第16話「天谷賢也の反省」

 賢也に反省するように言う先生。頭を冷やすように言われた賢也は、咲花先生からも弟子を破門されると思っていた。

 咲花先生は言う。

「今破門したら、あなた……荒れて手の付けようのない悪ガキになるでしょ?」

 先生は笑った。空手部も退部しなくていいと言った咲花先生は家でいる時、心を込めて正拳突きしなさいと言う。

 賢也は咲花先生の言葉を噛み締め、家で正拳突きをする。『正義』の心を込めて、頭で意識しなさいと言われた賢也だった。


 勉強と反省文もしっかりするように言われた賢也。反省文に彼は頭を悩ます。どう書けばいいか全くわからない。優斗と巫女に助けを求める。

 優斗も巫女も反省文なんて書いたことがなかったから全然わからなかった。今まで書いてこなかったのか賢也に聞くが、今までは出さなくてもそのまま放置されてきたと言うのだ。

 賢也の家に集まった優斗と巫女は悩んだ。優斗は一か八か、賭けをする。美世に電話したのだ。

『失礼な話だねぇ〜』


 電話越しに聞こえる美世の声。優斗は美世なら反省文を書いたことがあるのではないかと思ったのだ。

『ちょっとそっち行くから待ち合わせ場所教えて〜』

 美世と待ち合わせた優斗と巫女は賢也の家に案内する。

「そもそも二人はなんで賢ちゃんの家を知ってるの〜?」

 優斗と巫女は経緯を話す。咲花先生が賢也の両親に事情を説明するのについてこさせてもらったのだという。

 二人も無関係ではない。以前の喧嘩で巻き込まれているからだ。それ以来賢也の家には時々来る。


 賢也の家に着いた三人はお茶を出されながら、賢也の反省文について考える。

「そもそも何をして悪かったと思ってるか、もうしないという意思は持ってるかどうかだと思うよ〜」

 美世はそう言う。もうしないかどうかはともかく、悪かったとは思ってるはず。ならば書けるはずだ。

「で、なんて書けばいいんだ?」

 賢也のその言葉にズッコケる三人。反省文は自分で書かなければ意味がない。だが、ここまでくると引き下がれない三人は賢也の手伝いをする。


「やむを得ない事態とはいえ喧嘩したことは悪く思っていますと書いて」

「相手を傷つける行為はとても悪いことでした。誰かを傷つける事はとても悪い事だと自覚していますって書いてね」

「ああ〜! 書いてとか書いてねとかは余計だよ! 省いて省いて〜」


 文章を書くのがとても苦手な賢也は必死に聞いた通りに書いていく。咲花先生に提出する文だ。生半可なものでは無理だろう。

 三人は家に帰る。その後も心を込めた正拳突きをする賢也。一体どうすれば咲花先生のようになれるのか、自分の目指すものを明確にする。

 咲花先生は皆を笑顔にする。それは教師だからではない。咲花先生だから・・・・・・・だ。惹き付ける何かがあるのだ。それは咲花先生の笑顔だろうか?

「笑顔か……」

 それは優斗や巫女も同じだった。だが巫女はともかく優斗はそんなに人気はない。やはり女性だからだろうか?

 否、男でも人気のあるある者はいる。やはり笑顔だろうか。賢也は鏡で笑顔を作ってみる……気持ち悪かった。


 では咲花先生の魅力とはなんだろうか? 話術かもしれない。だがそれは知識によるものだ。賢也は格闘技以外に興味がない。だからそれは持ち得ぬものだ。

 他には何かないだろうか? と考える。愛想か、人に優しく自分に厳しく。自分に厳しくはできるものの、人に優しくというのが難しい賢也。

 人にも同じモノを求めてしまうたちだから、中々共感を得られない。

 考えているとどれも不可能に思える。明日咲花先生に聞いてみようと思って寝る賢也。


 次の日になって、いつも通り登校する。職員室に寄ってからクラスメイトに挨拶すると寄ってこられた。


「あの後大丈夫だった?」

「周りの言うことなんて気にするなよ!」

「助けられたと思ってるからね!」


 皆の優しき心意気に頭を下げる。元はと言えば自分がやり始めた喧嘩のせいなのに、ここまで優しくしてくれるクラスメイトに感謝した。

 咲花先生が入ってきてショートホームルームが始まる。咲花先生は先日の文化祭での一件を話し頭を下げる。

 その後先生は賢也を前に呼んだ。

「なんだ?」

「いいから来なさい」

 先生は賢也に反省文を返し、その場で読み上げるように言う。

「自分で書いたんだんから読めるでしょう?」


 咲花先生はニヤニヤ笑っている。明らかに分かっている顔だ。友達に書いてもらうのを手伝ってもらっただけなんて許されるわけがない。賢也は必死になって読み上げる。優斗と巫女は顔を赤くしながら俯いた。

「反省したかしら?」

 咲花先生はニッコリ笑って言った。賢也は先生を見つめる。彼の真面目な表情に少しだけ驚いた先生は、どうしたの? と尋ねる。

「凄く反省したよ」


 賢也は真剣な表情で言った。咲花先生は頷いて彼を屈ませ頭を撫でた。心からの反省でなければ言えない言葉だった。自分のした事の重さがしっかり身に染みているようだった。だからこそ先生はこう言った。

「よく反省しましたね」

 賢也にとってこれほど染み渡る言葉はなかった。少しだけ泣きそうになったが堪えた。もう誰かに迷惑をかけるような事はしたくない、そう思った賢也。


 彼の拳は誰かを守るために使うべきモノ。誰かを傷つけるだけのモノではないのだ。そして大人になれば暴力には罪が伴う。正当防衛と認められなければ暴力は罪だ。

 今後も『下克上』相手に喧嘩をしないかと言われればわからない。だが無闇に人を巻き込むような事はしてはいけないと感じた賢也。

 文化祭でのような事があってはならない。誰かを巻き込むのは心が苦しかった。だからこそ、また間違えてしまうのかもしれないが、それでもここではもう誰かに迷惑をかけないようにしようと考えていた彼。


「勉強もしっかりするよ」

 馬鹿なままではいられない。賢く生きなければいけない。そのためには知識をつける必要がある。知恵を絞るには得ていなければならない、当然だ。

「言ったわね? しっかり勉強しなさいよ!」

 賢也のお尻を思いっきり叩く咲花先生。席につかせてからショートホームルームを終わり、授業の準備をしに行く先生。数学の川戸先生がやってきてA組に授業を教える。


 咲花先生も他クラスに行き国語の授業をする。咲花先生の授業は特に皆が関心を持って取り組んだ。黒板係は定期的にやってくる、先生の書くノートはレア度が高い。

 それを見る咲花先生はもっともっと素敵なノートにしてやると企んでいた。そしてノートを取る方法を皆に教えていた。百均で買える文具の情報、どうすれば見やすくなるか、メモのとり方。

 それは映えるノートとも言えた。勉強が楽しくなるような、そんなノート。


「どうすれば咲花先生のようになれる?」

 賢也は単刀直入に聞いてみた。すると先生は笑ってこう言った。

「あなたは私のようにならなくていいのよ。あなたらしく生きていくために、『あなたらしさ』を見つけたらいいの」

 賢也は恐らくこの言葉を一生頭に刻み込んでいくだろう。自分らしさ、それを見つけろと言う先生の言葉に共感した。


 今までも自分らしく生きてきたつもりだった。だが先生はこう言う。

「あなたの正しさはまだ確立していないわ。あなたの中の正しさを正確にしていく。それをこの中学校の間の課題にしなさい」

 賢也は拳を握りしめる。本当にこの先生には敵わない。器の大きさで言えば今まで会ってきた、どの大人より大きかった。

 いつか先生を超える大人になりたい。そう思う賢也だった。

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