プロンプト・ガール

「これが最後か。お願いですから理想の彼女を生成して下さい」

 俺は神に祈る気持ちで「Enter」キーを押した。


 すると画面は『ただいまプロンプト・ヒューマンを生成しています』という表示に切り替わった。その下には完成までの予想時間が50分と表示されている。過去に何度も見た画面だ。


 ほぼ正確に50分が経過した頃、画面に「プロンプト・ヒューマンが完成しました」との文字が浮かんだ。その下には、プロンプト・ヒューマンと対面するための仮想空間へのリンクが貼られている。さらに注意書きとして以下の文言があった。


「ここで生成されたプロンプト・ヒューマンはあくまでチェック用です。このため、仮想空間内でのみ存在可能なバーチャル・ヒューマンとなります。上記のリンクから仮想空間にアクセスして、生成されたバーチャル・ヒューマンの外見や性格をチェックして下さい。問題がなければ3ヶ月間の試行交際期間をスタートします。生成されたバーチャル・ヒューマンを気に入らなければ『このバーチャル・ヒューマンを削除する』を選択してください。生成用の画面に戻ります」


 気に入らなければ消去する、か。

「もう、自分には再生成の権利は残ってないけどね」


 そう言いながら、俺は対面用ルームへのリンクボタンを押した。今までいた生成用ルームの景色がフェードアウトして、対面用ルームの景色がフェードインしてくる。


 チェック用のプロンプト・ヒューマンと対面するためだけに構築されたその空間は、白い壁、白い床そして白い天井からなる何もない場所だった。広さは10m四方ほどで形状は立方体に近い。その無色彩の背景空間の中央に、一人の女性バーチャル・ヒューマンだけが色彩を持って立っていた。 

 後は、その中央にいるバーチャル・ヒューマンの容姿を確認するだけだ。俺は部屋の中央まで進み、恐る恐る彼女の顔を見た。

 

 彼女の容姿は恐ろしく平凡だった。

 顔も平均的、スタイルも平均的。おかっぱ頭で化粧っ気もない。無彩色の背景空間にそのまま溶け込んでしまいそうな特徴のなさだ。

 

 初回を80点とすれば……今回は30点といったところか。10回のチャレンジの中でとびきり最悪の出来だと言っていい。


 今まで生成したバーチャル・ヒューマンは、みな自信ありげに凛としたオーラをまとって部屋の中央に立っていた。だが、今回生成した女性はどこか自信なさげな表情をしている。


 結果を確認した俺は「クソッ」と叫んだ。

 その瞬間、バーチャル・ヒューマンはびくっと身体をこわばらせた。

 それを見てかわいそうだとは思ったが、だとしても俺が彼女をパートナーにすることは絶対にない。


「情が移らないうちにさっさと消去したほうがいいな」


 俺は画面に浮かぶボタンを再確認した。

 今表示されているボタンは次の二つだ。

 『試行交際フェーズに移る』と 『このバーチャル・ヒューマンを削除する』。

 俺は『このバーチャル・ヒューマンを削除する』に手を伸ばしかけた。だが、ボタンを押す寸前に考えた。

 

「どうせここで終わっても、来年の少子化対策庁の募集まで自分にやれることはない。それならば、試行交際フェーズがどういったものかを知っておくことは有用なんじゃないか。来年に向けた準備にもなる。試行交際フェーズは仮想空間だけのものだから、気が向いたときだけログインすれば大して時間も取られない」


 俺はそう考え直して、『試行交際フェーズに移る』ボタンを押した。その情報が彼女に伝わったのだろうか?彼女の表情が少し明るくなった。


 彼女はおどおどしながらも半歩前へ進み、口を開いた。

「初めまして、山下シンジさん。私、小川マイと言います。よろしくお願いします。あなたと仲良くなれるといいな、と思ってます」

 彼女はそう挨拶した。

 これが可愛い女の子だったらどんなに良かったか。

 

 それを聞いても俺のテンションは一切上がらなかったが、とにもかくにも3か月間の交際の開始だ。俺はマイとの連絡方法を確認しあった。マイは仮想世界側に常時ログインした状態になるらしく、リアル側の携帯端末からも常時チャットで連絡を取れるとのことだった。次に会う約束はチャットで調整しようということになり、その場は解散となった。

 

「それではシンジさん、連絡待ってますね。今日はありがとうございました」

 

 シンジさん、か。ちょっとくすぐったいが、一番無難な呼ばれ方かもしれない。しかし、こっちからはなんと呼ぶべきか。マイさん?マイちゃん?。


「俺、小川さんのことなんて呼んだらいいかな」

「どんな呼び方でもいいですよ。でも、迷うようならマイって呼んでください。私はそれが嬉しいです」

 

 いきなり呼び捨てか。敷居は高いけど、どうせ来年に向けた練習だ。

 

「わかった。じゃあね、マイ。チャット送るよ」

「うん、待ってます。それじゃまた」


 自分らしからぬ爽やかなやりとりだな、そんなことを思いつつ、俺は仮想空間からログアウトした。さっきまでのムカムカした気分はもう無い。むしろ、肩の力が抜けたような楽な気分だった。美人じゃない分緊張もしない。妻としては物足りないが友達としては良いかもしれない。そう考えると、これからの3ヶ月間が少し楽しみな気もしてきた。


 俺は早速携帯端末を取り出してマイにチャットを送った。


「送信テストです。さっきはありがとう。これからよろしくね」


 すぐに既読がつく。

 そして間髪入れずにスタンプが送られてきた。宇宙猫の絵に「了解」の文字が書かれているスタンプだ。


 一発目の返信が宇宙猫スタンプ……天然なのか、実はお笑い系なのか。 

 こうして、シンジとマイの試験交際は始まった。

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