20話:アーセナルという存在③

9時00分、ケイブ破壊作戦開始──


「いよいよ、だね……」

「はい、緊張します」

「作戦は覚えてる?」

「はい。火の巨人山麓を囲むようにアールヴヘイム率いる防衛部隊と強襲型ゴーレム部隊が侵入。モンスターを陽動。そこで私達、クフィア部隊が騎空艇で第七区域を確保。そこに大型高出力魔力砲が輸送され、設置後、敵陣地に向けて砲撃。群生ケイブを粉砕する。そしてクフィア部隊が群生ケイブ地点に超大型エリアディフェンスを設置する。そして残存モンスターを殲滅する」

「よくできました」


 クフィアはクローバーの頭を撫でる。

 攻撃地点より300メートル離れた地点で待機していたクフィア隊は、強襲に備えていた。

 広域データリンクを確認すると、ちょうど防衛隊の魔法攻撃部隊の砲撃が完了し、モンスターに打撃を与えたところだった。

 それに応じて、防衛隊の航空魔導士部隊が群生ケイブに向けて火炎弾の一斉発射を行う。


『HQより各強襲型ゴーレム小隊、突入せよ。敵の戦力は一時的に減算した』


 モンスターを示す光点で真っ赤に染まったモンスターサーチャーマップに、ぽつぽつと地色の穴が開き始めるのを合図に、強襲型ゴーレムによる殲滅作戦が開始された。


 強襲型ゴーレムは魔力適正50以上の魔導士が動かせる鋼鉄の機械。モンスターの攻撃を防ぐ頑強な装甲と、両腕に搭載された魔法砲が特徴だ。

 部隊は橋頭堡を確保すべく、侵攻をかける。


『スティングレイ1よりHQ──攻撃地点を確保、繰り返す、攻撃地点を確保!』


 やがて、大した時間も経たないうちに、橋頭堡確保の報が入った。


「速いね……さすが」


 スティングレイ隊は火の巨人山麓に登山する部隊の最先鋒だ。彼女達が失敗すればその後の攻撃もままならなくなる。故に最精鋭部隊を揃えてきているのだろう。

 橋頭堡の確保と同時に、火炎魔法部隊と雷魔法部隊が前進する。


『スティングレイ1よりHQ──魔導士の支援を要請! ポイントS-52-47! ラージ級が接近中だ、強襲型ゴーレムが危ない!!』

『──HQ了解』

『後続の強襲型ゴーレム部隊がラージ級のレーザー照射を受けてます!』

『残っている強襲型ゴーレムを至急前進させろッ! 第二照射来るぞ!!』

『砲撃支援防衛隊は依然健在、現在砲撃を継続中!』

『ウィスキー部隊、群生ケイブまでの距離2キロ地点まで到達。部隊損耗6%!』

『HQより各部隊──騎空艇は現在、ラージ級出現地点に向け最大戦速で移動中。戦域突入まで──』

『砲撃支援部隊の被害甚大なれど、作戦の続行に支障なし! 破壊64、うち火炎魔法部隊が38、大破41……』


 先鋒の部隊と前線司令部との間に通信が飛び交う。

 作戦はここまで順調に推移してきたものの、やはりラージ級登場した途端、被害が跳ね上がっていた。


 特に、砲撃のために接近した火炎魔法部隊や雷弾魔法部隊の被害が目立つ。ただ、それでも従来のケイブ攻略戦に比べると、確実に被害は少なくなっていた。

 そしてクフィア部隊を載せたガンシップも戦域に突入する。


『HQより魔導士各機。後続の砲撃支援部隊も近い、各機緊急事態に備えろ。ウィスキー部隊は、山頂からのレーザー照射でかなり沈められている。いつでも発進できるようにしておけ』

『──了解』

『──HQより九分部隊。現時刻を以て作戦はフェイズ3に移行。砲撃を開始せよ!』


 作戦の第三段階、エコー部隊の投入に合わせて制圧砲撃が開始された。

 火炎砲と雷弾の雨が山に降り注ぎ、ミディアム級とスモール級がそれを迎撃する事で爆風が発生、そこに魔法による面制圧が行われる。


『──HQよりクフィア部隊。全搭載機発進準備、繰り返す、全搭載機発進準備!』

「──クフィア部隊よりHQ! 全搭載機発進準備良し!」

『──HQ了解。全機発進せよ、繰り返す、全機発進せよ!』

「──クローバー、行くよ。クフィア部隊! 降下開始!!」


 クフィアとクローバーの手を握って、合図を出す。それによってクフィアとクローバーは騎空艇から飛び降り、強襲型ゴーレムも落下していく。騎空艇から全ての戦力が投下された。


 防衛隊の空挺部隊が陽動のために北上していく中、クフィア部隊は南下していく。


 いくら大規模な陽動が行われ、敵戦力が分断されているとはいえ、火の巨人山麓がモンスターの支配地域である。時雨部隊の行く手にもモンスター群が立ちはだかってくる。


 ざっと見渡す限り、排除しなくてはならないのはミドル級にミディアム級、そしてスモール級だ。ラージ級は今のところ見当たらない。


 突進しか能の無いスモール級は横に躱せば済むし、集ってくるミディアム級は、飛び越えてしまえばいい。ミドル級は注意が必要だが、ラージ種がいない今、高さを最大限に利用出来るので、やはり脅威とまでは言えない。


 市街地戦という高密度空間を想定して訓練を重ねてきたクフィアとクローバーにとって、今更この程度の戦いなど、どうという事もなかった。勿論、油断などしないし、気を引き締めてかかってはいるが。

 その上、組織的な襲撃ではなかったので、難なく戦域を支配する事になった。


「──クフィアよりHQ。第七区域を確保、このまま警戒態勢を継続する」

『──HQ了解』


 そして、ばら撒かれた補給用コンテナと魔導杖ポットから装備品を補給していく。今の二人は第一世代の魔導杖を使っていた。かなりの長期戦になると予想され、頑強で安価な第一世代の魔導杖が配備されたのだ。


「えっと、魔力クリスタルを触れさせて」

「そう、それで魔力を流し込めば魔導杖の使用権を譲渡できる。こういう長期戦だと魔導杖を次々切り替えていくから慣れておくと良いよ」

「はい、わかりました」


 クローバーが魔導杖の変更に戸惑う中、クフィアは優しく教える。

 クフィア部隊が第七区域の攻撃開始地点を確保したのと時を同じくして、ウィスキー部隊も戦線構築を完了していた。


「──クフィアより各員、今回の護衛対象となる大型高出力魔力砲の輸送は予定通り進攻中だ。攻撃開始地点にはモンスターを一匹も近づけないで」

『──了解!』


 陽動部隊の動きに呼応して、ケイブ周辺の敵密度は一時的に下がっている。予定通りに事が進めば、大型高出力魔力砲の的になるために、敵増援が現れるはずだ。

 クフィアがモンスターを確認していると、やがてモンスター地中移動時の固有振動が計測される。そして、それはすぐに振り切れた


「ということは、敵の数は四万以上……まあそんなものかな。陽動部隊の展開は……」


 広域データリンクによって他部隊の展開状況を確認する。

 他のアールヴヘイム率いる防衛部隊のウィスキー部隊は既に戦線を構築し、次の段階への移行を待っている状態だ。損耗率は10%。もっとも、この数字は降下時に撃墜されたものも含まれていて、降下直後は損耗率は4%程度に抑えられている。

 空挺部隊の方に表示を切り換えると、ちょうど戦線を構築し終わったところだった。こちらの損耗率は3%。

 共に作戦継続に全く支障はない。それどころか未だかつてない、ありえないほどの低い損耗率を維持している。


「良い調子だ。クローバー、安心して、作戦は順調に進行している」

「そ、そうなんですか? 良かったぁ」


 魔導杖を抱きしめて、ホッと息を吐くクローバーの姿にクフィアはほくそ笑んだ。


「高出力魔力砲はどこにいるかな」


 指揮官権限によって機密レベルの高い情報にアクセスする。大型高出力砲は現在、火の巨人山麓の中腹上空に差し掛かったところだ。このまま行けば、あと30分程度で砲撃地点に到着するだろう。


「もうそろそろか……」


 その時、HQの声が飛び込んできた。


『──HQよりアールヴヘイム部隊各機。モンスターの高出力魔力砲の攻撃開始地点への到達まで1800秒。これより作戦はフェイズ4へ移行。繰り返す、作戦はフェイズ4へ移行』

「──クフィア了解。高出力魔力砲攻撃開始地点の確保を継続します」

『──尚、ケイブ周辺かモンスターが出現中。警戒を怠るな。現在のところ、個体数及び種属構成は不明。ラージ級の存在を想定した警戒態勢を継続せよ』


 HQの通信が終わると同時に、地中からモンスターが出現した。もっともその中にはラージ種は含まれていないし、このまま正面からぶつかっても、対処出来ないほどの数ではない。


「クローバー、落ち着いて! 冷静に!」

「はい!」


 クフィアは突進してきたスモール級の攻撃を軽くいなし、背後から魔導杖を一閃させてその首を刎ね飛ばした。


「防衛隊と強襲型ゴーレム部隊! 数が多いから取りつかれたら落とされる! 強襲型ゴーレムにモンスターを近づけるな!」

『──了解!』


 クフィアの指示を受け、クフィア部隊の各小隊は散開して、迫り来るモンスターに向かって引き撃ちを開始した。

 C小隊は左翼の18体、A小隊は右翼の22体、そしてB小隊は正面の19体に向かっていく。

 ここに出現したモンスターの対処は彼女たちに任せておけば問題ないので、クフィアとクローバーは、この場で補給物資の確保をしている。


 そしてクフィアは戦闘の様子に目を向けた。先程の戦闘では、さすがにじっくりと眺めているわけにもいかなかったが、今回はそのくらいの余裕はある。

 殲滅速度はやはりB小隊が一歩抜きん出ているが、全体的にレベルの底上げが上手くいっているようで、個別の技術、二機連携、小隊行動と、小隊の行動はレベルが高かった。

 クフィアは心の中で考える。


(クローバーはまだラプラスを意識して発動させていない。無意識でここまで戦力が上がるなんて、もしかしてクローバー……君はボク以上のものを)


「皆さん強いですね」

「高練度の部隊が集まってるからね。まあ、あの程度の敵にてこずってもらわれても困るけどね」

「魔導士の仕事はラージ級ですからね。本来なら魔導士抜きの作戦だったみたいですし。でも余裕があるのはいい事ですよ」

「驕りさえしなければね」

「それは……確かに」


 クローバーとクフィアは周囲を警戒しつつも、前に出て戦う防衛隊と強襲型ゴーレム部隊がの様子を見て笑みを浮かべた。


「にしても、みんな元気だね……ボクももう歳かな」

「あー」

「あー!? そこは否定してよクローバー!?」

「いや、私と初めて会った時のクフィア様って、とても綺麗でしたけどどこか達観してるっていうか、冷めてる感じがしたんですよね。まるで悟りでも開いてるみたいに」

「そう?」

「はい。でも、クフィア様がラプラスの記憶操作を私に使って効かなくて、それでその影響で私もラプラスが使えることが発覚してから、クフィア様はとても元気になられました」

「確かに、言われてみればクローバーと出会ってから、色々と楽しいと感じることは増えたかな。色褪せた世界に、初めて自分以外の誰かが入ってきて色を塗ってくれた」

「ラプラスって、他の人を支配できちゃうせいで人間性がどうしても普通の人達より鈍感になってしまうと思うんです。だからクフィア様は精神が年老いていたんだと思いますよ。今は違いますけど」

「なるほど、良い考察だ」

「本当はラプラスが使えるってみんなに言えれば楽になると思うんですけど」

「人を支配できるスキルを持ってると言う勇気はボクにはないな」

「アールヴヘイムの皆さんを信用していないんですか?」

「信用していないわけじゃないさ。けど、うーん、いや信用してないのかな。人間が信用できない」

「なら、私がクフィア様が唯一信頼できる人になりますよ。同じ能力持ちですし! 妹ですし!」


 その言葉にクフィアは目を見開いた。クローバーは笑顔でふんす! っと拳を握っている。


「ありがとう、クローバー」

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