第17話「大鷹優斗の決心」
優斗は賢也を支えられるようになろうと決心した。そして巫女を自分も守れるようになりたいと願う。空手部で強くなれるように努力する彼を見て、咲花先生は焦ってはいけないと言う。
焦りは禁物、何故なら焦って手に入れた力は付け焼き刃だからだ。強くなりたいなら遠回りしてでもしっかり筋トレや基礎をして、正しい力の使い方を学ぶように言う咲花先生。
優斗は早く強くなりたいと、どうしても思ってしまう。近道なんてものがないのは分かっている。彼が賢也よりトレーニング不足なのも分かっていた。
それでも何とか賢也の力になりたいと思う優斗。勉強もある、成績を落としてはいけない。それが枷と感じていた優斗に先生は言った。
「勉強大変なんでしょ? 分かってるわ、時間が欲しいんだって。でもお父さんとの約束は破れないのよね? なら限られた時間でとにかく基礎を固めなさい! 勉強ができるあなたならわかるはずですよ。地道な努力が身についたら後は応用するだけだって。基礎さえ出来ればあなたは強くなれるわ」
咲花先生の喝に背筋をピンと伸ばした優斗。「はい!」と元気よく言った彼は筋トレを頑張った。そんな彼に勉強も出来るコツを教える。
「勉強の単語を言葉にしながら筋トレしましょう」
それを聞いて英単語を口にしながら筋トレを続ける優斗を応援する咲花先生。自分も一緒に筋トレをする。そういう姿を見ていてヤキモキする賢也。
巫女は更にその様子を見て頬を膨らます。その様子に笑った咲花先生は、優斗の決心を尊重した。誰かを守るために強くなりたいというのはいい事だ。勿論競技として強くなりたいというモノがあればきっと上を目指せる。
だが格闘技で上を目指すだけという事もないだろう。身を守る、身内を守る、仲間を守るために強くあるのだ。
咲花先生は優斗の勉強もしっかり見る。優斗はほぼ完璧なのだが、ちょくちょく凡ミスをする。
なんでなのか本人もわかっていないのだが、咲花先生は基礎の復習不足だと言う。
「ここでも基礎かぁ……」
「何事も基礎からよ」
基礎を完璧にマスターしたらミスも減っていくはずと言う先生にため息をつく優斗。
「先生……僕勉強嫌いかも……」
「でしょうね」
肩を落とす彼に先生はさも当然のように言う。
「お父さんから言われて仕方なくやってるのが目に見えるわ。全然楽しんでないもの。当たり前よ」
「勉強を楽しむってどうやるんですか?」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸に拳をトンと当てた咲花先生は紙に何かを書いた。
「目標(ゴール)を立てて道筋を作り、努力を重ねることで達成する。それを繰り返すのよ」
そんな当たり前のことじゃないかと思うかもしれないが、まず目標があやふやな人も多い。優斗の場合は賢也や巫女と同じ高校に行く事なので、どちらかと言うと賢也に頑張ってもらわないといけない。
「あなた自身は何かなりたいモノとかないの?」
咲花先生は顔を覗き込んでくる。恥ずかしく思った優斗は顔を逸らす。
「……父と同じ弁護士になる事が約束なので」
咲花先生は優斗も中々拗れた子だなと感じた。子供はもっともっと自由でいいはずだ。親の敷いたレールを走ればいいだけではない。
勿論親に歯向かえば良いという訳ではないが、少しくらい夢を見たっていいだろう?
「他には?」
「他……」
優斗は目を泳がす。考えている、だが答えが見つからない。咲花先生はゆっくり見つめて待っている。
解答のない問題に暫し頭を悩ませこう言った。
「好きな人と結婚して子供産んでもらって、幸せな家庭を築けたらそれでいいかも」
「いいじゃない! そのために必要なものがあるわよね?」
必要なもの……とまた頭を巡らせる優斗。なんだろうか? 努力だよな? と考える彼は、うーんと悩んでしまった。
「素敵な弁護士になること。そして青春を謳歌することよ」
「そんなこと?」
「あら、そんなことって何? とても大切なことよ。まず勉強しただけでは『素敵な』弁護士になるのは不可能よ。そして青春を謳歌せずに生きれば、幸せな家庭を築くのは無理だわ」
先生は優斗の目を見て言う。その様子に緊張してしまう彼は顔が赤くなっていた。先生は拳を作って軽く優斗の胸を叩いた。
「まず心が強くないと駄目なの。そして人の気持ちに寄り添えること。この二つが大切よ。まず心が強いこと、これは自分を守るために必要なの。何かに負けそうになった時、心が強いと自分を守れるわ。勿論誰かを守るためには自分を守れないと無理よね? そして人の気持ちに寄り添えることはとても重要なことよ。誰かの気持ちをわかってあげられないと立派な大人になれないし、誰かと一緒にいるなんて無理だわ」
咲花先生はゆっくりと長く話す。優斗が目指すべき目標のためには心を強く、人の気持ちに寄り添う心を養うべきという事らしい。
勉強は大切だ、だがそれだけで生きてはいけない。自分を強くするためには色んな困難に立ち向かっていき、負けては立ち上がってを繰り返す必要がある。這い上がる強さが必要なのだ。
それは経験してこそ活きること。これから先何度も壁にぶつかり敗北を繰り返すはず。その度に、負けるもんか! と立ち上がらなければならないのだ。
転んでから立ち上がるのに時間のかかる人はいる。だが立ち上がれるなら歯を食いしばって立ち上がらなければ、いつまでも負け続ける。
いつかは勝てる。勿論すぐ勝つ人もいる。だが負けた経験の多さほど、勝利への方程式が作れる可能性も高くなる。
言っても負け癖がついてはいけないが。負けるのが当たり前になってしまってはいけない。
「繰り返すことが苦でも、未来への布石だと思えば少しずつ楽しくなっていくわ。楽しい未来を想像してみなさい」
先生の言葉に未来を思い浮かべる優斗。
巫女の方を思わず見てしまった優斗。
「どうかした? 優斗君」
「いや……何でもないよ」
優斗が目を逸らした先に、咲花先生はニコニコ笑っている。優斗は心の中で思った。
(分かってます。分かってるんです、先生)
今は時ではない。その時が来れば勝負の時がくるだろう。負けるかもしれない。ライバルは強力だ。
「いつだって相談に乗るわよ?」
優斗は悩む。相談するべきか。だが今じゃなくていいと思った。今すぐ決める事でもないのだ。ゆっくりどうやって攻略するか考えたらいい。中学一年生の今、まだまだ中学生活は続く。まだ焦るべきではないだろう。
今すべきは勉強だ。優斗は、楽しむ……か、と考える。未来のための勉強で、未来を思い浮かべる勉強で、いつか役に立つ勉強。
「楽しんだ者勝ちよ?」
そう笑う先生につられて笑う優斗。
「僕の勉強より賢也君の勉強をもっと教えてあげてくださいよ」
「そうだ、俺の方がわからないぞ?」
「変な自慢しないの。それに
ここを間違えて覚えてるわ、などしっかり教えていく咲花先生。他の生徒にもしっかり勉強を教えている彼女は、いつも生徒の想いにひたむきに向き合っている。
賢也も巫女も優斗と共に勉強する。いつも三人で勉強していた彼らはお互いに教え合って研鑽した。
「そうそう、教えるのもまた復習になっていいからね。そうやって勉強を楽しむこと、それがとても大切なのよ」
咲花先生は笑って見守る。それぞれの未来を前に進めるために彼らの気持ちに向き合って楽しませること。
そして先生自身が生徒との関わりを楽しんでいた。それが咲花先生の誇りだった。
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