第20話「天谷賢也への周りの反応」


 賢也は悪くないと言う生徒がいる一方で、動画を見た生徒たちの中には賢也が怖いと思う生徒も沢山いた。

 賢也と連む生徒は同類だと感じられた生徒たちの想いは、賢也から巫女を引き離そうとする動きになる。

 だが巫女はいつも守ってくれる彼が悪い人ではないと説明した。何度も説得して分かって貰えるまで話した。特に女子生徒には。

「不器用だけど優しい人なんだよ? 賢也君は」

 巫女はそう話す。だがわかってくれる人は多くない。


「神谷さんは騙されているのかもしれないよ?」

 そんな事を言ってくる人もいる。

「賢也君は誰かを騙すような人じゃないよ!」

 大声をあげてしまうが周りの人は更に心配する。賢也は悪い人間ではないと分かって欲しいのだが分かって貰えない。

 そのもどかしさに巫女は咲花先生に相談した。咲花先生も困った顔をする。これは賢也自身が変わらなければいけない事だ。


 実際に賢也の味方をする人は賢也のことを分かっている様子。ちょっとした事で手伝ってくれたりする賢也を優しい人間だと分かっているのだ。

 賢也は身長が高い。図書室で勉強した時など、本に手が届かない生徒に取ってあげたり。体育の授業で体育委員でもないのに準備を手伝ったり。

 そういう事に目がいく人には良い人間に見えている。だが全員がそうではない。賢也は喧嘩ばかりする人間という目で見ている人には賢也の良いところは見えないのだ。

「もっとちゃんと見てあげてよ」

 巫女はそう皆に訴える。だが見ているのがバレたら睨まれると感じている生徒が多いようで、目を合わせる生徒も少ない。

 賢也に関わるなら他の生徒と話すと言う生徒ばかりで話にならない、それなのに巫女は離れるべきだと言う。


 自分の主張ばかりでしっかり見ない人たちだと感じてしまう巫女、だが咲花先生が根気よく行きましょうと言う。

 黒板係が回ってきた時、いつも分からないと手が止まる賢也。勉強に対する集中力が足りないのだ。それも不良行為に見られる。

「天谷君、分からないなら質問して欲しいわ」

「……すまん」

「すまんじゃなくて、ごめんなさいよ」

「ごめんなさい」

 パンパンと賢也のお尻を叩く咲花先生。しっかり分かりやすい指示で黒板に書かせていく。賢也の字は汚かった。何を書いてるのか分からない。


「先生! 天谷君の字じゃ汚すぎて読めません!」

 クラスの委員長が手を挙げる。

「その通りね。天谷君、もっと綺麗な字を書くように努力してください」

 咲花先生がそう言った事に委員長が反発する。

「そうじゃなくて……黒板係を交代してください!」

「ダメよ」

 咲花先生は委員長の方をしっかり見て言うのだ。

「もし字が汚いからと交代したら、やりたくない人は汚い字をわざと書くようになるわ。それはサボりに繋がるのよ?」

「それでも私たちの勉強には困りません!」


 委員長の言うことはもっともだ。賢也一人のせいで他の人の勉強が遅れてしまっては元も子もない。

 そもそも咲花先生が自分で書けたら良い事なんだから咲花先生にも非があるとも取れる。

郡山こおりやまさん、あなたの言い分は尤もです。ですが先生は全員の勉強を見る必要があります。誰か一人を見捨てるわけにはいきません。それでクラスの成績が落ちたら先生の責任です。でもね、天谷君だって少しずつ勉強してるんです。それは理解してあげられる人間に、郡山さんにはなって欲しいです」


 できない人間が賢也だけなわけではない。だが出来なさすぎるのは賢也だ。それでも少しずつ前向きに勉強に取り組んでいる。

 それは咲花先生の教えで、ちゃんとそれが伝わっている証拠なのだ。委員長の郡山さんも諦めて自分の勉強に集中する。

 黒板の文字が読みづらくても教科書と咲花先生の声を聞いていれば勉強できる。先生の声は聞き取りやすく、わかりやすい。


 それでも委員長が手を挙げたのは他の人が困っているんじゃないかと思ったからだ。余りにも進歩がなさすぎるからだ。

 とはいえ字の汚さはすぐに正せるものでもない。夏が終わってから字を綺麗に書くようにも練習させていた咲花先生は賢也に言う。

「早く書こうとしなくていいから丁寧に書きなさい。私が合わせるから」

 賢也はすまんと申し訳なさそうに言う。ごめんなさいでしょ! とお尻を笑いながら叩く咲花先生は呆れながら言う。


「カッコつける癖もやめないとね」

「カッコつけてなんかないが……」


 カッコつけてるじゃない、と笑った咲花先生は再び賢也のお尻を叩く。

 その様子を見ていた周りの中には、賢也がいつか咲花先生に報復に行くんじゃないかと思っている人たちもいた。

 人々の想像なんて止められやしない。そうやって思い込みや悪い予想をして歯止めが効かなくなった人たちが陰口を言い合うのだ。

 そういう人を少しでも無くしたいと思っていた咲花先生はショートホームルームでこう言った。


「君たちの中には、誰かを悪い目で見ている人もいると思います。それは警戒するという意味で悪い事ではありません。ですが偏見で見るということは必ず人を貶めてしまいます。それはイジメに繋がります。折角同じ場所に集まった君たちです、まずはしっかり相手の性格を把握してみてください。その上でその人が良い人間か悪い人間かを判断することは大切なことですよ」

「先生! 自分から関わるのが怖い時はどうしたらいいですか?」


 ある生徒が手を挙げて質問する。内気で誰かと関わりを持てない子もいる。


「当然の質問ですね。私は内向的な人も一つの個性だと考えます。もし自分から人と関わるのが怖い人は、もし相手の方から話しかけてくれた時、断らない勇気を持って欲しいです。相手を知るチャンスを逃さないような人になって欲しいんです」


 誰かを偏見で見てしまうとそのまま嫌な思いが募る場合がある。そんな悪い空気はどこかへやってしまわなければならない。

 咲花先生だって誰かに偏見を持たない訳ではないし、悪の道に進んだ者全てを正せるとは思っていない。ただ単純に中学生のこの子達は今なら正せる、そう思っているだけだ。

 咲花先生自身が正せるかは分からない、だがキッカケさえあればきっと正しい道に進ませてあげられる、そう思っていた。

 そして先生は賢也に関して、もっと人に目を向けて欲しいと思っていた。強い弱い関係なく、仲良くなれる友達を増やして欲しいと思う先生。

 人を手伝うくせに相手の好意に興味を持たない賢也の事を心配する先生。


 賢也はそんな先生の心配も知らず、一人でいようとする。優斗と巫女はついてるが、不安になってくる先生。将来を心配した咲花先生は賢也に聞いた。

「周りの皆の事どう思ってる?」

「ん? いいヤツらだと思ってるよ」

「その感情、もっと表に出せないの?」

「恥ずかしいだろ」

 中学生らしい解答を聞けて笑った咲花先生は、賢也の肩を叩いて言った。

「恥ずかしがらず、ちゃんと相手と向き合いなさい。仲間って多い方が良いのよ?」

 それを聞いた賢也はそっぽを向いて呟いた。

「仲間が敵になる場合もあるだろ」


 無言になる先生。座ってそっぽを向く賢也の背中は寂しげだ。

「……過去は過去よ」

 賢也は勢いよく振り向いた。咲花先生は何か知っているのか? と言いたげな顔だ。

「あなたの過去は知らないわ。ただ何かあったのかな? とは思うわ。でもね、たとえ仲間が敵になったとしても、あなた次第でまた仲間になれるかもしれないのよ?」

 それは人間性だ。敵対することはいくらでも出てくるだろう。でももう一度仲間になってもらう事だって、できるはずなのだ。

「仲間を作るかどうかはあなた次第。でも出会った素敵な人たちと仲良くならないなんて損してると思うわ。あなたは私と出会ってどう思った?」

「咲花先生は良い人だよ」

「他の人は?」

「……俺にはもったいないくらい良い人たちだ」


 それを聞いてないクラスメイトは少なかった。徐々に変わっていく周りの反応。賢也の良さを分かってくれる人はちゃんといたのだった。

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