第3話
まなみはその日の死刑執行に晴れて参加が叶ったらしい。でも、その時貰えたのは――四百ポイントちょっと。事前の予告もあったためか、その時のアプリでの参加人数が二十万人を超えていて、一人あたりの取り分が少なかったようだ。
ずっと死刑執行に夢を見ていて、ようやく夢がかなったというのに。アルバイトの時給くらい稼ぐつもりだったまなみは、翌日登校してきたときには目に見えて意気消沈していた。
「まさか昼ごはん代にもならないなんてさぁ……もっとバンバン死刑の通知来ないかな、ってか予告なしの臨時執行ないかなぁ」
まなみは大げさに嘆きながら、机の上にぐにゃっと伸びてしまった。
「コツコツやるしかないみたいだね」
「夜中の臨時執行が狙い目らしいけど、執行まで起きてるのとさっさと寝るのと、総合的にどっちが得か分かんない」
「睡眠は大事だよ。受験生なんだし。起きてる時間だけにしよーよ」
「はぁー、もっと山分けするポイント増やしてくれないかな、司法省。こんなに司法に積極的に参加してるありがたい若者をもっと評価しろーって」
「あはは」
そうして二人でひとしきり苦笑したあと、一息ついたまなみがふと教室の虚空を見上げながら呟いた。
「――そういや、もうこのクラスで十八歳になってないの、アンタと成海さんくらいじゃない?」
「そうなんだ?」
私はまなみの視線につられて、教室の中でその成海さんの姿を探すが、見当たらなかった。いつも本を読んでいる彼女は、昼休みの間は静かな場所で一人で過ごしていることが多いようだ。
「成海さんの誕生日が遅いこと、知らなかったよ」
「一年のときに四組だったんだけどさ。毎月、その月の誕生日の子の一覧みたいのを担任が作ってて。三月生まれって今時結構珍しいじゃん。なんとなく覚えてたんよ」
「へぇ……」
何気ない会話の一端だったけれど、それ以来、私は妙に成海さんのことが気になるようになってしまった。
◆
それから数日たって、成海さんに話しかける機会があった。
「成海さん」
「……なに?」
「あ、ごめん。読書中?」
「話があるなら聞くわ」
そう言って、成海さんは今時珍しい、分厚くて硬そうな本をぱたんと閉じた。表紙の隅には学校の図書室のシールが貼ってある。こんな本が図書室に置いてあることすら、私は三年の後期ではじめて知ってしまった。
冬の中庭。暖かい季節ならお昼を食べる子やボール遊びをする子たちもいるのだけど、今は校舎から走ってきた私と、成海さんがベンチに座っているのみ。
教室から彼女の姿を見つけてとっさに出てきてしまったけど、タイツを貫通するほどの冷たい風が吹き付けてきて、上着を持ってこなかったことを後悔する。
「あのね、話があるってほどじゃないけど……。
その……2組でまだ十八歳になってないのって、私達だけじゃん」
「そうね」
話を聞いてくれる気はあるらしい。私はベンチの反対側にそっと腰を下ろした。
「みんな死刑……司法省アプリでSポイント稼ぎしてて、ちょっとうらやましいなって。そう思ったりすること、ない?」
成海さんはあまりクラスメイトと絡んだりしない子だった。行事の手伝いや当番はちゃんと参加してくれるけれど、フリーの時間は必ず一人で本を読んでいる。友達とつるんでいないと息ができない私みたいなのと違って、孤独が怖くない人なのかなと勝手に思っていた。
成海さんの冷えた視線が私の頬のあたりに刺さっているようだった。バカなことを訊いちゃったかなと後悔し始めたころ、メガネの位置を直した彼女が静かに口を開いた。
「あんなアプリ、無くした方がいい」
予想外の返事が返ってきた。私は首を傾げる。
「どうして?」
「死刑って、人を死なせるってことよ」
「そーだね」
「…………」
私がかるーく返事をすると、成海さんは一瞬目を剥いた。それから、小さく嘆息して、私から目線を逸らしてしまった。
「そこに疑問を感じることができない人とはお話することはないわ」
本を抱えて立ち上がろうとする成海さん。私は慌てて弁明をする。
「で、でも、ちゃんと理由があるでしょ。アプリの執行ボタンの前に重要事項の説明って言って、死刑囚の罪状とか、被害の状況とか表示されるらしいし」
実際に見たわけじゃないけど――もごもごと続けると、成海さんは一応話を続けることにしてくれたようだった。
厚い本の背表紙を指でなぞってから、彼女は白っぽい寒空に視線を移す。
「昔の死刑って、もっと議論されていたらしいわ。議論に議論を重ねて、さらに慎重に議論して。それで死刑が決まったとしても、それでも反対する人もいたし、死刑の執行が終わった後ですら、審議が本当に正しかったのか、再度の調査を請求することもあったとか。 それに対して、今は――」
「みんながアプリで押すだけ……?」
成海さんはゆっくりとうなずく。
「そう。一人一億もの金をばらまいて、スピード執行して……バスの中で執行して、死んだらそのまま火葬場に運び込むなんて……」
――きもちわるい。
成海さんは私にも聞こえないくらいの小さな声で、そう呟いた。
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