第18話「神谷巫女の想い」

 いつも自分が巻き込まれるせいで賢也に迷惑をかけていると思ってしまった巫女。巫女はどうしたらいいのかと咲花先生に相談する。

 咲花先生は巫女に、そのままでもいいが、しっかり拒絶する強い女の子であることを望む。

「格闘技を習えとまでは言わないけど、護身術くらいは学んでもいいんじゃない?」


 そう言う咲花先生に、先生に教えて貰いたいと言う巫女。

 早速腕を掴まれた場合や、武器を持った相手から逃げる方法、首を後ろから締められた時に逃げる方法、床に押さえつけられた時に抜け出す方法などを教えてもらう巫女。

 実際に名田先生に手伝ってもらい練習する巫女。男の人相手でもやり方を覚えたら隙を作れる。


 理屈さえわかっていれば護身術も理解できるのだ。何でも勉強だ、どこに力を込めて押さえたらどういう風に怯むのか。支点、力点、作用点。

 どういう風に力を込めたら相手の弱点をつけるのか、抜け出す方法さえ知っていれば力の弱い女の子でも逃げられる。

 相手に勝つではなく、押さえてくる相手から逃げ出す方法。そして力がなくても捻り抑える方法。色々な手段がある。

「凄いです! こんなに簡単に……!」

「護身術を過信しちゃ駄目よ。あくまでも緊急の手段だからね。戦うことを前提にしてないから、戦えると誤解すると痛い目を合うわよ」


 そして走ること、運動神経を鍛える。体育の名田先生から走り方を教わった巫女は、咲花先生と特訓する。

 まずはゆっくり走る。走るフォームを確認する。そして少しずつ速くするのだ、フォームを崩さないように。

 気づけば巫女はかなり速く走れるようになっていた。スタミナに問題はあるが、速さだけならかなり良い。

「運動も大切な勉強よ」


 咲花先生は汗をかきながら笑う。こういう事でもちゃんと教えて貰えると嬉しい。

 上手く出来ない人の大半は、上手なやり方がちゃんとできてない場合だ。上手なやり方をちゃんと教えてもらい繰り返せば覚えられることの方が多い。


 適切な指導には指導者がちゃんと『見る』ことが大切。何が出来ていないか、何処が悪いか、軌道修正する事が大切だ。

 咲花先生はその点においてとても優秀な指導者と言えた。ここが悪いと的確に指導することが出来たからだ。


「先生、どうですか?」

 色々と教わる中で確認する巫女。

「うん、いいんじゃない?」

 フォームもしっかりして来てスタイルもより良くなった気がする。後は近づく男を寄せつけないようにすれば問題ない。

「なんかキリッとお姉さんになった気分です……!」

「そうそう、その意気よ」


 咲花先生も褒める。巫女はギュッと拳を握り締めて言った。

「これで賢也君に迷惑をかけずに済むかな?」

「……大丈夫よ、誰も迷惑だなんて思わないわ」

 可愛いからこそナンパを受けることの多かった巫女。大人の女性に見える事・・・・・・・・・・もまた巫女の魅力だが、本人にとってはナンパされる理由にしかならなかった。

 それならば化粧をやめたらいい。だが自分を磨くことだけはやめたくなかった巫女。中学生にして絶世の美女だった巫女は色んな人の注目を浴びていた。


 色んな人の誘いを断っていた巫女は少数の女子からもよく恨まれた。別に美貌を自慢している訳ではないが、可愛く美しいからこそ男子に人気があり女子からも色々美容のことを聞かれて人気があり、影で疎まれる。

 巫女はそれでも良かった。全員から賞賛を得るなんて無理だ。それでも自分を磨いて好きな人の傍でいられる幸福を取ろうと思っていたのだ。

 そしてそれは今賢也に向けられていた。もしかしたらいつか賢也の事より好きな人ができるかもしれない。それならそれでいいと思っていた。

 今は巫女は賢也が好き、それだけだ。その気持ちに嘘はない。学校へ行ってから教室で喋って、お弁当を渡してから授業が始まり、休み時間に話して昼休みに食事しながら楽しんで、放課後料理部で作った間食を空手部に持っていく。帰りは一緒。そして次の日も……。


 そうやって日々積み重ねて過ごしていくのが楽しかった。賢也や優斗は守ろうとしてくれるけど守られるだけの女でいたくもなかった。

 休みの日、咲花先生の道場で護身術とさらに上の柔術を学ぶ。受け身から始めて足技、掴み技、色々咲花先生に教えてもらう。

「いいよ! 形になってきたね!」

 咲花先生が笑ってくれる。護身術だけで終えることもできた、だがそれだけじゃ駄目な気がしたのだ。


 賢也の傍にいる事、それは常に何かに危険に晒される事になるかも・・・・しれない。だから身につけるものはあればいいと思った巫女。

 筋力は最低限、身についていた彼女は柔術が適していた。強い力はいらない、どうやったら投げ飛ばせるかを理解していれば投げられるのだ。


 頭の良かった巫女は咲花先生の柔術をすぐに会得した。というよりは先生の教え方が上手かった。丁寧にこういう向きでこういう力の加え方をしたらいいという指導が幸をなした。

 何度もやるうちに楽しくなってきた巫女に柔道部に入ってもいいんだよ? と言う先生。流石に部活でやるのはちょっと嫌かなと言う巫女に先生は笑った。


 それに料理部も中途半端にしてしまっている。料理の勉強もしっかりしたい巫女。家に帰ってから夕飯の支度を手伝う巫女は色んな調理技術を学んでいく。

 それは調理だけじゃなくあと片付けもだ。料理とは作るだけじゃなくて準備からあと片付けも入る。

 掃除や整理整頓もきっちりやって美容の勉強もする。一日の時間はびっちり決まっている。それだけ完璧にやっても綻びというものは生まれる。当然だ、まだ中学生だ。


 疲れた時は眠りたいし、朝はぐっすり眠りたい。規則正しく生きる中でもメリハリというのは特に大事だ。

 休む時は休む。しっかり休養をとらないといけない。それは巫女の母がわかっていた。

「今日は休みなさい」

「えー? まだ出来るよ」

「ダメ! しっかり休むことも大切よ」

 甘えることをさせてこなかったのは母親としての責務からだが、ここまでストイックだと心配になってくる。

 育て方を間違えたとは思わないが、時には休むことも覚えて欲しい巫女の母。体を壊してしまっては意味がない。


 頑張らないといけないと思うと無理をしてしまう。怠けてはいけないが無理は良くない。中学生らしさも大切だし、もっとゆっくり成長してもいいのだ。

 歳をとるうちに習得することもある。一遍いっぺんにやらなくてもいい。出来ることからやっていって徐々に不可能を可能にしていけばいいのだ。

「賢也君に守られてばかりじゃいられない」

 そんな想いが膨れ上がってきた巫女は強い女になろうと必死になった。だが咲花先生が言う。


「強いって言うのも色々あるのよ」

「どういう意味ですか?」

「暴力にはどうしても負けることはあるわ。それでも心までは屈しないという強い意志が必要よ」

 咲花先生はこれまでも心の強さをずっと言ってきた。強い心とはどうすれば作られるのだろうか。


「誰かを頼るのだって、また強い人でないと出来ないことなのよ」

 意地を張って誰かを頼らないのもまた弱さだと言う先生。助けを呼べること、誰かの助けになれる事、それだって大きな強さだ。

 腕力だけが全てではないし、知力があればいいわけではない。観察力、洞察力、状況判断力、適切な行動、それらを取れる人は多くない。


 パニックを起こす人もいる、集団で行動するということは必ずなにか不都合が起きるものだ。

「そういう時どうすればいいんですか?」

 巫女が先生に尋ねる。先生はこう答えた。

「冷静になって、今自分がどうすべきなのか一瞬でもいいから考えること。迷っちゃいけない時もあるから、一瞬の判断で正確な行動ができるようにイメージトレーニングしておくことだよ」

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