第19話「咲花先生の想い」

 賢也に正しさを教えきれず反省させてしまったことを悔やむ咲花先生。せめてあの場にいればと思ってしまう。とはいえ咲花先生もずっとは傍にいられない。

 誰かストッパーになる人がいればと思うが、優斗以外に思い浮かばない。優斗は実力も度胸もまだまだだと思っていた咲花先生は頭を悩ます。

 そもそも広まった動画の中には中学一年生になった春の時の動画まである。そんなに沢山喧嘩してきたのかと呆れたくらいだ。


 だが咲花先生は根気強く教育して行こうと誓う。ここで先生が匙を投げてしまったら賢也は悪の道に進むかもしれない。

 それだけは絶対、先生自身が嫌だった。折角出会えた生徒の一人を救えないなんて自分の最大の敗北だ。

 問題を抱えている生徒は賢也だけではない。勉強に難がある子もいれば生活環境に難がある子もいる。


「薫、また遅くまで起きてるのか?」

「おじいちゃん。うん……どうしたものかと思ってね」


 仕事は既に終えている。ただ人生を教えるのだけは中々上手くいかない。それぞれの生き方がある、その生き方に合わせて教えようとしても、生き方そのものを聞かせてくれないことにはわからない。

 ありきたりな答えを教えることしか出来なくて、歯がゆい思いをする先生。誰にでも当てはまる事しか言えないのだ。

 その個人個人に合わせた答えを一緒に考えてあげたい、そう思う。それは長い年月の中で生まれるもので中学生の三年間ではなかなか見つからない。


 せめて賢也と優斗と巫女だけは導いてあげたいと思うが、それも依怙贔屓だ。でも深く関わってしまった、だからもう逃げられない。

 問題は賢也、あの危なっかしい性格は何とかしないといけない。だが本人が理解して変えていかなければどうにも出来ない問題だ。

 賢也はキレやすい子という訳ではない。ただ単純に恨みを持った相手には厳しく当たる、暴力も関係なくしてしまうのだ。

 不良グループ『下克上』を恨むなとは言わない。ただ彼らと無意味に衝突して欲しくないのだ。


 取り締まるのは大人の役割だ。賢也が、子供がすることではない。とはいえ賢也の過去までは知らない。優斗が聞いた話を聞いただけ、何かしら恨みがあるのだろうと推測するだけ。

 それだけじゃ何も分からない。でも無理に聞き出す訳にもいかない。どうして喧嘩するのかまではわからない。


 それでも賢也はもう無理に喧嘩をしないと咲花先生は思っていた。


「薫や、もう寝なさい」

「うん……。おじいちゃん、子供って難しいね」

「ホホホ、薫も子供の頃があったじゃろ」

「私、もっと聞き分けが良かったもの」

「そうじゃな。じゃがワガママを言う時だってあったじゃろ」


 そんな時あったかしら? と首を傾げる咲花先生。お祖父さんは笑って答える。


「あれじゃよ、なんとかマジカルステッキが欲しいと駄々を捏ねた時の……」

「そんな昔の話?」

「子供というのはな、一度決めたことは意地を張ってなかなか曲げないものじゃ。その思考を柔らかくしてあげるのも教師の勤めじゃろうよ」


 お祖父さんは優しく微笑み、椅子に座り考える咲花先生の肩を揉む。


「今だってほら、なかなか寝ずに頑として座って考えておる。そんな硬い考えで答えが出るのかのう?」

「う……」

「さぁ、わかったらいい加減寝なさい。明日も朝早いんだろう」


 咲花先生は諦めて布団に入る。羽毛布団の心地良さが染み渡った。布団の温かさに浸っていると心地よい眠りに誘われる。

 そうしていつも通りの朝を迎えた。顔を洗って歯磨きしてランニングしてくる。軽く筋トレメニューをこなし、朝食を食べた咲花先生は手で運転するタイプの車に乗りこみ学校へ向かう。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 お祖父さんと挨拶を交し出勤した先生は学校に着いてから朝の仕事と読書をした。それは道徳の本。道徳の中に答えがないか探すのだ。

 様々な話が載ってるが、答えは中々見つからない。個人の問題を解決する策なんて普通は載っていないものだ。

 だが普遍的な物から小さなヒントが見つかる事がある。そういうものを積み重ねて行って答えをつむぎ出すのだ。


 賢也は喧嘩をする。喧嘩する者の気持ちに立たねば理解なんて出来ない。だが図書室で喧嘩モノの漫画を借りてみたがわからない。

 喧嘩する者の気持ちになんて立てないのだ。何故気に入らないだけで殴るのか、勿論大人がやったらアウトだ。子供だからこそ出来ること、否、子供でもやってはいけないことだが。

 賢也はどちらかと言うとやられたらやり返すパターンが多いようだが、賢也の方から仕掛けてるパターンもある。

 それは動画を見て分かったことだ。もう削除されているが、頭には残っている。賢也はどういう想いで喧嘩をしていたのか。


 喧嘩をして欲しくないというのが咲花先生の想い。それはたとえ格闘技の世界に入ったとしても同じこと。

 相手を倒すことが全てであっても、ルールを破ってはいけないのだ。喧嘩をすることはルール違反だ、それが守れないのに格闘家になんてなれやしない。

 いつかは守るようになるなら今から守れるようにならなくてはいけない。

 咲花先生は賢也に勉強にもっと熱中して欲しかった。体を鍛えるのにも熱中して欲しい、喧嘩になんて逸れないで欲しいのだ。

 体を鍛えるのがこんな事のためならばやめた方がマシだ。自分の人生を狭めてはいけない。


 賢也も反省はしてるはず、文化祭で皆を巻き込んだ。だがきっと本質は変わってないだろう……。咲花先生は教えないといけないと感じていた。

 正当防衛だとしても心構えから違うのだ。相手を潰してやろうとする心を持っていては荒んでしまう。

 いや、格闘家は潰してやろうと思ってやってる人もいるかもしれないが、正々堂々相手を負かしてやろうと思って戦うのが基本のはずだ。


 朝の仕事を終えて、生徒を校門で迎える。部活動で朝練の子らが早くから登校してくる。


「おはようございます。頑張ってね」

「先生、おはようございます!」


 元気よく挨拶してくれる生徒たち。明るい笑顔に癒される咲花先生。逆に生徒たちも朝から咲花先生を見れて眼福な様子。

 賢也と優斗も登校してくる、空手部もランニングの朝練がある。巫女は恐らく今頃、二人のお弁当を作ってるに違いない。


「咲花先生おはようございます」

「おはようございます。天谷君、大鷹君」


 二人を目で追う先生。学生服に身を包み、学校指定の鞄を背負う二人はまだまだ子供。しっかり教えないといけないと思った咲花先生は、再び校門に入ってくる生徒たちと挨拶を交わした。

 やがて時間になる二十分前に巫女が現れた。しっかり余裕を持って遅刻しないように完璧にしている巫女は女の咲花先生から見ても綺麗だ。


「咲花先生おはようございます!」

「おはようございます。神谷さん、お弁当は忘れてない?」


 にっこり笑う咲花先生に笑顔で返した巫女は手提げ袋の中を見せた。

「きっと美味しいでしょうね」

「そう言って貰えると嬉しいです」

 中にはピンク、青、緑のお弁当包みで包まれていて、ピンクは巫女、青は賢也、緑は優斗用のお弁当だ。

 間違えることはないはずだが、念の為色で分けている。それぞれ好きな食べ物と必要な栄養源の目白押しだ。

 飽きがこないようになるべく具材も変えたりしている。そういう知識はネットで調べた巫女。


「ちゃんと応援してあげてるのね」

「当たり前ですよ! 大切な人、いや二人だから……」

「ふふふ、まぁいいわ。早く行きなさい。私もそろそろ向かいます」

 遅刻者への対応は時間の空いてる先生がする。咲花先生もA組の教室へと向かう。

 教室のドアを開けて挨拶すると返ってくる返事。皆が揃っている。悩みつつも生徒たちをちゃんと導いていこうと思った咲花先生だった。

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