第24話「ある転校生」
三学期になり始業式が終わると教室に向かう皆。今日は転校生が来るらしい。
「波江……久しぶりだな……」
賢也は複雑な想いだった。もう会えないと思っていたからだ。否、もう会わないと思っていたというのが正しい。
賢也の想いとは裏腹に、再び会えた賢也に
「ねぇ、賢也〜! 賢也ったら!」
「波江、少し離れろ」
波江はグイグイ賢也を押したが、一向にブレることのない彼に少し苛立った。だが賢也も少なからず動揺はしていて、何事もないかのように振舞っていただけだった。
波江はそんな彼を微笑ましく見ていた。
「賢也ってば少し見ない間に、凄くカッコよくなったね」
ドキリとする賢也。巫女は波江に反応する賢也があまりにも『らしく』なくて不安になってしまう。
「はいはい、今日は授業はないからショートホームルームを始めるわよ」
咲花先生が波江を紹介した後に、騒ぐ皆を静かにさせる。
「伊豆波江さんは元々この辺りに住んでいたのよね?」
「そうで〜す」
「なら案内はよく知る人にしてもらった方がいいわよね」
「天谷君にしてもらおうと思いま〜す!」
咲花先生が賢也の方を見るとかなり落ち込んでいるように見える。恐らく何か過去にあったんだろう。
それを慮ったのか咲花先生はにっこり笑った。
「女子の案内は女子の方がいいでしょう」
「別に私は気にしませんけど」
「あら? 女子トイレや女子更衣室まで天谷君に案内させる気かしら?」
ふふふと笑った先生は女子の案内役を決めようとする。それに対して巫女が手を挙げた。波江は不満そうだったが流れには逆らわない。
「ふぅん……まぁいいわ。神谷さん、よろしくね」
「うん。伊豆さん、任せて!」
ショートホームルームで宿題等の提出物を集めた後、波江の事を巫女に任せて職員室に戻る咲花先生。
波江を案内する巫女の二人が教室から出た後、様子のおかしい賢也を心配した優斗が声をかける。
「大丈夫だ……。何ともない……」
「そんな風に見えないよ? 伊豆さんと何かあったの?」
首を横に振る賢也は、何でもない、気にするなと言うばかり。これは波江から聞き出した方が早そうだと思った優斗。
丁度案内役が巫女に決まったのもある。部活動も開始されてる頃で、波江の事は巫女に任せて空手部に向かう賢也と優斗。
巫女は波江を連れて校内を歩き案内する。その中で何かヒントを掴めたらと思っていた。
「神谷さん、下の名前で呼び合わない?」
「いいよ、波江さん」
「呼び捨てでいいよ」
「いや……私の事は呼び捨てにしていいけど……」
「そっか、わかった」
親しげに話す波江は悪い風には見えない。だが何かがある、そう感じていた巫女。
「楽しい中学生活になりそうだなぁ〜」
ルンルン気分で歩く波江に、巫女は思い切って聞いてみた。
「私、天谷君と仲良いんだけど波江さんは昔からの知り合いなの?」
「うん、そうだよ。小学二年生まで、ずっと一緒にいた幼馴染だよ」
波江は小学二年生の時この辺りから別の場所に転校したようだ。そして今帰ってきたわけだ。
「昔の二人の話聞きたいな」
「う〜ん、まぁいいけど」
いつも波江の前を歩いていたという賢也は将来波江のボディーガードになると約束したこともあるらしい。
波江は可愛らしい雰囲気のお姫様のような容姿。それは昔からだったそうだ。賢也が守りたくなっても仕方ないと思った巫女。
小さい頃の話を聞いていると、賢也がどんな子供だったかわかる。幼少期はきっと可愛らしく、波江を守ると言っていたんだろう。
きっと……好きだったに違いない。それが何があったらあんな風になるんだろうか? もしかして巫女と仲良いのがバレて気まずいとかなのだろうか? と考える。
子供の頃の遊んだ記憶は楽しい記憶ばかりのようだった。巫女はそれが微笑ましかった。だからこそ、その穴に気付けなかった。意図的に隠された記憶に。
賢也と優斗が空手部の活動に身を粉にして励んでいると、巫女に空手部に案内された波江の二人がやってきた。
名田先生が熱心に説明している。マネージャーは一人でも欲しいようだ。巫女は料理部との兼部だから、いない時の方が多い。
波江はニコリと笑って賢也の方を見た。賢也は俯いている。
「決〜めた! 私、空手部のマネージャーになります!」
「本当か!」
名田先生がガッツポーズを取る。むさ苦しい男の空間に女子が増えるだけでも喜ばしいことだ。
「良いよね? 賢也?」
「ああ……構わん……。というか俺に許可をとるな」
優斗は心配そうに見ている。まさかと思うがいじめかなんかなんてなかっただろうと巫女の方を見る。
巫女も優斗の視線に気づいて頷く。大丈夫なはずだと思ったからこそだ。
その後空手部のマネージャーとしての仕事内容を聞いていた波江は、しっかりメモを取るなど真面目にしていた。
その様子を見て波江が悪い人ではないと感じた優斗は、ならば何故ここまで賢也が落ち込んでいるのか不思議に思う。
声のトーンが極端に低くなっている彼は一体何を悩んでいるのだろうか。
空手部の活動が終わった後、賢也と優斗と巫女が一緒に帰る時、当然波江もついてくる。むしろ賢也のすぐ横につく。まるで彼女のような立ち位置だ。賢也も嫌がらず波江の話を聞いている。
波江の話は転校先の話だった。小学六年生の時の修学旅行の場所とか、そういった話題だ。
勉強はできてるのか? という波江の問いに首を横に振った賢也の背中を笑いながら叩く波江。
この時、明るく振る舞う彼女からは暗い影なんて見えなかった。彼女が抱える闇なんて誰にも気付けない程深く深くまで堕ちていた彼女はもう……。
そんな事も知らずに賢也は自分の事で悩んでいたのだった。波江が悪いんじゃなくて、賢也が悪いと思っていたのだ。
それは過去。波江が転校するキッカケになったある事。賢也はむしろ何故波江が彼を恨まずに明るく接していたのかわからなかった。
本当なら口も聞きたくないはずだ。だがそう思っていたのは賢也の思い込みだった。波江は『あの時』の事なんて全く気にしてないように見えた。
だがその事件自体が波江の闇に深く関わっているのは事実のようだった。波江は賢也の肩を指で突きながら、誰にも気付かれないようにニヤリと笑った。
波江には確信があった。賢也は波江への好意を捨ててないという確信が。そして彼はきっと彼女に負い目を感じているから、思い通りになると思っていた。
その事は決して表に出さないように注意しながら、限られた期間に計画を実行しようと目論んでいたのだ。
昔とは違うアパートに引っ越したと言う波江。賢也たちと別れて自宅に向かう前に、ある人物と会う彼女。
その闇はたとえ咲花先生であろうとも払えない程深い闇だった。
今日は始業式の日だからこそ、空手部を入れても早く帰れた賢也と優斗と巫女。それぞれの自宅へと別れる前に、公園へ寄ろうと言う優斗。
ベンチに腰かけた三人は沈黙していた。だが賢也がそれを破る。
「話を聞きたいというのはわかる」
ベンチには賢也を挟むように座っている。巫女が今日のことを話す。
「賢也君のこと、波江さんは何も悪い風には言ってなかったよ?」
「そうか……」
せめて陰口くらいは言って欲しかったという様子の賢也。
「一体何があったのさ?」
優斗が尋ねる。賢也はその苦い思い出を話し始める。
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