ポプリン

 ヴィンテージ入荷ウィークが盛況に終わり、渡部もどんどんAZMAに順応していった。AZMAの接客スタイルを習得し、売り上げもまずまずあげられるようになっていった。そしてヴィンテージ入荷ウィークから1か月ほど経っただろうか。あのデニムジャケットを購入した田母神がAZMAに再び現れた。


「あれ? 田母神さんですか? 来てくれたんですね!」


 渡部が今度は客の名前を間違えることなく、歓迎の意思をみせることができた。しかも嬉しいことにこの前購入したデニムジャケットを羽織って現れたのだ。白Tにベージュのチノパン、デニムジャケットにニューバランスというまだまだこれからのファッションで現れた。


「はい! 渡部さんに会いに来ました。このデニムジャケットめちゃくちゃ気に入ってます! 買ってよかったです!」

「おお! 早速着てくれたんですね。ありがとうございます。今日は何か目当てがあるんですか?」

「ちょっと秋物が欲しいなと思って……」

「そしたらちょうどいいのありますよ」


 渡部が田母神に勧めたのはボンクラのポプリンシャツのオフホワイトだった。


「このシャツいいですよ! まだ暑さが残る今の季節には一枚で着れるし、涼しくなったらそのデニムジャケットのインナーにも使えます。値段もまあまあ手ごろだと思いますよ!」

「良いですね。値段はちょっと高いけど、試着させてください」


 といつものパターンでまんまと試着をする田母神。しかし、そのシャツは誰から見ても田母神に似合っていた。サイズ感も試着している38サイズで間違いないようだった。


「いいですね。なんか渡部さんが言うようにデニムジャケットとも相性いいですね」

「そうですよね。あとこれ以外にも勧めたいパンツがあるんですよね」


 そう言って渡部はOutilのM47を持ってくる。AZMAと言えばM47に相性のいい服を集めるということが、もともとのコンセプトで、その根幹たる商品なのでまず間違いのないセレクトだった。


「これはM47っていう軍パン、カーゴパンツなんですが、これも本当にお勧めなんでぜひ着てみてほしいです!」

「わかりました。試着します」


 試着室に入っていく田母神。AZMAの他のスタッフも見守る中、田母神が出てきた時にスタッフがわざとらしくどよめいた。


「めっちゃ似合ってますね! ねえ、松田さん」

「そうですね。よくお似合いだと思います」

「僕もこんなに似合う人見たことないですよ」


 などとスタッフが大げさな感想を言い、田母神の気分を高揚させる。


「そんなにいいですか? これ」

「はい、とてもいいと思います。今のM47、白T、デニムジャケットのスタイルすごく完成されていますね」

「でもウエストが少しゆるくて……」

「M47は太いパンツなのでベルトでぎゅっと締めるくらいがちょうどいいんですよ」

「ああ、そうなんですか」

「ボンクラの白シャツとM47いいんじゃないですか?」

「でも8万円近いからなあ……」

「いけますよ! ちょっともやし生活を続けるだけですよ」

「うーん、ちょっと考えさせてください」


 そう言って田母神は鏡の前で自分の恰好を眺めながら悩んでいる様子だった。これはあと一押しで売れると思った渡部は助け船を出す。


「この2点があれば秋は最高に楽しめますよ。僕も両方似たようなアイテム持っていますが、本当に重宝しますし、大げさじゃなくなんにでも合いますよ」

「そうですかね。うーん、じゃあ買います」

「ありがとうございます! 着替えましたらレジご案内しますね」


 またしてもまんまと田母神に売ることができたと喜ぶ渡部。今回もごり押しではあったが、ベストサイズを勧めることができたので妙な葛藤はなかった。田母神の商品を会計しながら、2人は会話をする。


「田母神さんの趣味ってなんなんですか?」

「僕は漫画と音楽ですね」

「へえ、いいですね。特に何が好きなんですか?」

「漫画はえの素、音楽は結構アニソンとかアイドルが好きですね」

「アイドル僕も好きですよ! 根本凪って知ってますか?」

「え、僕も根本のファンなんですよ!」

「おお! マジっすか!?」


 思わぬ共通点が見つかり2人は喜ぶ。渡部が続ける。


「正直、vtuberになってからはあまり見てないんですが、でんぱ組.incが好きなんですよ」

「そうなんですね。僕は結構vtuberの根本も好きですね。あと虹コンが好きでした」

「あー、逆に虹コンあまり知らないんですよね」

「僕も逆にでんぱ知らないですねー」


 共通点はあったが微妙な違いもあり、大盛り上がりとはいかなかったが、2人は共通点を見つけ喜んだことは事実だった。会計を終えて商品を渡しながら


「ぜひまた来てくださいね。また根本の話しましょう」

「はい、ぜひ!」


 田母神を見送り、渡部は充実感に満ちていた。隅から褒められる。


「いいお客さん見つけたね」

「はい。AZMAでの楽しみが見つかりました」


 渡部はこの日からAZMAでの接客が楽しくなっていった。田母神以外の客にも積極性を持って接客でき、かつ失礼なことも言うには言うが、ある程度許容範囲の接客といえる接客だった。相変わらずグーグルのレビューは辛辣なものが多かったが、それでも渡部の接客はマシと言える範囲ではないだろうか。そして渡部の顧客となった田母神は月一度程度AZMAに来店するようになった。その格好は渡部のサポートもあって幾分マシと言える恰好になっていった。


 すっかり涼しくなった秋のある日、またしても田母神がAZMAを訪れた。その日の恰好はデニムジャケット、白T、M47、サービスシューズであまりひねった格好ではなかったが、十分おしゃれといえる格好だった。


「田母神さん、いらっしゃい!」

「こんにちは! 渡部さん」

「今日はアメカジ感あっていいですね」

「ありがとうございます。初めの頃に渡部さんに教えてもらった格好で来ました」

「いいと思います。でももうひとひねりあってもいいかもですね」

「具体的にどうすればいい感じですか?」

「首にスカーフを巻くとかですかね」

「あー、アクセサリー類持ってないんですよね」

「じゃあ今日はそれにしましょう!」


 渡部のお得意のセールストークが始まる。AZMAで扱っているヴィンテージtootalのスカーフやついでにと言って、インディアンジュエリーのバングルなどを田母神に勧める渡部。しかし、田母神にはあまり刺さっていないようだった。


「渡部さん、アクセサリーもいいんですが、今日は狙ってきたものがあって……」

「お、なんですか?」

「Outilのバスクシャツが欲しいんですよね」

「あー、いいですね! スカーフにも相性良いですし、今日はその2ついっちゃいましょう!」

「いや、今日はあまりお金ないので、バスクシャツだけにします。とりあえず試着いいですか?」

「もちろんです! 色は普通の青のボーダーでいいですか?」

「はい」


 バスクシャツの田母神に合うサイズを試着させる渡部。今回はサイズが若干大きいようだった。


「渡部さん、これでかくないですか?」

「いや、Outilのバスクシャツはデカめなんでこれくらいがいいですよ!」

「でもインナー使いもしたいのでワンサイズ下ありますか?」

「あー、今はワンサイズ下ないですねー」

「じゃあ、やめときます」

「じゃあ、アクセサリー類いきますか?」

「今日は買わないで帰ります」

「せっかく来たんだから何か買っていきませんか? ほかにも田母神さんに勧めたい商品あるので」

「でも今日はバスクシャツ狙いだったのでやめておきます」

「このシャツとかいいですよ。リネンウールで今からも着れるし、冬になったらインナーにもできますし……」

「しつこいな……。とにかく今日は帰ります」

「あ、はい」


 田母神は珍しくなにも買わずに帰ってしまった。渡部のしつこい接客が原因なのは火を見るよりも明らかだが、当の渡部はそのことに気づけていなかった。松田が近寄って言う。


「田母神さん、怒ってたんじゃない?」

「ですかね? まあまた来ますよ」


 しかし、田母神はその後、しばらくAZMAを訪れることはなかった。

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