第27話「過去へのケジメと過ちへの誘い」
過去に『下克上』との争いから逃げ出した事を根に持つ波江。許したと言いつつも心の奥底で許していなかった。
波江は賢也の心を鷲掴みにしようとした。捕まえて逃がさず虜にしようとしたのだ。
だがそれは上手くいかなかった。賢也は芯を持って行動しており、叶えると言った『お願い』でないなら叶えないといった様子だ。
とはいえ、それならそれでいいと思っていた波江。計画実行の日は近い。ある男と密談していた彼女は、満足そうに賢也の事を想う。
それは通常なら有り得ない思想だった。彼女はもう囚われていたのだ。表面上は見えないだけで心が囚われて壊れてしまっていた。
日曜日休みが終わり、いつも通り授業が始まる。冬の月曜日の朝は寒い。学校にはストーブがないが夏のためのエアコンがある。
暖房はあまりに寒い日にはオンになっている。今朝は朝から寒いが昼から少し気温が上がる予報でついていない。
皆寒い中着込んで勉強を受けている。いくら北の方の地方ではないからと言っても、雪はチラホラ降る時があるのだから寒い。
波江は何故か制服の上に何も羽織っていない。寒くないのだろうか。休み時間に賢也が波江のところに行ってマフラーを掛けてあげる。
「寒いだろ?」
「ありがとう」
微笑んだ波江は、賢也は寒くないのか? と聞いた。賢也は首を横に振る。大丈夫だと言って席に戻る。その姿が可笑しかったのか波江は口を手で抑えて笑った。
放課後、空手部が終わってからの事。波江はこっそり賢也に声をかけた。
「今日二人だけで行きたいところがあるの」
「それは『お願い』か?」
「もう! いじわる! そんな事言うなら一人で行くわよ」
「いや……待て。一緒に行くよ」
「二人だけでだよ?」
「ああ、わかった」
賢也は頷いて帰る準備をしている優斗と巫女に話しかけた。
「今日少し寄るところがある。帰りは別になる」
「え? 一緒に帰れないのかぁ。残念。気をつけてね」
「……賢也君、それは一人で?」
残念がる優斗に対し巫女の目は鋭い。首を横に振る賢也に優斗と巫女は顔を見合わせた。
「一緒に行っちゃ駄目なの?」
「ああ、駄目だ」
「なんでそんな……。どうして?」
「波江が二人きりで行きたいと頼んで、俺がそれを了承したからだ」
賢也の言い分が受け入れられなかった巫女だったが優斗が巫女の肩を強く掴み、言った。
「わかった。ついて行かないよ」
「優斗君! そんなの!」
優斗は掴む肩に力を込めた。咲花先生のところで鍛えているのだ、力は強い。
「ううっ、わかった……」
諦めて肩を落とす巫女。手を離した優斗は笑って言った。
「寒いから本当に気をつけてね」
「ああ。ありがとう優斗」
そう言うと賢也は波江と一緒に空手部の部室を出ていく。
「こっそりついていくんだよね?」
「いや、やめておこう」
巫女は意地でもついて行こうとするが、優斗は止めた。見れば彼女は涙目だ。
「心配いらないよ。対策はするから」
優斗は巫女の目を見て頷いた。大丈夫、何とかなると。
賢也と波江は家のある方向とは違う繁華街がある方向へ向かっていく。賢也は波江と手を繋いでいて道行く人はきっと、中学生カップルが歩いていると思っているだろう。
賢也はある事を思い出していた。この道を歩いていた時、波江のアイスクリームが『下克上』の奴の足に当たった。そして……。
「遅くなる前に帰れるようにしろよ?」
「わかってるって」
日は少しづつ沈む。冬の日が沈むのは早い。灯りのない場所はいくら何でも危険だ。
波江は懐かしみながら歩いていた。あの店まだやってた、あの店閉めちゃったんだ等、昔を思い出しながら歩いていた。
やがて路地裏の秘密の場所へと向かっていく波江。繋ぐ手を賢也は引っ張った。
「何でそっちに行く?」
「いいからついてきて」
「それは『お願い』か?」
「……本当に意地悪になったね、賢也。『お願い』じゃないよ。でも一緒に来なくても私は行くよ。目的地だからね」
賢也は哀しい顔をした。そこは『あの時』の場所だからだ。
「怖いの?」
「ああ、怖いよ」
「ふふふ、大丈夫だよ。何も悪いことなんてないよ」
それは波江にとってはだったが、賢也はその言葉を信じて一緒について行く。
奥に行くと波江は賢也の手を離して走り出した。それを慌てて追いかける賢也。
「ようこそ! 『下克上』正道支部へ!」
波江のその言葉に驚いた賢也は耳を疑った。どうして波江が『下克上』の集まりに参加しているのかわからなかった。
「あはは、驚いた? 私、実は今『下克上』の広報やってるの」
そして実は『下克上』のメンバーだった波江。
「馬鹿なことを言うな! 『下克上』のメンバーをやってるのか? そんな事はやめろ!」
止めるべく賢也は必死に説得する。だが『下克上』は悪い風に言われているが全然そんなことはなく、一部の末端が悪事を働いているだけだと言う波江。
本当は弱い者の味方だと言う彼女の話を聞いて、混乱する賢也。
「そんなわけないだろう!」
「そもそも賢也は『下克上』という組織を知らなさ過ぎるんだよ」
「なんだって言うんだ?」
「『下克上』はね、心の弱い人のために作られた物なの。怒ったら殴っちゃう人がいるじゃん。でも殴ったら罪になっちゃうじゃん。でも殴りたくなるじゃん? そしたらどうしたらいいの?」
「ストレスは発散したらいいだろう」
「素敵な人は皆そう言うけどね? どうやったって一瞬の過度なストレスに耐えられずに殴っちゃう人はいるじゃん? そういう人が少しでも捕まらないようにと作られたのがこの組織なんだよ」
「だからって……それを許しちゃ駄目だろ!」
「なんで? 殴ってるだけだよ? 日頃の
「じゃあ殴られた人はどうなる!」
「殴られるような事したってことでお相子じゃん」
ここでふと疑問が上がる波江はどうだったのだろうかと。
「お前はあの時殴られたのか?」
「殴られてないよ? 小学生相手に殴らないよ、皆は」
「だが、殴るやつもいるだろう?」
「うん、だからある程度は統率が必要なの」
「統率……?」
「まとめ役がいるってこと」
これではまるで反社会的勢力だ。だが波江は続ける。
「賢也にまとめ役になって欲しいの」
賢也は黙った。歯を食いしばり耐えていた。どうしたらいいかわからない、頭が追いつかない。ただ一言、言葉が出た。
「それが……『お願い』か……」
波江はとても
だがふと、咲花先生の顔が浮かんだ。
「断る」
「……ええ? 私のお願い一つ叶えるって言ったじゃん?」
波江は萎えて眉をひそめる。ここで了承を得られると思っていたからだ。
「俺の拳はそんな事に使うために鍛えてきたわけじゃない」
「じゃあ私の『お願い』はどうなるの?」
「他のにしてくれ」
「はぁ!? なんでよ! 叶えてよ!」
「俺は『俺が叶えられる範囲でいいか』と聞いたよな? それでいいと言ったのはお前だ。この願いは叶えられない!」
「何それ……意味わかんない」
「むしろ俺からのお願いだ。『下克上』を抜けてくれ。図々しいのはわかってる。お前の心を救いたいと願ってるんだ」
「はぁ……。計画めちゃくちゃ。もういいよ。出てきて、かっちゃん」
賢也は顔をしかめる。波江の後ろから、ある男が現れた。その男は『下克上』のメンバーと同じ格好をしながら、メンバーから崇められているようだった。
その男の纏う雰囲気があまりにも大きくて、少し気圧されてしまう賢也。それでも彼はしっかりと男を睨みつけて対抗した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます