コーデュロイ

 林が出勤をしてこなかったので心配になった隅が自宅に行ったところ、首を吊っていたようだった。遺書らしいものは残されておらず、首を吊ったはっきりとした理由はわからなかったが、松田と渡部は隅に詰められたのがきっかけだと思っている。警察が事情聴取に来て、渡部はその話もしたし、店を辞めたがっていたことも話した。真相はわからないが、とりあえず仕事で悩んでいたのだろうという話になった。そんなことがあり、グーグルのレビューでも店員を自殺に追いやった店というレビューが書かれてしまうことになった。そのレビューはグーグルに申し立てをして取り下げてもらえたが、AZMAの悪評に一役買うことになってしまった。


 その後、AZMAの林の後釜として佐藤という店員が異動でやってきた。佐藤という店員は渡部とも以前から店員と客という関係もあったし、すぐに仲良くなることができた。しかし、林が亡くなったことは渡部をはじめみんながショックを受けており、今までのAZMAとは活気というか、雰囲気がだいぶ変わってしまった。だが、オーナーはそんな状況下でも相変わらず厳しいノルマを店舗に課していた。


「隅さん、ノルマこんなに今月もきついんですか?」

「うん、オーナーが今まで以上に気合入れろって言っていてね……」

「人が亡くなったあとにそんなことするんですね」

「だよね。厳しいよな」


 ノルマ達成のために隅、松田、佐藤、渡部の4人で頑張っていったが、今月はノルマを達成できなかった。そのことでオーナーが直々に店舗を訪れ、叱責をしに来た。


「君ら、何やってんの? 全然ノルマに達せそうでもないし、何を店でしていたの?」

「いや、僕らも頑張ってたんですが、林が亡くなったことで店に悪い評判がつきまして……」

「それを吹き飛ばさないとダメじゃん。それを言ったら一生この店やっていけなくなるよ? そしたらどうするの?」

「ええ、それは重々承知なんですが……」

「わかってないでしょ? とにかく来月もノルマ達成できなかったら、隅、お前降格な」

「はい、わかりました……」


 ある程度怒るとオーナーはさっさと帰っていった。周りのスタッフが隅に声をかける。


「隅さん、大丈夫ですか?」

「ああ、うん。ありがとう」

「オーナーひどい人ですね。心無いというか」

「あの人は売上がすべてだから……」


 そんなオーナー襲撃事件があって、スタッフも気持ちを無理やり変えさせられることになってしまった。林のことは忘れ、努力せざるを得なかった。新しくやってきた佐藤とともに接客を頑張っていこうとスタッフ全員で気合を入れざるを得なかった。インスタでつながっている常連にDMで声をかけ、無理やり店に来てもらったり、店舗のブログを頻繁に更新するなどして、客が訪れる環境を整えていった。そんな中で渡部も思い切って田母神にDMをしてみた。返事こそ返ってこなかったが、数日後、田母神は店舗にやってきた。


「あ、田母神さん。こんにちは」

「どうも。こんにちは」

「いらしてくださってありがとうございます」

「いえいえ。久しぶりに来てみたくなったタイミングだったので。何かいいの入ってますか?」

「うちの別注のコーデュロイジャケットが入ってますよ」


 いつもの流れでお勧めの商品を田母神に着てもらう。田母神も今回は結構気に入ったようだった。


「どうですか。サイズ感とか、色味とか」

「サイズはちょうど良さそうですね。色味も黄色で一見合わせづらそうだけど、落ち着いた色味だから合わせやすいですね」

「ですよね。他のサイズも一応着てみますか?」

「そうですね。着てみます」


 ワンサイズ上と下を着てもらったが、最初に着たものがちょうど良さそうだった。


「そしたらこれにします」

「ありがとうございます」

「ところで渡部さん、接客が落ち着きましたね。大きい声では言えないですがやっぱりあの事件あったからなんですか?」

「ああ、それもありますけど、林さんに接客のコツを教えてもらってからなんですよ。だからこそとても悲しいんですよね……」

「すみません。でも今の接客すごくいいと思いますよ。AZMAのスタイルそれだったらみんな来やすくなりますよ」


 思わぬ田母神からの褒め言葉もあり、渡部はまた少し自信をつけた。調子づいた渡部は来た客来た客に丁寧な接客をし、売上を重ねることができた。隅、松田、佐藤も負けてはおらず、ガンガン服を売っていく。そのおかげでオーナーの課したノルマを達成できた。隅はホクホク顔でオーナーに売上の報告をする。オーナーもご満悦だったらしい。こうしてAZMAのピンチをみんなで乗り越えることができた。林が抜けた後でもみんなで立ち向かっていけば問題はなさそうだった。だからこそ渡部は林の思いを継ぎたいという想いが高まっていった。林と話した秋葉原での古着屋の夢を渡部だけでもかなえたいと思い始めていた。渡部は隅に退職したいと思いをぶつけに行く。


「渡部君、辞めたいって話だけど、本気なの?」

「はい、本気です。林さんと古着屋やりたいねって話してまして、その夢を追いかけたくなったんです」

「夢があるのはいいことだけど、そんなに甘くないと思うよ」

「それは承知です。でも林さんの遺志を継ぎたいんです」

「本気みたいだね。わかった。辞めていいよ。でも最後までうちの売上に貢献してね」

「もちろんです!」


 隅との話し合いも終わり、新たな店舗への夢が広がっていく。その日から渡部はAZMAでの接客を努力し続けた。いつも以上に引きの接客を意識したし、その成果もあってその月の売上はスタッフの中で一番だった。また、常連客への新店舗の案内も忘れずに行っていた。


「今度、僕この店辞めて、秋葉原で古着屋やるんでぜひ遊びに来てくださいね」

「へえ、そうなんだ。どんなコンセプトの店?」

「ファッションに興味を持ってもらうための店なので、もしかしたらAZMAのセレクトが好きな人とは外れるかもしれませんが、スペシャル品も扱う予定なのでぜひ来てください」


 そうして渡部の新店舗の認知は少しずつ上がっていった。しかし、実はまだ物件や商品すら集まっていないのだ。その準備はAZMAの休みの日に少しずつ行っていった。


 秋葉原の物件を不動産屋とともに内見していく。ここだと思った物件は隣がカードゲームショップのなんともミスマッチな物件だった。しかし、渡部はそれでこそ客に来てもらえると考えている。店の看板を服の店っぽくないようにするつもりで、間違って入ってくれないかと期待しているのだ。その作戦は渡部に自信があった。店の名前も「古のショップ秋葉原」にするつもりで、一見何屋かわからなくすることで一度店に入ってもらう作戦だった。店舗の名前もオタクの人たちの心をくすぐるようなネーミングにしたつもりだった。物件の広さは10畳と広くはないものの、古着屋としては十分ではないかと思っていた。家賃も予想の売上を下回っており、そこにも抜かりはなかった。


 次に商品の仕入れ問題がある。服に興味がない人がギリギリ手に取ってもらえるであろう、3千円から5千円程度をメインの商品にしようと考えていた。となると必然的にレギュラー古着ばかりになるが、AZMAの客にも説明したように少しだけでもスペシャル品を仕入れ、目玉にしようと考えていた。買い付けは昔の知り合いのディーラーに頼んでいた。時期が来れば自分でもアメリカにでも買い付けに行こうと考えていた。


 と、こうして一見古着屋の準備は順調そうだったが、1つ問題があった。そう店員の問題である。初めは渡部1人でもいいかと思っていたし、実際それでも回っていくが、もう1人くらい店員が欲しいと考えていた。渡部はAZMAでの声掛けで仕事を探している人物を探していた。誰かいい人はいないか、あの人ならあの人ならと浮かんでは声をかけていたが、皆一様についてきてくれはしなかった。そんなある日、田母神がやってきた。


「田母神さん、久しぶりですね」

「ええ、実は報告があって……。渡部さん、俺、仕事辞めました」

「え? なんでですか?」

「上司のパワハラがひどくて」

「それは大変でしたね。今、僕古着屋開こうとしてるんですが一緒に働きませんか?」


 ジグソーパズルのようにその言葉がハマり、田母神は渡部とともに渡部の古着屋で働くことになった。

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