第21話:アーセナルという存在④

『──HQより全部隊、これよりフェイズ4ターン2に移行。ウィスキー、エコー各部隊は、陽動を再開せよ。繰り返す──』


 ──それから6時間が経過した。

 作戦は予定通りに進行し、大型高出力魔力砲は到着して群生ケイブに砲撃を撃ち込んでいる。

 警戒する傍ら、大型高出力魔力砲のデータをチェックしていた。


「あんま状況は良くないね……」


 データを見る限り、砲身の過熱劣化状況がかなり酷い。作戦前の想定よりも負荷が軽減されているはずであるにもかかわらず、だ。


『──ケイブ周辺のモンスターの減少を確認。陽動部隊は既に後退を開始した。クフィア部隊、ケイブの破壊せよ。繰り返す、ケイブを破壊せよ』


 HQの通信で、群生ケイブ破壊作戦の最終段階に入ったことを知らされる。

 クフィア部隊は、それぞれの魔導杖や装備を点検して、強襲型ゴーレムの主機の出力を一気に最大まで上げ、カウントゼロを待つ。


「2……1──全機突撃開始、行くよッ!!」

『──了解ッ!!』


 火の巨人麓山頂付近。

 群生ケイブ発生地点に突入からおよそ30分。

 群生ケイブの破壊数は25個。総数は30個からなっているので、半分以上破壊できたことになる。


 今のところ、コンビネーションはほぼ完璧に作用している。何度か危うい状況に陥りそうになったものの、その都度クフィアがフォローを入れ、事なきを得ていた。


 ここまでの行程で、モンスターの出現には間違いなく波があることが証明されていた。一つ前の森林を越える際、かなりのモンスターを躱して横からと遠回りに突入し、距離を稼いだ。そのおかげで現在の敵主力と思われるモンスター群は背後に置き去りになっているものと思われる。

 その証拠に、このケイブ周囲にいるモンスターの数は、これまでに比べてほとんどいないといってもいいくらい少なかった。


「それにしても……ここまで数が多いとは思いませんでした」

「どうしたの? クローバー」

「この作戦で出現したモンスターの総数、大型ケイブ出現時を軽く超えてませんか?」


 魔法攻撃部隊や航空魔導士による魔法攻撃、そして高出力魔力砲が七射。統計で言えば、大型ケイブを二度全滅させていてもおかしくないほどの敵を倒してきている。にもかかわらず、群生ケイブ内に突入してからも、クフィア部隊はかなりの数のモンスターに行く手を阻まれている。


「ま、統計値って言っても、所詮予測でしかないからね。当てにならないよ。今あるデータは、統計と言うより希望的観測って言った方が正しいかな」

「そうですね」


 呆れた様子で呟くクローバー、


「実際、ケイブの分類をするなら、ギガント、アストラを排出できるか否かの二種類にしか分けられないんじゃないかな。まあ何にせよ、ボク達のやる事に変化があるわけじゃなし、どうでもいいっちゃあどうでもいいよ……っと、B小隊、ミディアム級の群れが接近中だ、気をつけて」

『──B小隊了解』

『それにしもギガント級がいないって楽なもんですね』


 左翼の先陣をきっている強襲型ゴーレムが、迫り来るミディアム級を叩き潰しながら、右翼の先陣を突き進むC小隊に話しかけた。訓練によって最大の脅威である数を何とかする方法を身に付けた強襲型ゴーレム部隊にとってみれば、魔導士によってしか勝てないと言われる脅威はギガント級だけだ。しかし、群生ケイブは小規模なケイブの集まりなので、大型のギガント級は排出されない。更に戦闘では同士討ちを避けるためか、ラージ級もレーザーを照射しない。そのため、今の状況が若干ヌルく感じてしまうのだろう。


『ええ、全くだわ……っと、ラージ級を発見! クフィアさん、クローバーさんお願いします』

「わかった、行くよ。クローバー」

「はい! お姉様」


 クフィアとクローバーは左右からラージ級に接近して、どちらかを一方を攻撃した時に背後から切り裂く。ラージ級は爆散した。その時にクフィアの使っていた魔導杖が折れた。


「魔導杖が死んだ! 強襲型ゴーレム部隊! 魔導杖ポッドを!」

『了解』


 強襲型ゴーレム部隊の一つに補給コンテナと魔導杖ポットを運ぶのが一機いる。それにクフィアは駆け寄って、魔導杖ポットから魔導杖を引き抜き魔力クリスタルをかざして使用権を譲渡させる。そしてもう一つの魔導杖を取り出して、クローバーに渡す。


「そろそろ魔導杖を変えた方が良い。第二世代のものはクローバーが使って」

「え!? クフィアお姉様の方が良いですよ!」

「ボクは第一世代の方が使い慣れてるからこっちの方で良い」

「わかりました」


 クローバーは魔導杖を変える。


「──クフィアより全機、次はN32からQ27に抜ける。進路変更の際の挟撃に気をつけろ!」

『──了解ッ!』


 その横からモンスターが現れる。

 それは巨大な姿だった。


「ラージ級が三体!?」

「クローバー! ラージ級二体はボクがやる! その間、一体を引きつけておいてくれ!」

「わかりました!」


 強襲型ゴーレム部隊や防衛隊はラージ級には歯が立たない。せめて騎空艇の魔法砲撃の火力がなければ意味がないのだ。


 殴りかったところで、魔導士であるクフィアとクローバー二人の邪魔になり、レーザーを発射されれば撃墜されかねない。

 強襲型ゴーレム部隊と防衛隊は二人の戦いをみてるしかなかった。


(早く片付けないとクローバーが! 初陣でラージ級を一人で相手にするのはまずい!)


 クフィアは自身の異能を発動して、ステルス機能を作動させる。ラージ級の背後から迫り、魔導杖で串刺しにする。そして次の目標に向かおうとした時、魔導杖が動かなかった。


「死体に深く刺さりすぎた!?」


 その隙をついてラージ級がクフィアに攻撃を仕掛ける。光の凝縮がクフィアの目の前で行われた。


「クフィアお姉様!!」


 横から弾丸が飛んできてラージ級の行動を妨害した。そのおかげで魔導杖を抜いたクフィアはすぐに攻撃行動に移る。


「意識を逸らすな!!」


 クフィアの支援をしたクローバーは、自身が相手にしていたラージ級に襲われそうになっていた。今はシューティングモードにしているので攻撃を防げない。このままではクローバーが殴り殺される。


「ふっ!」


 クローバーはシューティングモードからブレードモードに変形させて、ラージ級の腕を跳ね飛ばした。第二世代の技術によって、機構変形速度が飛躍的に向上していたからできた芸当だ。

 もしクフィアがクローバーに第二世代の魔導杖を渡していなければクローバーは死んでいただろう。


「私は! お姉様の足手纏いには、ならないッッ!!」


 クフィアの中で何かが弾けた。クローバーのラプラスが発動したのだ。攻撃力、防御力、敵の防御力低下によって戦闘能力が飛躍的に向上する。それに合わせてクフィアもラプラスを発動させる。相乗効果によって二人の火力と防御力は魔導士5人分以上に膨れ上がった。


『ラージ級、多数接近!』

「クローバー、やれるね?」

「はい! お姉様!」


 二人はラージ級の群れに突撃して切り裂いていく。その背後にはいくつかのケイブがあった。


「これで、終わりだ!!」


 クフィアの攻撃によってケイブが破壊される。そしてクローバーは複数のラージ級を正面から一人で切り倒した。


「モンスター掃討完了!! 大型エリアディフェンスを設置を開始する! 魔導士と強襲型ゴーレム部隊は周囲の警戒を! 防衛隊はエリアディフェンスの設置を急いで!」

『了解』


 クフィアは周囲を警戒しながらクローバーに近寄る。


「ありがとう助かったよ」

「いえ! この魔導杖のおかげですよ!」

「謙遜しなくて良い。後でお礼するから楽しみにしといて」

「はい! お姉様!」


 作戦司令部。

「副司令……クフィア部隊は大丈夫でしょうか……」


 不安げな表情で管制官が副司令に訊ねた。

 管制官達は火の巨人山麓に生じる変化を見逃さないためにモニター中だ。とは言っても制限時間は設けられている。クフィア部隊の群生ケイブ突入から120分──それを過ぎれば作戦は失敗とみなされ、全軍、撤退を開始する手筈となっていた。


 今はアールヴヘイム率いる防衛部隊と強襲ゴーレム部隊が共同で戦線を維持しつつ陽動を続け、ある種の膠着状態に突入している。陽動は極めて順調に推移しているが、作戦開始から数えてかなり長丁場の戦闘になっているので、各部隊にはそろそろ限界が近付きつつあった。


 クフィア部隊が群生ケイブに突入してから既に60分以上、しかし観測されている群生ケイブの様子には、未だケイブ反応が存在する。

 そして山頂の状況も、全く分からない。クフィア部隊は後続など全くお構いなしに、スピード命でケイブ破壊目指して進攻中なので、兵站、そしてデータリンクの確保が成されていないのだ。


 当初からそういった、クフィア部隊が孤立する事を前提とした作戦ではあるのだが、いざ実際にやってみると、残される方は気が気でない。

 一応、今のところ強襲型ゴーレムの自爆機能による爆発は一つも確認されていないので、恐らく無事なのではないかという予測は出来る。が、それも所詮、希望的観測でしかない。自決装置を起動する間もなくやられてしまう可能性だってあるからだ。

 今までの統計から見れば、むしろそういったケースの方が多い。だから自爆装置の爆破反応がないからといって、決して無事でいるとはいえないのだ。


「──心配しなくても良い。アールヴヘイムに加え、精鋭の強襲型ゴーレム部隊だ」

「ただ待つだけの事が、こんなに辛かったなんて……」

「その気持ちは分からないでもないがな」

「私……こんな時に何も出来ない自分が不甲斐ないです……!」


 管制官は元々、魔導士になるべく訓練していたのだが、魔力数値が低いことでそれを断念している。もしアクシデントがなく魔導士になっていたとしても、今まで無事に生き延びてはいないだろうは思っているのだが、それでも魔導士ではないために、待つ事しか出来ないでいる自分が、口惜しくてならなかった。

 もし魔導士であったなら、部隊が一番大変な今この時、仲間のために何かしてあげられるのに……と。


「信じてやれ。必ず全員生きて戻ってくると。それを迎えてやるのが我々指揮官の役目だ」

「…………」


 副司令の言葉を聞いた管制官は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で副司令を見詰め返す。


「……どうかした?」

「副司令……なんだか、学校の先生みたいです」

「な!? ちょ、ちょっとやめてくれ……全く」


 少し恥ずかしそうに視線を逸らした副司令は、なぜあんな事を言ってしまったのだろう、とでも言いたげな、憮然とした表情を見せた。

 その時。


「ケ、ケイブの反応が消失! 全ての群生ケイブの破壊が、確認されました──!!」


 驚きと興奮の入り混じった声が響き渡った。


「えっ──!?」


 副司令が慌てて資源観測衛星からの映像や、各種センサーのモニターを確認すると、確かにケイブのエネルギー反応が消失し、ケイブが破壊された事を示している。

 それから一呼吸遅れて、ブリッジの中が歓喜の声に包まれた。中には感激のあまり、抱き合って涙を流している者たちもいる。


「アールヴヘイム、やってくれた……! 大型エリアディフェンスの設置もされている!」

「──現時刻を以て本作戦の最終段階への移行を宣言する!」


 感極まって興奮冷めやらぬ中、総司令の宣言で、作戦は最終フェイズ、残存モンスターの掃討に駒を進めた。


「──HQより全軍に告ぐ! 群生ケイブの完全破壊が確認された! 作戦は最終段階へ移行! 繰り返す──作戦は最終段階へ移行! 全軍、追撃戦に入れッ!!」

『──ザウバー1了解ッ!!』

『──クレスト2了解』

『──クラッカー1了解ッ!!』

『──スティングレイ1了解!!』


 各部隊たちは既に疲弊しきっているはずなのに、返ってくる声はどれもこれも、非常に力強いものだった。しかし、それは当然だろう。

 アールヴヘイムによるラージ級の早期撃破によって、従来の群生ケイブ攻略戦と比べて格段に低い損耗率を叩き出し、そしてクフィア部隊は前人未到の群生ケイブ破壊を見事に果たした。


 そのどれもが対モンスター戦争史上初の快挙だ。この瞬間に立ち会った者たちは、人類勝利のためのより具体的なヴィジョンが見えてきたに違いない。


 群生ケイブが失われた事によりモンスターの動きは一変し、一時動揺しているような動きを見せた後、転進を始める。その隙を突いて、展開している各部隊は一気に攻勢に転じた。

 モンスターの最優先行動が撤退に設定されたのか、ろくな反撃も見せずに、とにかく逃げる事に主眼を置いている。


 大半は別のネストと呼ばれるモンスターの巣に向かおうとする勢力には騎空艇からの爆撃、地上では防衛隊とゴーレム部隊によって防衛線それぞれ足止めをかけ、それを挟撃する形でエコー部隊が背後から襲い掛かる。防衛線をすり抜けて海中に入ったモンスターには、スティングレイ隊を始めとする防衛隊の追撃が待ち構えている。


 後退でも撤退でもなく、ただ純粋に逃亡するモンスターを追撃するなどというシチュエーションは、世界でも前例がない。一方的に攻めるという状況に魔導士たちは更に高揚し、モンスター戦史上、類を見ない撃墜率をマークしつつあった。

 そして、群生ケイブ破壊が確認されてから15分ほどが経過した頃。


『──クフィア部隊よりHQ聞こえますか!?』


 戦域情報にクフィア部隊のマーカーが再び点灯し、司令官ブリッジにみちるからの通信が飛び込んできた。


「──!!」

『──今、モンスターの密集区域を脱出。群生ケイブの破壊に成功。これより予定通りコンテナで補給した後、陸路で騎空艇に帰投する。前線基地での補給の手配、よろしく頼むよ」


 クフィアの声も、酷く疲れてはいるものの、いつになく弾んでいる。


「HQ了解! クフィアさん、部隊の損耗率は──」

『──ああ、そうだったね。聞いて驚いて、損耗率はゼロ! 全員、無事に帰還した!』

「──!!」

『では、通信を切る──!』

「はい!」

「……ほら、言った通りだっただろう?」


 副司令は管制官の肩にポン、と手を置いて微笑みかけた。

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