第2話「担任の先生」

 入学式を終えて新入生は掲示板で自分のクラス表を確認して教室へ向かう。

 教室の黒板には座席表が載っていて名前順に座るようになっている。それぞれの席に座り先生を待つ。

 皆楽しみにしていた。どんな先生が担任の先生なんだろうかと。暫くするとガラガラと音を立てて扉が開いた。

 先生のようだがかなり身長が低い、それは新任の先生の中にいた明らかに小さい人だった。

 先生は教卓と黒板の間に立つ。正直言うと顔が見えない。ピョンと跳ねた髪の毛しか見えない。

「はい静かにしてくださいね」

 先生は言った。初めてのショートホームルームが始まる。


 とても幼い子供のような声が響き渡り、静かになる教室で教壇に立つ先生はピョコピョコ髪の毛が動くだけ。

 先生はチョークを手に取ったようだが、小学生低学年くらいの身長のその先生は黒板に名前を書こうとして悪銭苦闘していた。終いには椅子を借りてその上に立ち名前を書いた。

 咲花薫と書いた先生の文字はとても綺麗だったが、肝心の読み方がわからない。さくはなかおる、だろうか? そう生徒たちが悩んでいると先生は自己紹介してくれた。咲花さきばなかおる先生は一年A組の担任の先生だと言う。

 今日から一年A組の生徒たちの担任の先生となる咲花先生の紹介を聞いた生徒たちはざわめく。明らかに小学生にしか見えないその先生に生徒たちが質問攻めをする。


「歳はいくつなの?」

「身長低すぎない?」

「本当に大人なのか?」


 などなど。笑い声があがる教室に、咲花先生は椅子を返して教卓からひょっこり顔を出し答える。

 咲花先生の歳は二十四歳、身長は百十八センチ。ちゃんとした大人だと答える。好きな食べ物や趣味なども尋ねられそれに答えていく先生。

 生徒たちは思わず立ち上がり前に詰めかける。皆が皆言う。


「ちっさい!」

「可愛い!」


 そう言って先生をからかう。それに対して先生は、今はホームルームの時間だから座りなさい! と叱る。

 不意に生徒の一人がヒョイと先生を持ち上げた。結構重かったようだが、その生徒にも持てたようだ。先生は、からかうのはやめなさいと言って、腰の辺りを持っていた生徒の手をグイと引き離し、トンと音を立てて着地した。

 生徒たちはもう小学生ではない、中学生なんだ。ふざけてないで真面目にやる必要がある。席に着くように言った先生は、先生への質問はまた今度にして次は生徒たちに自己紹介するように言う。


 ブーイングの嵐だったが、そういう声を聞かず出席番号順に座っている生徒一人一人の名前を読み上げて自己紹介させていく。適当に済ませる人もいれば、ここぞとばかりに張り切る生徒もいる。

 一人一人の自己紹介を終えて、咲花先生はパンと手を叩いて話す。これから一年間よろしくね! では早速教科書を配ったりします、と言った先生は曲芸のように三十冊分の教科書を積み上げ持って一人一人に配り始める。

 それに対して生徒たちは、普通は前の子に配って後ろに回すんじゃないのか? と問う。すると先生はハッとして慌てて前の六人に五冊ずつ配る。

 そうやって教科書を配り終えたり、保護者への案内などを配った後先生は言った。小学生からあがったこの中学生活を思う存分に楽しんでください! と。暫くの間ワイワイガヤガヤと皆教室で騒いでいた。


 そうして自由時間になり、先生も職員室に戻る。職員室でも咲花先生は話題の人だった。椅子を最大まで上げて机の前に座る咲花先生。

「本当に小さい人ですね、うちの娘もそのくらいの身長ですよ」

 そんな風に言われる言われる咲花先生。それも言われ慣れていた事なので何も問題はないが、あまりの視線なのでちょっとだけ恥ずかしい咲花先生。明日から授業が始まる、少し不安を覚える彼女だった。


 次の日ショートホームルームでクラス委員を決める。委員長や副委員長などを立候補や推薦から決めていく。幸いなことに活気のあるクラスな方で、自分から進んでやりたいという人が多かった。勿論こういう事には手を出さない生徒もいる。そういう子らのための係がこの学年にはあった。

 それは黒板係。咲花先生が受け持つこの学年の国語の授業の時、黒板に手が届かない咲花先生の代わりに板書する係だ。

 黒板係は毎日交代制で、黒板係が板書している間は、その生徒のノートを咲花先生が書いてあげるのだ。

 咲花先生の可愛らしいノートの書き方は絶賛される。こうして黒板係は人気の係になった。

 国語の授業の担当の咲花先生の授業はとても分かりやすく、黒板係にもちゃんと指導していく先生。


 時にはからかいながら変なことを書く生徒もいたが、そういう生徒を放っておかず真剣に向き合おうとする先生。じっと見つめる先生に気付いたその生徒は腕を下ろす。そして変なものを消す。

 他の生徒たちの目は主に男子と女子とで違った。面白いと思う者、くだらないと思う者、勉強の邪魔だと思う者、どうでもいいと思う者。

 その生徒が反省してちゃんと板書した時、先生はこっちに来なさいと言う。先生に言われた通りにした生徒を屈めさせ頭を撫でて褒める。恥ずかしがり離れる彼は顔を赤らめていた。

「ちゃんとすればできるんだから、ちゃんとしたらそれだけ嬉しい気持ちになれるんだよ」

 そう言った先生は更にその生徒に近づいて行き、しっかりしなさいね! とお尻を叩いた。


 こうして一人一人にしっかり勉強を教えていく咲花先生はとても生徒たちから愛されていた。大人しい子も気になる程。

 車で通勤してるそうなのだが、足が届くのか? と考える生徒がいた。当然届かないので手で動かすタイプの車に乗っている。

 なんで先生になったかを聞かれて咲花先生は、自分が恩師から受けた教えがとても響いて、その事から教師を目指したと言った。

 勉強教えてと詰め寄ってくる生徒たち。それぞれに分かりやすく教える。それは国語だけではなくほかの教科でも教えてくれる先生。

 帰りのショートホームルームが終わってからも学校に残って勉強する生徒が、一年A組には多かった。それは咲花先生の影響だった。

 勿論部活動に行く生徒たちもいる。まだ決めかねている生徒たちに、ゆっくり決めたらいいと言う先生。


 正道中学校は部活動自由で、帰宅部もオッケー。野球部やサッカー部や陸上部などの運動部と、家庭科部や科学部や音楽部などの文化部。

 様々な部活動があり、放課後も賑わっている。咲花先生も何かの部活動の顧問になるべきなのだが色々迷いもあり、まだ決めかねているようだ。

 何にせよ運動部の顧問になりたいと思っていた先生は格闘技の部活を見回る。空手部、柔道部、合気道部など見て回るが悩む先生。

 まぁまだ時間はあると先延ばしした彼女は、クラスの生徒たちに会い手を振る。下校していく生徒を見守りながら職員室に戻り、教師としての仕事をこなす。


 教員は激務だ。授業のための準備、テストやプリント作成、保護者などへの対応、部活動は勿論のことだが生活指導や進路指導など。

 生徒たちには前に進んでいって欲しいと願うからこそ、先生たちの仕事は大変なことになる。

 咲花先生は生徒一人一人の人生の歩みの速度は違う、だからそれぞれに合わせた対応をしたいと思っていた。

 毎日全員の特徴を見極め、得意不得意や特技などを頭に入れて勉強を見る。


 正道中学校の校風が自由だからこそ様々な生徒がいる。勿論校則はあるし違反してはいけない。だが世間から見れば緩い方だった。

 クラスだけでなく一年生全員の特徴をメモした咲花ノートは膨大な量になっていく。

 それは彼女自身の器の大きさに比例していた。

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