第11話「空手部」

 下校時間。賢也と巫女と帰る優斗は、咲花先生に帰りの挨拶をした。

 だが先生は少し待ちなさいと言って彼らを止める。理由は簡単。部活動に入りなさいという事だった。帰宅部を決め込んでいた彼らだったが、どうやら先日、全校生徒を部活動に入れなければならないと会議で決まったらしいのだ。

 これには先生は反対したらしいが賛成多数。力及ばずという事らしい。

「本当は選択肢を奪うようなことはしたくないんだけど……」

 帰宅部にも帰宅部なりの理由があると先生は思っているそうだが、学校の決定には従わなければならない。賢也と優斗もなにかの部活動に入らなければならない。

「俺は鍛えられる部活動でないと嫌だぞ?」

「私は料理部なんですけど……」

「僕は賢也君と同じ部活動がいいな」

「なら空手部なんかどうかしら?」

 なるほどと思う優斗。先生から受ける修行の一環にもなる。だが賢也は首を横に振った。

「中途半端な型を覚えさせられるのは困るな」

 それに対し先生は笑った。

「私、実は空手部の副顧問にならないか? って言われてるのよ」

 どうやら先生自身が何かの顧問に付かなければならないということで、話をしたら空手部の副顧問に推薦されたらしい。これには賢也が怒り心頭だった。

「空手部の顧問はあんたより強いのか? 咲花先生!」

「上か下かで話をつけるなら私の方が後輩よ」

 先生は笑って流す。賢也は納得いかないようだが、先生が副顧問なら何も問題はない。賢也と優斗は空手部に入ることになった。

 空手部の顧問の先生に入部届けを出す時、咲花先生も副顧問を受けることを伝えた。

 体育の名田なだ先生が顧問らしく、名田先生は咲花先生が空手部の副顧問になることをとても喜んだ。

 どうやら数学担当の川戸先生が柔道部の顧問らしく、咲花先生を取り合ったらしいのだ。

「俺は咲花先生が行くなら柔道部でもいいぞ?」

 その言葉に名田先生が慌てた。

「か、空手もいいぞ! 聞いたところによれば、お前咲花先生に正拳突きやらされてるそうじゃないか!」

 だからなんだよなぁと賢也はため息をつく。そこへ咲花先生はこう言う。

「私の恩師も空手部の顧問だったのよ」

 これを聞いて賢也は頭にクエッションマークがついた。

「お前の師匠はお前の爺さんじゃないのか?」

「武道の師は祖父だけど、高校の恩師が空手部の先生だったの」

 これには名田先生が食いついた。

「どんな方だったんですか?」

「素敵な先生でしたよ。私の初恋の相手でもあります」

 聞いていた賢也以外の全員が口をぽかんと開けて驚いた。

「せ、先生! その話ちょっと詳しく聞きたいです!」

 巫女が息を荒らげて興味津々。咲花先生は笑って椅子に座り語る。咲花先生の高校時代。


──────


「良かったなぁ! 咲花!」

 咲花薫にそう語るのは、今まで話を聞いていた土塚つちづか先生。高校一年生の薫は、その時泣きながら話を聞いてくれる土塚先生に笑った。少しずつ体を慣らしていた薫は、祖父が武道の道に居ることもあり空手部に仮入部した。何故空手部に入るかを聞いた土塚先生は話を聞いて感動したらしい。

 薫の祖父は空手家であり柔道家。小さな体の薫は柔道を習うべき、そう思っていた彼女に祖父はこう言った。

「選択肢を縮めてはいけないよ」

 鍛えることに選択肢を狭めると視野も狭くなる。悩んだ末、空手を習ってみようと思ったのだ。

 顧問の土塚先生には自分のことを話しておこうと話すと先生は涙を流し聞いてくれた。


 そして薫に合ったメニューを色々考えてくれたのだ。祖父とは少し方向性の違うメニューに、鍛えると言っても様々な方法がある事を考えさせられた。

 少しずつ少しずつ厳しくしていく。最初は何も出来なかった。それがちょっとずつでも進歩していることを確信させてくれる。そういうメニューだった。

 祖父はとにかく正拳突きを薫にさせた。彼女はそれに従い拳を突き続けた。それを苦に思ったことはない。


 だが土塚先生のトレーニング方法は、確実に成長がわかるトレーニング方法だった。例えば腕立て伏せなら三回続けることから薫に始めさせた。

 そして時期を見て回数を増やしていくのだ。筋トレ三回も困難だった薫が、高校二年生に上がる頃には三十回もできるようになっていた。筋トレするとお腹が空く。とにかく食べるようになった。胃も鍛えられた気がする薫。


「咲花はちっちゃいけどな、器の大きい人間になれよ」

 土塚先生はいつもそう言ってくれていた。器の大きい人間とはどんな人間だろう? そう薫はいつも考えていた。

「土塚先生は器の大きい人間ですよね」

 薫が笑うと先生は首を横に振る。

「俺は妻との子供を作る前に妻に先立たれて、その妻の最期の言葉も叶えられないちっちゃな人間だよ」

「奥さんはなんて言ったんですか?」

 土塚先生は少しだけ遠くを見るようにしてこう言った。

「私以外の人できちんと恋人を作って子供を作れ、と言ったよ」

 先生の目が潤んでいる。いつも強く薫を励ましてくれる先生を励ましてあげたかった。


 高校二年生も後半になった薫は進路を考える。祖父と土塚先生、二人の師を持つ薫の答えはすぐに出た。

「私も学校の先生になりたい」

 勉強は割と出来る方だった。武道家として生きるにしても頭の使えない武道家になる気はならなかったからだ。そして進路が決まってからより良く勉強するようになった。

 土塚先生は体育の教師だったが薫は体育教師になる気はなかった。なるならば国語がいい。体が弱かった頃よく本を読んでいたからだ。


 土塚先生は薫を応援した。彼女は部活動にも力を入れながら大学進学を目指す。先生はこんな言葉をくれた。

「誰かを愛すのが人間だ。生徒を愛すのが教師だ。時には言う事聞かないやつもいるが、いつか教師の言葉が届くと信じて言葉を掛け続けること。これが大切だと俺は思う」

 教師のやる事は多忙だ。そんな忙しい中でも絶えず生徒を想い声を掛けること、それが大切なのだ。選択肢や視野を狭めてはいけない。


 高校三年生になった時、勉強で忙しくなり土塚先生と接する機会が減っていった。自主トレはしていたが、空手部より勉強を優先するようになっていったためだ。そして受験が始まり……薫は大学を合格した。

 バレンタインの日に薫は先生にチョコを渡した。土塚先生には義理だと思われていたが、彼女は本命のつもりで渡した。先生は笑いながら言う。

「いつかもっと美味いチョコを素敵な男に食わせてやれよ!」


 薫はその時料理があまり得意ではなかった。だからこそ手作りチョコであることがバレたのだが。

 高校卒業の日。薫は土塚先生と抱きしめ合い涙してお別れをした。土塚先生がくれた大切なものを、薫は今でも忘れないようにしている。


──────


 巫女が目を輝かせて話を聞いていた。咲花先生は話し終わってから笑った。

「それで……今はその土塚先生とは連絡とってないんですか?」

「とってるわよ」

 咲花先生のこの台詞に更に巫女が目を輝かせる。

 名田先生は、マジかぁ……と言った風な顔。

「咲花先生は今でもその先生の事好きなんですか?」

 優斗が聞く。すると咲花先生は苦笑して言った。

「四十歳差くらいあるのよねぇ」

「年齢なんて関係ないですよ!」

 巫女が息を荒らげて言う。だが咲花先生は言った。

「土塚先生が多分その気がないと思うから諦めてるわ。亡くなった奥さんには敵わないもの」

 咲花先生はどこか寂しげに言う。名田先生はどうやら希望が持てそうだという顔をしていた。

 その顔をチラリと見たからか先生は笑った。


「私より弱い人を旦那にすることはないと思うわ」

 名田先生にはチクリと刺さったのか逆に燃えたのか、真剣な顔をしてる。何か怖さを感じる優斗。

「心配するな。お前はいつか俺が負かしてやるよ、咲花先生」

 賢也がそう言うと咲花先生は爆笑した。

「なぁに? 愛の告白?」

「そういうわけじゃない」

 巫女は賢也の台詞に焦ってる。名田先生は賢也をムッとした目で見ていた。

「とにかく私は空手部の副顧問をやろうと思う。皆がついてくるならそれでいいわ」

 こうして、優斗と賢也も空手部に入部した。ちなみに、巫女は料理部兼空手部マネージャーだ。


 毎日部活動に参加しなければならないかというとそうでもない。優斗は美世さんと咲花先生と一緒に時々、小豆の家に行ったりもする。

 賢也は平日の修行にうってつけだと思ったらしい。咲花先生が作ったトレーニングメニューを毎日こなしている。


 正拳突きをする彼らは空手部の型を教えてもらう。

「まだ早いですよ」

 そう言う咲花先生だったが空手部の顧問の先生は賢也は十分身が入っていると評価していた。

 賢也の心はまだ鍛えられていないのではないかと心配する咲花先生だったが、賢也の意気込みに負けて型を覚えることに力を貸す。

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