第26話「神谷巫女の悩み」
波江の登場によって賢也を取られるんじゃないかという不安に駆られた巫女。そんな悩みを持つ彼女は料理ならば波江にも負けないと思っていた。
だがお弁当を持って行った先で、波江が賢也にお弁当を持ってきていたのを知る巫女。そして、それを受け取っていたのを知った彼女はショックを受ける。
「波江さん、料理できるんだね……」
「今片親だからね〜。親が働いている間、自分と親の料理くらいは出さないといけないから」
心に傷を負った波江は弱い。男に守ってもらわないといけない程に。
巫女も守ってもらっていたから人の事は言えない。だがそれでも後から来た波江に居場所を取られるのは辛い。
賢也は巫女に今日からお弁当を作ってこなくて良いと言った。波江が作ってくるからだ。それが巫女にはとても悲しかった。
波江のお弁当は巫女が今まで作ってきたお弁当とは違って、賢也の体のことを考えていなかった。ただひたすら可愛く、それに尽きた。
賢也もそれを嫌がらない。歪な関係だった。仲直りしたはずだったのに主導権は握られた、そんな感じだ。波江には逆らえない、これ以上傷つける事は許されないと感じていた賢也。
話を聞いていただけに、やるせない気持ちになった巫女は落ち込んだ。いつしか賢也と波江の二人グループになり、優斗と巫女は賢也と離れてしまう。
巫女は流石に勘づいていた。恐らく何も傷ついてないフリをして賢也を操るのが波江の
昼休み二人きりの時、優斗に相談するが優斗は首を横に振る。
「きっと昔の幼馴染だから特別なだけだよ。今だけ少し我慢しよう」
そうなのだろうか、と悩む巫女。咲花先生に相談しようかと思ったが、中々先生に個別で相談出来ない。
何より波江の目が笑っていないように感じた巫女。休みの日、咲花先生の家の道場で相談しようと思った巫女はお弁当を持参して道場に向かった。
「咲花先生〜、私も見学してていいですかぁ?」
「な、何で……」
波江は咲花先生の道場にも賢也と一緒にやって来た。
「いいわよ〜、どうせなら体を動かしていかない?」
「あ〜……私汗かくの嫌なので遠慮します」
にっこり笑っていたが少し肩を落とす先生は、賢也と優斗に着替えてくるように言う。
巫女にも着替えていくように言った後、先生は彼女の肩を跳んで叩いた。
振り返ると笑顔の先生がいる。巫女は涙目になりながら着替えに行った。
賢也と優斗を咲花先生のお祖父さんが腰を抑えながら見る。波江はそれを見学していた。
巫女は護衛術を先生から習う傍ら賢也と波江の方を見ていた。
「こらこら、ちゃんと集中しなさい」
咲花先生はそう言った後こっそりと、相談に後で乗るからと言った。
それを信じて護身術の方に身を入れる巫女。お昼になってから、お弁当を広げた巫女と波江。波江は自分の分を賢也に食べてもらおうとするが、咲花先生がおかずを取った。
「美味しそうなご飯ね、私も食べてもいいわよね?」
「大丈夫ですよぉ。何にも問題ありません〜!」
波江は少し不貞腐れていたが素直に譲る。皆でご飯をつまむ一時は少しだけ平和だった。
「咲花先生、俺の稽古もして欲しいんだが……」
「そうね、ご飯を食べたら見ましょう」
ご飯を食べた後、巫女の稽古はお祖父さんが見る。賢也と優斗の稽古を咲花先生が見た。
「そうそう、一撃一撃に心を込めて」
空手技だけでなく柔道技も教える咲花先生の稽古は厳しかった。
「技を頭でしっかり覚えなさい!」
空手技から牽制して柔道技に持ち込む。一連の流れは何パターンもあり、咲花先生が本気を出せば一瞬で人一人倒せる。
それは小柄な咲花先生だからこそ、相手の蹴りや殴りに容易に対応して、足を打ち投げ技に持ち込めるのだ。
超小柄な女性とはいえ、大人の鍛えた筋力を持つ先生は、洞察力も凄まじく相手の動きをよく見ている。だから相手が動いた時、自分がどう動くべきか見えているのだ。
一瞬で懐に入られた時にはもう投げられている。それを繰り返す。
ふと波江が声を出した。
「これ、意味があるんですかぁ?」
それは道場内に響き渡った。意味があるのか? というあまりに酷い問いに流石に賢也が口を挟む。
「おい、波江……」
「賢也は黙ってて」
シーンと静まり返る道場。咲花先生は目を細めて聞いた。
「意味があるのかとは?」
「だってほら、これずっと賢也は先生に負け続けてるじゃないですか。そしたら負け癖みたいなのがつくんじゃないかなー? って思っちゃって。これって先生のストレス発散にしかなってないんじゃないですかぁ?」
優斗と巫女は流石に怒りを覚えた。だが咲花先生が近くに来て、足を叩いてカクリとさせる。
「肩の力を抜きなさい。怒ったって何にもならないわよ」
「でも……!」
咲花先生は笑顔だ。だが少しだけ怖い笑顔だった。怒っているとは少し違う。間違いを正す時の笑顔だ。
「伊豆さんに聞きたいんだけどね? 私は天谷君に勝たせるためにわざと手を抜けばいいのかしら?」
「そうじゃないですよ。ただ同じくらいの強さの人と戦うべきなんじゃないですか?」
「そうは言っても自分と同じ強さのライバルなんて中々いないわ。自分より弱い者か、自分より強い者と戦って研鑽するしかないのよ」
「確かにそうですね。でも先生と訓練する意味はないんじゃないですか?」
「どうして?」
「先生が身長が低すぎるからですよ〜」
「なるほどね。相手として想定できないと言いたいのね?」
「そういうことです〜」
なるほどと頷いた先生は、波江の案を聞く。
「大鷹……優斗君か。彼と相手して練習したらいいんじゃないですか? 賢也より弱くても咲花先生の訓練受けてるのならある程度試合にはなるでしょ?」
「それじゃ俺の練習にならないぞ」
賢也が口を挟む。
「じゃあやっぱり意味ないよね」
「いいよ、やろう」
優斗が賢也を真剣な目で見ていた。あまりにも無謀な事だ、それでも賢也の目を見つめていた。
「優斗……」
「意味があるかないかなんて関係ない。僕だって頑張ってきたんだ。少しくらいカッコつかせてよ」
咲花先生はため息をついて、準備をするように言う。
賢也と優斗の試合が始まる。「始め!」の合図で賢也は勢いよく向かっていった。優斗は動かない。賢也がパンチを繰り出したところでゆっくりと捉えた優斗は足を掛けようとする。
それに対してジャンプで横に避けた賢也は手を突き出し蹴りを加え牽制する。我慢強く耐えた優斗はタイミングを見計らって道着を掴みに行った。
だが待っていたと言わんばかりの賢也の掴みにそのまま流されて投げ飛ばされた。一本である。
パチパチと乾いた拍手が響く。波江の拍手だ。
「ね? 意味ないよ。どうしたって賢也が勝つじゃん」
「そんなことないわ。大鷹君も大健闘だったじゃない」
波江は咲花先生の言葉を冷ややかに聞いていた。
「賢也、意味ないよこんなの。ここに来るのもう辞めよう?」
巫女は涙目だった。何か言わないといけない、何か言わないと失う、そんな風に思っていた。だが賢也の口から出た言葉は違った。
「波江、それは『お願い』か?」
「……!? ち、違うわよ!」
そうか、と言って普通に正拳突きを始める賢也。呆気に取られた波江は、苦虫を噛み潰したような顔で賢也を睨んでいた。だがスグに息を吐いて元の笑顔になる。
「変なこと言ってすいませんでした」
頭を下げる波江に、謝らなくていいのよと諭す咲花先生。稽古は終わり帰る時間になる。波江を送っていくと行った賢也に頷いた先生は、優斗と巫女を車で送っていくと言う。
帰りの車の中で咲花先生は巫女の相談に乗った。巫女の不安、悩み、それは賢也の事を想うからこそだがそれ自体は良い。優斗も今日の出来事で不安になったようだ。
先生は二人にこう言った。
「近くでもなく遠くでもなく、ただ見守りなさい。誰かの思惑も企みも、表に出ないと分からないわ。いい言葉を教えてあげる。『
優斗と巫女は頷いて、改めて賢也の事を見守ろうと思ったのだった。
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