を持った者が守られて、殴ってしまった者ばかりが責められるのか。つい手が出ることがそこまで悪いことなのか。


 心の弱い人を守る社会といいながら、結局は賢い者の味方だ。人を殴ってしまう心の弱いものは守られない。いつも悪だと責められる。

 そんな心の弱い者の味方が『下克上』だと言う。いつも同じ格好をしてさえいてくれれば、仮に心の弱い者が殴ってしまったとしても守ることが出来る。

「証拠がなければ中々捜査もしにくい。殴った程度なら警察も打ち切る可能性があるだろう?」


 事件性の大きさがそこまで大きくなければ素通りされる。簡単に逃げられる。だからこその『武器を持ち込まないルール』なのだ。

 一部の人間はそのルールを守らないらしい。それが末端の人間なのだという。だが今後はもっとルールを守らせていって、皆の暴力を守るのだという上也。

「だってよぉ? 殴ってるだけで暴行罪。ボコボコにしたら下手すりゃ補導ですら済まないだろ? 殺したわけでもねぇのにさ」

 ストレスは勝手に溜まる。ふとしたキッカケで暴走した暴力は罪ではないと言う上也。


 賢也は、いくら何でもめちゃくちゃな理論だと言った。だが上也は言う、キレやすい人はマトモに生きることすら無理なのか? と。

 我慢するから誤って人を殺してしまうのだ。沸点の低い人は生きてるだけで罪なのか? そう問う上也。

「いくらでもやりようがあるだろう? そんなもの逃げの一手じゃないか!」


 賢也は怒りの声を上げた。ストレスを我慢するから人を殺してしまうのなら、ちゃんとストレスを発散出来る場を設ければいい。

 人を殴る必要はないし、殴られた人が守られるのは当然だ。殴る方が悪い。賢也自身が殴ることは悪い事だと分かっていて今まで喧嘩して来たのだから。

「それだよ」

 上也は言った。殴ることが悪い事だと分かっていても殴る人がいる。それは時に自分の正義のために。

「俺は俺の正義のために悪いことをしてる奴を殴ってきたんだ!」

「その正義は守られたか? 殴ることは悪い事だと怒られたんじゃないのか? 正当防衛は守られるのに、正義の鉄槌は守られないのは何故だ?」


 賢也は混乱する。確かに正義のための暴力は許されなかった。最初に殴られなければ正当防衛とは言えないし、仕返しし過ぎれば正当防衛にはならない。

 だがいくら鍛えていると言っても賢也は中学生だ。殴ると言えば腹ですらなく頭を狙う。相手を戦闘不能にするのに一番だからだ。

 だからこそいつも怒られる。でも仕方ないじゃないか。そうしなければこちらが危険なのだ。


「怒られるだけで済めばいいだろ」

「それでまた我慢するのか?」


 我慢なんてしていないと言う賢也。だが他の人はそうはいかないと言う。


「お前は強いんだ。弱い人はそうはいかない。一度殴って怒られて、沈んだ心が浮き上がらずに、もう殴っちゃ駄目だと我慢して、壊れる人もいるんだ」

「そ、そんなの……」


「そんな奴いないと思うだろ? 世の中の犯罪者になってしまう奴のどれだけの人間が、何度も我慢しているせいで出し切れずに犯罪を犯しているかわかるか?」

「それだけじゃないだろ! 理由なんて色々あるだろ!」


「その通りだな。だから俺はせめて今俺が話したみたいな奴だけでも救いたいんだよ」


 どれだけ綺麗事を言っても下の者の統率を取れていなければ意味がないという賢也に、笑う上也。

 下の統率を取ることの大変さを知らないからそんな事を言えるんだと言う彼。どうやってもルールからはみ出てしまう奴はいる。そこまでは守れない。

 だがルールを守る奴だけでも守りたいと言う上也に、絶対にそれは間違っていると賢也は言う。


 それならばお前はどうなんだ? と問われる賢也。お前に何ができるかと問われ、迷う彼。何も出来ない癖に一端いっぱしの事を言うなと言われ戸惑う賢也。

「お前に与えてやれるんだ。『下克上』正道支部の支部長になれ。俺は少し遠いところでリーダーをやっている。この場所の管理はお前がしたらいい。お前は守れるんだ。ルールをしっかり守るように仕切ればいいんだよ。それだけで弱い奴らを守れるんだ」


 賢也は上也を睨みつけた。少しも怯まない上也は遠くを見つめた。

「そしたら波江も喜ぶぞ」

 歯を食いしばって耐える賢也。彼は絶対に屈するつもりはなかった。

「……お前本当に強いやつだな。呆れたよ」

 上也は手を広げてため息をついた。彼はリーダーとして、ここまでだなと感じていた。

「波江、もう駄目だ。こいつとはここでおさらばしろ」

「波江! こんな奴の言う事なんて聞くな! 正しい道はちゃんとある!」


 上也の言葉を聞いた波江に叫ぶ賢也。その叫びにいい事を思いついた。

「そうだなぁ、お前……波江の事は好きか?」

 驚く賢也。好きか嫌いかで言えば好きだ。だが恋愛のそれとは違う。幼馴染であり、まるで血の繋がっていない兄妹のような存在だ。

「大切な存在だ」

 賢也は言葉を絞り出した。上也の言葉を待つ賢也。笑い声が響き渡る。

「なら頼みくらい聞いてやれよ。こいつも弱いんだよ。お前が逃げたからな」

 グサリと刺さる言葉。負けそうになる賢也。


「『お願い』だよ、賢也。『下克上』に入ってよ。皆を守ろうよ。それが私の願いだよ。今度こそあなたが皆と私を守ってよ……」

 揺れる賢也。それでも拳を握りしめ、歯が折れそうなくらい噛み締め、息荒く耐えた。

「駄目だ、引き受けられない。俺はもう逃げない・・・・・・

 波江は顔をゆがめた。それはいびつな怒りだった。


「賢也は『あの時』逃げた。本当はあの時逃げて欲しくなかった。私は何もされなかったよ。『下克上』の皆は守ってくれたの。あなたは守ってくれなかった」

「その通りだ。俺はあの時弱かった。あの時波江を守れなかった。だが今は違う! 波江を守りたいと思っている! 頼む! そちら側に行かないでくれ!」


「賢也は意地悪だね……。わかっていたんでしょう? 私がこちら側に堕ちているって」

「……」


「でもごめんね、賢也。私も意地悪だからさ、こちら側に賢也に来てもらうしか方法がないの。だって私……」

「波江?」


 訝しんだ賢也は波江に近づく。それを止める上也。

「そこから先は俺が言うよ。波江はな……。もう俺の女なんだよ!」

 笑い声が響き渡る。鬱陶うっとうしい下衆げすな笑い声が反響する。

「だからどうした? そんなものいくらでも取り消せる。いくらでも打ち消せる。波江が選びさえしてくれたら、こちら側へ取り戻せる!」

 笑い声が止み、『下克上』のメンバーや上也、波江が賢也を哀れみの目で見る。彼らにとって賢也は幻想を抱く中学生でしかないのだ。

 賢也にはもう彼らを救えない。上也や波江が賢也を引き入れられないように、『下克上』のメンバーも自分たちの道を曲げるつもりはないのだ。


 当然賢也も曲げられない。もうどうしようもないのだ。賢也は叫んだ。

「リーダーの上也とか言ったな! 俺とタイマンで勝負をしろ! 俺が勝ったら波江を解放してくれ!」

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