試験交際
マイとの試験交際は思っていたよりもずっと良かった。
自分にとって嬉しいことや辛いことがあった時に、その話題を気兼ねなく共有できる相手がいるというのは良いものだ。
会社のことや、今日あったこと、最近のニュースから自分の好きな映画や漫画のことまで、俺はなんでも話題にした。マイは聞き上手で、俺の話をいつも楽しそうに聞いてくれた。そして、二人の会話を盛り上げるために、俺がおすすめした映画や漫画なんかを片っ端から見て勉強してくれているようだった。そのおかげで、二人の会話は時がたつほどに盛り上がるようになっていった。
二人が仮想空間で会う時間も増えた。
もともと俺の趣味はインドア系ばかりだから、仮想空間でできることは多かった。マイは少子化対策庁から提供された仮想ルームに住んでいて、これは対面用の真っ白な部屋とは違って一通りの仮想家具や仮想電化製品が配備されたそれなりに立派な部屋だった。だからこの部屋でゲームもできれば映画も見れた。電子書籍で漫画を読むこともできた。
試験交際を始めた直後のシンジは、たいして可愛くもないマイに会いに行くことに価値を感じなかった。確かにマイと会話やチャットをすることは楽しい、けれどわざわざ顔をあわせる必要はない、そんなふうに思っていた。だが今では二日に一度くらいはマイに会うようになっていた。
恋愛感情とは違う。けれど、マイと一緒にいると妙に心が和んだ。何をやるにしても、一人でやるよりマイとやった方が楽しい、いつのまにかそう感じるようになっていた。
二人の仲が進展するにしたがって、マイの方から会話のきっかけを作ることも増えた。
マイは俺のことを色々と知りたがった。趣味や学生時代のこと、そして好きな食べ物。地元はどこなのかとか、両親はどんな人なのか、などなど。俺がそれに答えるたびにマイはそれに関する情報を調べて、次なる話題提供のネタにした。
交際が始まってから1か月半くらいたったある晩、その日は対面ではなくチャットで会話をしていた。
マイは少し変わった質問をしてきた。
「シンジくん、私を生成する時にどんなテキストを打ち込んだの?」
俺は「意外な質問だな」と思った。
少子化対策庁から配布された『ヒューマン・プロンプター』利用マニュアルには、生成時に使ったプロンプトをPHに伝えることはやめた方がよいと書いてあった。自身の趣味や特技が、プロンプトにより先天的に与えられたものだと知ると、PHが自信を失ってしまうことがあるらしい、とのことだった。
だが、マイとかなり仲良くなった今でも、俺はマイを人工培養のフェーズに進ませることは絶対に無いと思っていた。あくまでマイは試験交際だけの相手。だから、プロンプトに書いた内容を伝えても問題ないだろうと考えた。
10回目の生成のときに使ったプロンプトのテキストは端末のメモ帳に保存してある。だからすぐにコピペしてチャットで送れる。
「こんなテキストだよ……でもなんで、そんなこと知りたいの?」
そうチャットに打ち込んだ後、メモ帳に書いてあったプロンプトのテキストもコピーして、チャットのメッセージ欄にペーストして送信した。だが、俺が送信ボタンを押したのと同時に、マイからのスタンプとメッセージが表示された。
体をモジモジさせたようなクマのイラストのスタンプと、それに続いて次のようなメッセージがきた。
「わたしって、全然可愛くないし、スタイルも良くないでしょ。なんでシンジくん、こんな女の子を生成したのかなって。よっぽど特殊なプロンプトを打ち込んだの?ずっと気になってて」
そのマイからのメッセージが表示された直後に、シンジが送ったテキストがタイムラインに並んだ。
それは、今のマイとは全く違った女の子の特徴を定義したテキストだった。
やたらと「美人」とか「可愛い」とか「スタイルが良い」とかいう言葉が並んでいる。挙句の果てには「髪型はポニーテールが似合う」とか「身長高め」とか「若干キレ目でクールな雰囲気」とか、やたらと記述が細かい。しかも外見のことばかりだ。人間の内面を定義するようなテキストは全くない。
マイのテキストと自分のテキストが並んで表示されたことで、自分のグロテスクさが可視化されたような気がした。
俺が送ったテキストにはすぐに既読がついた。だが、マイからの返信はすぐには来なかった。
10分ほど経った頃、マイからのメッセージが来た。
「わたし、シンジ君の理想の女の子と全然違ったんだね。ごめんね、私みたいなのが生成されちゃって」
メッセージにはそう書かれていた。
俺はすぐに返信する。
「マイ、今からそっち行ってもいい?ちょっと話したいんだ」
だが、そのメッセージに既読はつかなかった。
マイの仮想ルームのステータスを見ると、そちらはロック状態になっている。
結局、その日はマイと連絡をとることはできなかった。
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