第2話

 十二月。親友のまなみが十八歳になった。晴れて法的な成人となったまなみは、日付が変わった瞬間にケータイに司法省アプリを導入したそうだ。


「やった、ちょうど死刑あるじゃん、今日の六時だって! 塾の授業中にポチっとできそう」


 昼休み。向かい合ってお弁当を食べていたまなみが突然歓声を上げた。ありがたいお告げを受けたかのようにケータイ端末を天にかざしながら。

 私の端末とまなみの端末。似たような価格のものなのに、今となってはまるで価値が違う。私は自分の端末をぽいと机に投げ出して、悔しまぎれに呻く。


「塾、授業中にケータイいじるの禁止なんじゃないの?」

「みんな時間になったらアプリ開いてポチポチしてるよ。先生も禁止してないってか、一緒にポチってることもあるし。やっとあたしもポイント稼ぎできるよぉ~」


 このために厳しくない塾にしたんだぁと言いながら、まなみは嬉しそうにケータイを抱きしめた。

 まなみの誕生日なので、私は小さなカップケーキを作って彼女にプレゼントした。まなみはありがとーと言ってそれをお弁当箱の横に置いてはいるけれど、意識は完全に死刑執行アプリに向いている。


 去年の誕生日にはすごく喜んでくれたんだけどな。十七歳と十八歳の間には、友情が危うくなるくらいの大きな壁があるみたいだ。


「私の行ってるところはケータイ禁止だからそういうのできないよ」

「死刑執行は国民の権利じゃん。せんせーだって禁止できないっしょ。署名とか集めて提出しちゃいなよ」


 そこまで言ったところで、まなみは何かに気づいたらしく神妙な顔をして、私の顔を窺ってきた。


「あ、でも……アンタの誕生日って」

「そうだよ、三月の終わりの方」

「じゃあ……もう塾なんて関係ないよねぇ」


 膨らみきってはち切れそうな風船みたいにわくわくしてたまなみが、少しずつ空気が抜けるみたいに落ち着いていく。すとんと肩を落とした彼女は、端末を机に伏せてから私に向き直った。


「ごめん、ちょっと浮かれてた。あんたがまだなのに」


 ぺこりと頭を下げるまなみ。

 机に置かれた彼女の指をツンとつついて、私は笑いかける。


「しょーがないよ。私とまなみの誕生日が逆だったとしたら、多分私が同じことになってたと思うし。私もはやく十八歳になりたい」

「誕生日、三月二十五日だよね?  卒業しても、絶対一緒にお祝いしよーね」

「ありがと」


 それからまなみは子どもみたいに大きく口を開けて、私の作ったカップケーキを頬張った。超美味しい、やっべ写真撮り忘れた、もう一回作ってくれん? なんて言いながら。


 昨日までと同じ時間が戻ってきたようだった。

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