第4話「天谷賢也の喧嘩の日々」
一年A組の賢也はいつも一人でいた。窓際の席で窓の外を見ている彼は、誰にも話しかけられはしないと思っていた。だが優斗がいつも話しかけてくるのに鬱陶しさを感じていた。
優斗の方はいつも一人でいる賢也と仲良くなりたいと思っていたから、まるで独り言のように話しかける。まともな友達がいたことがなかった彼にとって一人でいる賢也は放っておけない存在だった。
だが賢也からすれば優斗の方が放っておけない存在になっていく。それは賢也と連むことで他のグループから外されていくのを見たからだ。
賢也は尋ねる。
「お前、寂しくないのか?」
「それ、君にそのまま返すよ」
優斗は平然とした調子で言葉を返す。
下校時間になり、すぐ帰ろうとする賢也を追いかける優斗。
「いちいちついてくるなよ」
そう賢也はあしらうが、優斗はお構いなしについてくる。
校門を出たあと少しした所で後ろから叫び声が聞こえた。
「離してください!」
その声に優斗が後ろを振り返ると同じクラスの神谷巫女さんが高校生らしき人に手を掴まれていた。
どうやらナンパらしいが、彼女に密着する高校生。それを優斗の前から走った賢也が殴りつけた。
「ここじゃ喧嘩もできん、こっちに来い」
巫女の手を引く賢也は路地裏に入っていく。追いかけてきた高校生を殴り飛ばす。二度とこんな真似するなと叫んだ彼は高校生たちを追い払った彼の強さに巫女は惚れる。
「ありがとうございます!」
礼を言う彼女に手をヒラヒラ振りその場を去ろうとする賢也。巫女はお礼がしたいと言ってその手を掴んだ。
優斗はここまで見て、賢也の強さに驚いた。相手は高校生だ、力が全然違うはず。それでも賢也は勝った。どんな鍛え方をしたら、あの大きな高校生に勝てるんだろうか? 賢也は確かに筋肉質に見える。
だが賢也の危うさも感じていた。誰かが止める役割をしないといけない。そもそも
中学生で停学や退学などはないらしいが、いくら何でも喧嘩をしすぎれば、その罰則はあるものだ。
「待ってよ!」
賢也とくっつく巫女を追いかけて走る優斗。
賢也は喧嘩にあけくれる日々を送っていた。それはこの地域の治安が悪い方なのもあるが、絡まれているのを見ると割り込みたくなる正義感あってこそだった。
中学一年生にしてはガタイの良い体つきをしていた賢也はどんな相手にも喧嘩で勝った。中坊の癖に生意気だと思われながら危険の中に身を置く彼。売られた喧嘩は買う、誰かの助けになるなら売られてなくても喧嘩を買う。
喧嘩する事を悪い事だと思っていなかった賢也は、毎日ボロボロになるまで喧嘩していた。
母親は心配していた。いつも怪我をして帰ってくる賢也に、もう少し上手く立ち振る舞えないのか? と問う母に、奴らが悪いと言う賢也。
だが警察沙汰になってくれば親にも迷惑がかかる。そういうのは避けたいと思っていた賢也は、一発で仕留めるか、逃げる者は追わないようにしていた。
勿論相手は選ぶ、大人が相手の時は引き付けながら逃げもする。足も早かった彼だからこその芸当だ。
素行は悪かったが悪い人間ではなかった賢也。自分なりの正義を掲げて、誰にも負けない力を持って戦おうと思っていたのだ。
賢也のいる町の周辺はナンパが多く、女生徒の被害が多かった。それを助けるために賢也は喧嘩を吹っかけていたのだ。
それは賢也の過去にあった事が原因で、ある女の子を守れなかった事から強くなろうと決心した彼。我流で色んな動画を見ながら鍛える彼は急所を全て暗記して、的確に相手の急所に大ダメージを与える技を習得していく。
筋トレも欠かさなかった彼は、食事メニューも母に言って決めてもらい、確実に筋力をつけていった。
小学生の時の事件。奴らにまた出くわす事があれば今度こそ……。
「負けねぇ」
そう呟く賢也だった。特に部活動に入ることもしないで学校が終わったらすぐ帰って筋トレをしようと思っていた彼は、誰よりも強くなりたいと思っていた。
今強くなることに貪欲だった。格闘家になりたい自分もいる。どの格闘技にするかまだ決めかねていたが、恐らくボクシングになるだろうと考えていた。理由は簡単、喧嘩でよく拳を使っているから。ボクサーになったら喧嘩は出来なくなるが、この道が最善だと彼は思っていた。
次の日登校した時のこと。
「おはよう!」
相変わらず優斗が賢也に挨拶する。他の誰も挨拶してこないのに彼だけは賢也に毎日挨拶をしてくる。無視をしていても気にしていない様子だった。
授業は退屈だ。手を組み腕の中に顔を埋めて眠っていた賢也は、トントンと肩を叩かれる。国語の授業だから咲花先生だ。他の先生なら無視して授業を進めただろう。咲花先生だけが気にかけてくる。
「大丈夫?」
「ああ、眠いだけだ」
「そう、じゃあ……」
賢也は背中を思いっきり叩かれた。物凄い音が響き渡る。
「いってぇ!」
「しっかりと目が覚めたかしら? 今日の黒板係、天谷君にしてもらうわね」
「はぁ!? ふざけんな!」
「それだけ元気なら大丈夫よ。さぁ、お願いね」
問答無用とばかりに黒板係をさせてくる。黒板係とは咲花先生が背が小さいせいで黒板に手が届きづらく、毎回椅子などを使うのも時間の無駄だからと、黒板に内容を書く係を作っているのだ。
ちゃんと書いてなかったり変なことをふざけて書くとお尻を叩かれる。
嫌々ながら黒板係を引き受けた賢也は、退屈だと思っていた。こんな事に意味があるのか? と。
「なぁ、先生」
賢也は黒板に言われた内容を書きながら尋ねる。
「勉強って何の意味がある?」
「うん? 勉強はやっぱり嫌い?」
「ああ、退屈だよ」
それを聞いた咲花先生は笑いながら頷いた。
「そうだねー。頭を使うし、覚えろ覚えろ言う割には将来役に立つのかわからないもんね」
賢也は黙って聞いている。
「私はね。あくまで私の意見だよ? 学校は学ぶ姿勢を身につけるために来るものだと思ってるの」
「学ぶ姿勢?」
咲花先生の話に耳を傾ける賢也はじっと彼女を見つめた。
「どんな事でも、学ぶ、勉強するというものは苦痛に感じるものだよ。でもね……ひとつ聞きたいんだけど天谷君には夢はあるかな?」
「俺は格闘家になりたいんだ」
「なら格闘家に必要なものってなんだと思う?」
咲花先生は賢也の目を見つめながら問いかけてくる
「そんなの決まってるだろ? 強いか弱いか。それ以外にはない」
「確かにね。でも、本当に強い格闘家は実は頭いいと思うの」
「……馬鹿な格闘家でも勝てるだろ」
「私はそうは思わない。一瞬での判断で相手の弱点を見抜き、相手がどう出るか、自分がどう反撃すれば勝てるか、試合の中でずっと考えてるはず」
「……確かにな」
頷いた賢也に咲花先生は更に続けた。
「自分のトレーニングに関してもきっと知識を得てる。それは当然好きなことだからなんだろうけど、それでも苦を苦なく磨ける姿勢があるんだよ」
「だから勉強しろと?」
それは話が違うんじゃないかと思った賢也に咲花先生は首を横に振り言う。
「そうは言わない。皆適性があるわ。それでもそこから逃げた者は、結局いつかどこかで逃げる者になると思うの」
「逃げてはいけないっていうなら、お門違いだと思うけどな」
「その通りね。でもあなたの楽しいや好きを狭める事はないじゃない。学校では少しでも多くの楽しいを見つけて欲しいかな」
「ふーん」
賢也は国語の授業の間、黒板係をしながら考えた。だがやはり勉強は退屈だ。正義のための拳に関係はないと思った賢也。間違いに気づくのはまだ先だった。
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