第22話「冬合宿」
冬休み。冬勉強合宿が始まる。賢也は対象だったので来るが、優斗と巫女は来ない。美世と千代は当然のようにいる。咲花先生と川戸先生の付き添いの勉強合宿が開始される。
追加で一人、小豆もこっそり参加した。賢也を怖がる小豆だったが、美世が大丈夫だよと安心させる。
「私が、少人数ならどうかな? って誘ったのよ」
「……まだちょっと怖いけど……よろしくお願いします」
小豆の事情を話していいか聞く咲花先生。別に構わないと小豆は頷く。千代は小豆の事情を知って涙を流した。そして小豆を抱きしめ言った。
「私たちはもう友達だからね……!」
「ぷっちょ〜、小豆ちゃんひいてるよ〜」
ハッと気付いた千代は慌てて離し謝る。首を横に振る小豆は机についた。賢也は勉強に集中した状態だったが、美世と千代は小豆が気になる様子。
「ちゃんと勉強してね」
咲花先生にそう言われ各々の勉強に力が入る。分からないところだらけの賢也と美世と千代。机をくっつけて勉強会にしている中、美世が言う。
「川戸先生〜、黒板使って教えて〜」
「よし、良いだろう」
川戸先生が黒板で四人の分からないところを教える。
「こうしてると授業を受けてるみたいでしょ?」
美世が小豆に言う。小豆は顔を赤くしながら頷いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして! もっともっと頼っていいからね!」
その言葉に対して俯いてしまう小豆。仲良くなればなるほど怖くなる。また裏切られるかもしれないという恐怖は決して拭えない。
小豆をイジメた女子も、その子の彼氏も小豆に好意を持って接していたのに裏切ったのだ。
まだ早かったかな? と思った美世は少しだけ後悔して小豆に言う。
「やっぱり怖いよね」
「……うん」
溝は深い、それは中々埋められるものではない。その溝を埋められるのは
一度壊れた心を修復するのは難しい。少しでも怖いと思うと後ずさってしまう心は中々治らない。そして、そのストレスが体調をも崩させるのだ。
心臓の音がうるさいと思っていた小豆、冬なのに汗をかいてるような感覚。気付けば咲花先生の声も届かない。
「……にさださん、国定さん。大丈夫?」
「……すいません」
「謝ることないわ。やっぱり辛いかしら? 途中だけど家に帰る?」
小豆は首を横に振る。シャーペンを握る手に汗が滲むが、小豆は頑張りたかった。
「無理は良くないわ。でも頑張る気持ちはわかるの。背中を押してあげたい。だから、ね? もう少し肩の力を抜きましょう。ここにいる誰もあなたを傷つけないし、私が傷つかせない」
「そうは言っても難しいんじゃないのか? 無自覚に傷つける場合だってあるしな」
珍しく賢也が口を挟んだ。咲花先生は笑った。
「あなたがそんなことを言うなんて珍しいわね。確かにその通りだわ。流石に私も超能力者じゃないから、知らずに傷ついた小豆さんには気付けない。だから国定さん、辛くなったら私たちに合図を送って頂戴」
「合図?」
小豆は咲花先生を見つめる。咲花先生は続けた。
「もし辛くなったら動きを止めて見つめて頂戴。そしたら何か思うことがあるんだなって気付いてあげられるから」
「……わかりました」
勉強を再開する。するとふと小豆は賢也と目が合った。賢也は小豆を見ている。勉強に集中しようとした小豆は再びチラリと賢也を見る。
賢也は小豆の方を見つめている。何が何だか分からない小豆は困った。まさか……と思って苦しくなる。
小豆は賢也を動きを止めて賢也を見つめた。見つめ合う二人。賢也は首を傾げて声を出した。
「ん?」
「……」
「あ、すまんすまん。そういうことか。いや違うんだ。学校に来てなかったのに勉強が出来るんだなと思ってな」
見つめていたことに対する釈明をする賢也。小豆は咲花先生の方を見た。
「……咲花先生がよく家に教えに来てくれてたから」
「なるほどな」
賢也は納得した。
「お前頭良いんだな」
「……え?」
小豆はよくわからない。咲花先生の教え方が上手なだけだ。だが賢也は笑う。
「俺、咲花先生が教えてくれても全然わからないからな」
会話を聞いていた咲花先生は賢也の袖を引っ張る。
「もうちょっと分かってくれてもいいんだけどね?」
笑いながら謝る賢也を小豆は見つめていた。
そうして合宿一日目が終わった。咲花先生は小豆を家まで車で送っていく。
「どうだった?」
「……天谷君が、怖かったです」
「……違うわよね?
「……はい」
「自分と仲のいい友達を引き裂いた原因ですものね」
「……こんなこと思ってごめんなさい」
「いいのよ、美井さんと大鷹君と勉強会してる時もそうだったもの。仕方ないわ。でも困ったものね」
「……はい」
「
「……すいません」
「男子からは惚れられるのが怖い、女子からは裏切られるのが怖い。人間が嫌いになっても仕方のない出来事だったからわかるけど、なんとか克服しましょうね」
「……うん」
男子に惚れられなければ、あんな事は起きなかったのだ。男が怖いのは当たり前だった。そして女子の裏切り、手のひら返し。
一度ひっくり返ったモノが元に戻る可能性は低い。もっと切り替えの早い性格をしていれば気楽だったかもしれない。
だが一度気にしてしまうと纏わりつくように引き離せない感情。もしかしたらまた……そう思うと恐怖で身動きが取れなくなる。
何とかしないといけない、それは小豆も分かっている。だが考え込む性格の小豆には、考え出すと止まらなくなる。
「明日も来れる?」
小豆はすぐに首を縦に振りたかった。だが迷いが生じる。
「無理しなくてもいいわよ?」
先生は優しい。無理しなくてもいいとは言っても来る可能性を捨てていない。来て欲しい、そんな目をしていた。
「……頑張ります」
「ふふふ、また朝迎えに来るわね」
咲花先生は手を招いて小豆を屈ませる。頭を撫でる先生に照れる小豆。
「……先生ありがとう」
手を振る小豆は家に入って部屋に戻る。制服から着替えた小豆は、机の椅子に座った。
書こうとして止まる手。夢の小説家に向けて頑張っていた努力は止まっていた。
それでも諦めちゃいけないと言われ、前に進みたいと思う小豆。
合宿二日目、学校で同じメンツが揃う。今日は黙々と皆勉強していた。小豆も安心する。部活動をしている生徒は冬休みも学校に来ている。
その声が小豆に響いた。学校に来ていれば当たり前の音、心臓の音がうるさくなる。
「大丈夫だ」
ふと賢也の声が響いた。皆は賢也の方を向く。
「国定小豆、だったか。小豆って呼んでいいか?」
賢也は小豆の方を向いて言う。
「小豆、お前は学校に来て良いんだ」
まるで何故小豆が苦しくなったかわかっているかのような発言。小豆は少しだけ呼吸が落ち着いた。
咲花先生は賢也に感心した。
「私より見えてるわねぇ」
「咲花先生は今、俺の勉強を見てたからな」
賢也のそれには吹き出して笑う美世。
「ちゃんと勉強してない証拠じゃん」
そして千代が心配そうに小豆を見る。
「小豆さん大丈夫?」
「……大丈夫、ありがとう」
咲花先生は小豆を見てにっこり笑った。その笑顔に照れた小豆はノートに目を落とす。
三日目の合宿も順調だった。そして最後になって小豆が頭を下げた。
「……三日間ありがとうございます」
「気にするな国定! いつでも学校に来ていいからな!」
暑苦しい川戸先生だったが厚意はなかなか受け取れない小豆。
「また行くからね」
「わ、私は部活動で行けないけど応援してるから!」
「俺も応援してるよ」
美世と千代と賢也が笑顔で見送る。咲花先生の車に乗った小豆は車の中から手を振る。
「また来るからね」
そう言って小豆を家に送り届けた咲花先生は帰って行く。小豆は皆の想いに応えたいと思っていた。
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