第8話「夏合宿」
正道中学校では勉強を沢山頑張って欲しいという目的で、夏の勉強合宿というものがある。ある宿に二泊三日のお泊まりで勉強する。希望者のみ参加できるのだが、希望者が毎回いないため強制的に参加させられるのがほぼである。今回は希望者二名、強制参加者三名の五名。男二人女三人。
ちなみに強制参加者の中に賢也がいた。そのため希望者として優斗と巫女が申し出た。それでも絶対断ると言う天谷に、咲花先生が担当をしたいと頼み、咲花先生が担当なら行くという天谷の我儘で担当が咲花先生になった。本来、男の先生二人が担当だったため、強制参加者残り二人の女生徒も嫌がっていたのだが、咲花先生が担当になるなら、ちょっと行ってみたいと強制参加を受け入れたのだ。
担当は咲花先生と、E組の
「先生〜、お腹空いた〜」
強制参加者の一人、美世が伸びをして休憩を催促する。
「まだ駄目だ、しっかり勉強しろ!」
「川戸先生には言ってないんですけど〜」
美世は咲花先生の方を見つめる。
「もうちょっと頑張ってみない?」
「ちぇ〜! ぷっちょはどう思う?」
ぷっちょと呼ばれた体育会系女子、千代は頭をトントン叩きながら教科書を睨んでいた。
「ごめん、ちょっと黙ってて。この問題全然わかんない……」
「真面目だなぁ、ぷっちょは」
ちなみに聞いたところによると、かわいいちよ、プリティちよから、ぷっちょと呼んでるらしい。
「美世さんは、勉強嫌いなんですね」
「美世でいいって! さん付けいらない! もうマブダチじゃん?」
最初に巫女にだけ名前で呼んでほしいと美世は言っていた。千代のことは、ぷっちょと呼んでいいよと美世が言う。流石にちょっと急にそこまで距離を詰める気にはなれなかった巫女。
「巫女ちん硬いよね〜? ね〜、そう思うよね? ぷっちょ〜」
「ちょっと黙ってて」
千代は勉強会が始まってからずっと教科書とにらめっこしているのだ。
川戸先生が必死に教えてるが、何がわからないかもわからない状態。
ちなみにそれは賢也も同じだった。勉強しないなら修行もしないという条件を突きつけられ必死に勉強し始めるが、それまで完全に勉強から遠ざかる道を進んでいたため最早絶望レベルだった。
「ん〜! 脳筋」
「うっせぇな!」
「ごめんってぇ〜。なんか喋ってないと落ち着かないのよ……あたし」
この状況に参ったのは川戸先生だった。どうしていいものか。厳しくすればいいというものでもない。それはわかっている。じゃあどうやったら勉強をわかってもらえるのか、わからなかった。
二人が特にわからなかったのは英語だった。
「私としては楽しんで勉強して欲しいんだけど。そうねぇ、こういうのはどう?」
咲花先生はある提案をした。
「どうせなら簡単な英会話で覚えてみない?」
「なるほど、それはいいかもしれません」
川戸先生も頷く。教科書ばかり見ていてもわからないものはわからない。英会話から入れるならいいかもしれない。
「ホワットドゥユーライクスポーツ?」
カタコト英会話で咲花先生が話す。優斗は、咲花先生も英語苦手なんじゃない? と疑った。
「え、えっと! 短距離走って英語で何!?」
「ショートディスタンスレースよ」
「アイライクボクシング、だな」
賢也は、何とか自力で見いだせたようだった。というかボクシングは反則じゃないかと思われる。何故なら日本語でもボクシングだから。
「じゃあ……、ホワイ?」
何故? と問う咲花先生。絶対英語苦手だなと思われる先生。
「えっと! えっと! 楽しいから?」
「楽しいはエンジョイじゃない? ぷっちょ」
「この場合、ビコーズイッツファンだな」
千代さんと美世さんに、正しい英語を伝える川戸先生。
「俺は勝ちたいからだ」
「なら、ビコーズアイウォントゥウィンね」
そして咲花先生は美世と優斗と巫女の勉強も見る。
優斗と巫女は特に問題なかったが、咲花先生の教え方は結構楽しくてついつい聞いてしまう。
美世は咲花先生の担当である国語が特に苦手らしい。
「鉛筆転がしゃ答えが出るよ〜」
「お前、何歳だよ? 今どきシャーペンだろ?」
「父さんと母さんはそうやって生きてきたって言ってたの〜」
咲花先生は悩んだ後、これも音で解決することにした。
「私が今から朗読しながら解説するから、それを聞いてみてて」
咲花先生は色々工夫をしてくれる。本来なら教科書を見て覚えれば万々歳だ。
だがそれが出来ない人も中に入る。そういう人には多角度から、色々試してみるべきなのかもしれない。
一日目はそんな感じで終わった。夕食を食べて風呂に入る。すると女風呂から楽しそうな声が聞こえてきた。
「ちょまっ!」
咲花先生がサラシを取って風呂場に行った時、美世が驚きすぎてひっくり返った。
「先生見かけによらず……おっぱいでかっ!」
「身長が低い割には、でしょ?」
どうやらぺったんこを予想していたらしい。巫女もそれを想像していた。そこそこ大きめのサイズ、正直中学生の巫女より大きい胸がそこにあった。
「一応大人なのよ。そしてよく食べるの。全部筋肉と余った分が胸にいくわ」
「筋肉!? ちょっと力こぶし作ってみてよ!」
先生が二の腕にグッと力を込める。見た目はさほど変わらないように見えた。だが美世さんが触ってみる。
「カッチカチやで!」
「あなた本当に何歳よ?」
「ちょ、ちょっと触ってみていいですか?」
千代さんも触らせてもらう。
「凄い……。先生アスリートだったんですね」
「武闘家なだけよ」
「ぷっちょと同じ、脳筋かぁ」
「失礼ね、私はちゃんと文武両道です」
「先生先生! おっぱいも硬く出来ますか?」
「できるわけないでしょ!」
それを見ながら、ふふふと笑ってる巫女の方へ寄ってきた美世。
「そうやって笑ってる巫女ちんのおっぱいも! なかなかじゃないですか!」
「私は少し発達してる程度だよ」
体を洗ったあと湯船に浸かる。美世がため息をついた。
「はぁ〜、いいなぁ……。皆には光るものがあって」
巫女はそれを聞いてドキリとした。
「美井さんにはないの? 何か夢とか」
咲花先生が尋ねる。
「何もないよ〜」
「本当に?」
「美世はピアノが得意じゃないか!」
千代の言葉を聞いた咲花先生が詰め寄る。
「あるじゃない!」
「音楽ね。好きだよ、一応ね」
少しだけ……明るい彼女の声が暗くなった。
「芸術の世界はね、厳しいんだよ」
「それでも努力する価値はあると思うわ」
先生の言葉に美世は首を横に振った。
「あたしはね、楽しみたいんだ。でもね、上を目指せば目指すほど苦しくなるの。楽しめなくなるの」
「それはきっとどの世界でも……」
「そうだね。だからあたしには何もないよ」
「そんなことない!」
千代が声を荒らげた。
「美世は優しい! 明るい! それは私がよく知っている!」
「ぷっちょ……ありがとね!」
そこで咲花先生は、困った顔をした。
「夢を諦めるのは早すぎるんじゃない?」
「そうかな? 楽しく生きれればそれでいいけど」
笑う美世に咲花先生は少しだけ厳しい顔をした。
「今を楽しむことと今を楽することは、絶対に違うわ」
美世はムッとする。聞き捨てならない言葉だ。
「じゃあ苦しめって言うの?」
「そうは言ってないわ。ただ……道は沢山あって、あなた達は皆それぞれ今から選ぶ権利があると思うの。確かに努力は苦しいかもしれない。でもいつか努力が楽しくなることもあるのよ」
美世は真剣な顔で聞いている。
「苦しいことから逃げて楽することは、今は楽しいかもしれないけど後で後悔することもある。何を選択するかはあなた達次第だし、私達教師は選択肢を増やしてあげることしかできない。でも後悔ない選択をして欲しいと思うわ」
話終えると、咲花先生は美世を抱きしめた。
「ちょっとだけでも勇気を出してみて欲しい」
「……ありがとう先生」
夢を見つけたいと言った美世の頭を撫でる先生。風呂からあがった巫女たちは当然男子のいる部屋とは別の部屋に向かう。
巫女は自分には何があるだろう? 考えていた。先生が立ち止まりまるで考えを読んだようにこう言った。
「神谷さんも可能性を狭めてはいけないよ?」
巫女はただ頷くしかできなかった。
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