第9話「不登校の生徒」

 夏休み明けに登校する賢也たちは、久しぶりに会ったクラスメイトと軽く挨拶して授業に取り組んだ。彼らは一年A組にも大分馴染んできた。相変わらず巫女は注目されるが、咲花先生の注目度に比べると薄い。

 昼休みになってA組の教室に美世と千代がやって来た。彼女らは夏休み明けで噂されている話をしに来たのだ。

「あたしも噂でしか聞いてないんだけど、C組でイジメがあったんだって」

 美世が話す内容は酷いものだった。美世も噂でしか聞いていないのだが、美世の知り合いがC組にいて、イジメの対象になった子を無視するように指示されていたらしい。

 いじめられてた子は女の子。いじめていた女子グループはとにかく陰湿ないじめをしていたらしく、教師陣も気づかなかったらしい。

「なんかよくわからないんだけど、SNS関連でボロクソにしてたらしいよ。それでクラス全員にその子を無視するように指示してたらしいの」


 最初は助けようとする人も多少いたらしい。だが攻撃の的が広がると徐々に引き下がる人が出て、最終的にその子は孤立したらしい。

 聞くところによると火種は本当につまらない事らしい。

 要約すると女子グループのリーダーの彼氏が浮気した相手がその子。その子は断ったらしいが、強引に男の子は誘ったらしい。男の子はまたグループのリーダーと付き合い直したが、リーダーの怒りは収まらず矛先がその子に。

 学校側も鎮静化を図ってるらしく、結局その子が不登校になって落ち着いたって話だ。

 唐突に美世は机に身を乗り出した。

「ここからが本題! 咲花先生がその子の家に尋ねたいって言ったんだって! ちょっとでも勉強の助けをしたいって! あの先生、本当にいい人だよね! あたしもちょっと気になるから行ってみようと思ってるの」

「私は部活があって行けないんだけどね」

 美世の話に千代は申し訳なさそうにしている。

 賢也は自分を鍛えるのに時間を使いたいと言った。巫女も料理の勉強をしてて行けないと言う。

「うーん……。僕は……」

 優斗は帰宅部だ。何も出来ないかもしれないけど、行ってみることにした。

 優斗と美世は咲花先生のところに行く。考えを伝えると首を横に振った。

 当然だが咲花先生に止められる。無関係の生徒が口を出せる問題ではない。

 だがやってもみないで諦めさせるのか? と問う美世にため息をついて、その子のご両親に電話で許可を取る。

 許可を得た後、深入りしない事を条件に咲花先生は美世と優斗を連れてその子の家に行くことになった。

「あまり踏み込みすぎないこと。いいわね?」


 放課後、先生と共にある住宅地まで歩いた。優斗らの家とは正反対にある。

 優斗らの家はどちらかというと、ガラの悪い人達が彷徨くような場所に家がある。だがこの辺りはどこか品の良い雰囲気が漂っている。

 どちらにせよ都会ではないため、ある程度歩かないとたどり着けない。

 人口的には多めのはずなのだが。目的地につくと、先生がインターホンを鳴らした。家からその子のお母さんらしき人が出てきた。

 表札には国定とある。国定くにさだ小豆あずきさん、それがその子の名前。

「この度は……うちの娘のためにすいません」

「いえ。本来なら学校側が謝罪すべきなのに、本当に申し訳ありません」

 咲花先生は頭を下げた。その子のお母さんは家に上がってくださいと、先生らを招いた。


 先生と優斗と美世はその子のお母さんに案内され二階に上がる。

「小豆、咲花先生が来てくれたわよ」

「……うん」

「国定さん、中に入っていいかしら?」

「……うん」

 ここまで来て優斗はここに来たことを後悔した。本当に優斗や美世は入っていいのだろうかと。優斗の表情を見た先生は、大丈夫と言う意思で頷いて中に入った。

「こんにちわ、今日は先生の大切な生徒である二人も来させてもらってありがとう。別クラスだから面識はないかもだけど、紹介してもいいかしら?」

「……うん」

 優斗と美世は黙っていた。美世の考えはわからないが、優斗自身は何を言ったらいいかわからなかったからだ。

「勉強しましょうか」

「……うん」

 先生は笑顔でベッドの隅に体育座りしている小豆さんに言った。

 先生は机にゆっくり向かった小豆さんの横に立ち勉強を教えた。優斗と美世はまるで背景にでもなったかのように黙っていた。

 どれくらい時間が経っただろうか。優斗の体感では一時間くらいだったが、正確には十五分くらいだ。

「……先生、ありがとう」

「どうしてお礼を言うの?」

「……先生は、先生だけはいつも私を見てくれた」

「そんなことないわ、きっと他にも……」

「……ないよ。誰も私を見ない。助けてくれない。仕方ないよ。私が悪いんだもん」

 先生はそれを聞いて彼女の膝の上に乗りただギュッと彼女を抱きしめた。

「大丈夫。悪夢はね、必ず覚めるものなの」


 優斗は心が苦しくてここから逃げ出したくなった。なんて世の中だ。こんな子がいるんだ。泣きそうなのをグッと堪えた。いつの間にか、隣にいた美世が立ち上がっていた。

 小豆の元へ寄った美世は彼女を後ろから抱きしめた。

「……!? え?」

「ごめん、抱きしめていい?」

「……も、もう抱きしめてるよ?」

「そうだね。ごめんね」

「……」

「あのさ、連絡先交換しちゃダメかな?」

「……ごめんなさい。裏切られるのが怖いから……」

「そうだよね。ごめんね。じゃあこういうのはどうかな?」

 小豆は座り直して、美世に向き直る。美世は言う。先生も忙しい時はこれないだろう。だから先生が来れない時は、美世と優斗が大丈夫な時、三人で勉強会しないか? と。

「少しずつでいいよ、仲良くなりたい。勿論嫌なら拒絶していいからさ」

「……」

 彼女は明らかに悩んでいた。美世が悪い人には見えなかったからだろう。だがきっとそれは件のリーダーやほかの人も同じだったのかもしれないのだ。最初は仲良かったかもしれない。彼女は、『裏切られるのが怖い』と言った。それはつまり……そういうことだろう?


「……ごめんなさい。やっぱりちょっと、怖い」

「そっか……」

「私と一緒にくるのはいいかしら?」

 先生が美世さんの提案を後押しする。小豆さんは少し迷った後、頷いた。

 部屋は少し広く、ベッドや勉強机の他に小さな机がある。そこでなら狭いが小さな勉強会ができそうだ。

「なら決まり! 時々遊びに来るよ。優っちもいいよね?」

「うん。国定さんさえ良ければ」


 そうして再び小豆と咲花先生の勉強が静かに行われ、優斗と美世は黙って見守った。

 帰る時間になって僕らは部屋を出る。閉める前に小豆さんは一言言ってくれた。

「……ありがとう」

 先生らは小豆のお母さんに頭を下げ、小豆の家を出た。住宅地を出たあとくらいで、美世がしゃがみこんだ。

「ふぐぅ!」

 美世は目から大量の涙を流し、両手で顔を覆い隠した。

「ダメだぁ! 泣かないでおこうと思ってたけど無理だよこんなの!」

 僕も左腕で顔を隠す。泣くなと言う方が無理だ。きっと小豆は元々明るい人だったと思われる。素敵な容姿だけでは強引に手に入れたいなんて中々思わないからだ。それをあそこまで変えてしまった。

「大丈夫。一緒に来たいって言ってくれてありがとう」

 咲花先生は美世さんを抱きしめた。


「でも……よく許可がとれましたね? 先生が会えるだけでも……」

「そうね、その通りよ。彼女は私になら会ってもいいと言ってくれたの。あなた達二人の事は、私が責任を持つと言って納得して貰えたようね」

 それほど咲花先生を信頼していたのだろう。咲花先生は本当に常に生徒のことを見て、話を聞いて接してくれる人だと、優斗はこれまでの授業で感じていた。一人一人を大切にしてくれる先生なのだ。咲花先生は小豆にも、国語の授業の時そうやって接してきた。

「最初の頃の授業なんて、意気投合しちゃってね。夢は小説家なんて言うもんだから、国語教師として腕がなったものよ」

 そんな中どんどん彼女は元気をなくしていったという。

「毎日会えば声をかけたわ。『大丈夫? 最近元気ないね? いつでも話を聞くからね?』そう言ったけど、結局不登校になるまで彼女は話してくれなかった。私はどうにか会えないか連絡して、電話越しで話して、泣き叫ぶ彼女の声を聞いて、今回こうして会うことになったの」


 泣き叫ぶ彼女。それは幼稚な優斗にも容易に想像できた。きっと溜め込んだものが爆発して破裂して、行き着いた先だったんだろう。

 この先彼女が登校するのは難しいと思われる。人間関係だから。転校は家の事もあり考えてないそうだ。

 とりあえず中学卒業までは学校に行きたいと彼女から言うまで通わせられないというのが小豆の両親の考えらしい。

 住む家を変えてまで彼女に合わせられない。当然だ。一軒家だ。きっと両親の努力で建てられたものだ。勿論親戚の家に行くなどの選択肢もあるかもしれない。

 だが先生がお母さんに聞いたところ、彼女は両親の元を離れたくないらしい。仮にそこまでして転校したところで同じ轍を踏むと二の舞だ。それこそ心が壊れるだろう。


「なんか……嫌だなぁ」

 楽しいをモットーにする美世はモヤモヤしている。だがこの件に踏み込みすぎるのは危険だ。火種がまた燃え上がると誰かは必ず傷つく。

 小豆が更に攻撃される可能性すらあるのだ。鎮静化した今、あまり突きすぎるのも問題らしい。

「今はただ、国定さんの心が少しずつでも回復するのを手助けするしかないと思うわ」

「あたしはあの子の味方でいたい」

「僕もそう思うよ」

 咲花先生は優斗らを家まで送った。優斗は自分の部屋に戻り机で勉強する。

(なんでこんなことになるんだろう? 僕に何かできることはないか?)

 優斗は少し考えていたが、答えを出してはいけない気がした。少なくとも今はまだ焦るべき時ではない。少しずつ改善しなければ一気に割れる。そんな風に思えたのだった。

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