少子化対策庁
少子化対策庁が『ヒューマン・プロンプター』の運用を開始したのは3年前になる。
その更に2年ほど前に、日本の出生率が急減したことが『ヒューマン・プロンプター』という技術に注目が集まったきっかけだ。
もちろん、少子化問題はそれよりずっと前からあった。
初めの頃は「子供を産まない夫婦が増えてきてしまった」などと言われていたが、それに対して有効な対策を打てずにいるうちに、結婚するカップルの数が目に見えて減り始めた。そして今では、男女の多くが恋愛すらしなくなった。いわゆる『性愛からの退却』ってやつだ。
「人間が減ればCO2の排出も減るし、食糧不足問題も解決するからハッピーじゃん」
などという意見を言う人もいたが、政府が様々なシミュレーションを行った結果、そんな楽観的な状況ではないことがわかった。あまりに急速な少子化は社会システムを壊す。実際に、高齢者の年金は年々減らされていて、人手不足で街中の店や企業は次々と廃業しつつあった。それが原因で製品やサービスの供給が絞られ、生活必需品の物価は急騰していた。
「このままだと日本は滅ぶんじゃないか?」
国民の大半はそう危惧し始めていた。
その解決のためには出生率の回復が必要だ、とは言え、若者に恋愛や出産を強制するわけにはいかない。
若者達が恋愛しなくなった理由はある程度わかっていた。
問題は「タイパ」だ。
つまりはタイムパフォーマンス。歩留まりと言ってもいい。
若者達は恋愛に興味がないわけじゃない。実際に、小説でもアニメでも映画でも、恋愛ものは常に人気の上位を占めていた。だが、それらのコンテンツの充実こそが現実世界での恋愛促進を阻害している、と気づくまでには時間がかかった。つまり、恋愛エキスを様々なコンテンツから摂取しつづけたことで皆の理想が高くなり、理想の相手を見つけることも、その相手と両思いになることも極端に難しくなった。
理想の恋愛の宝くじ化と言ってもいい。
理想の恋愛が成就した時の満足感は高いかもしれないが、それが成就する確率は極めて低い。目一杯努力したとしても、そこから得られるリターンの期待値が低い状態。
ようするにこれは、タイパが低いこととイコールだ。
一方で、さっき言ったようなラノベ・アニメ・映画を見て「理想の恋愛エキス」を摂取するだけなら、その成功確率は100%だ。バーチャルな体験から得られる満足度はリアルな恋愛が成就した時のそれよりも低いだろうが、成功確率が全く違う。ゆえに投入時間あたりの満足度の期待値はこちらが上回る。だから、みな現実世界での恋愛なんてやめて、仮想世界から「理想の恋愛エキス」だけを摂取する生活を選ぶわけだ。
だが、バーチャルな恋愛体験から子供は生まれない。
そんな状況の中、時の政権は『ヒューマン・プロンプター』という技術に着目した。
『ヒューマン・プロンプター』は、生成系AIと遺伝子工学そして生体培養工学を組み合わせた技術だ。具体的には、テキストで定義された人間像を作りうる遺伝子配列を生成系AIが特定する。その後、仮想培養によりバーチャル・ヒューマンを生成し、その出来が良ければ生体培養でリアル・ボディを培養する。この技術により培養された生体のことを『プロンプト・ヒューマン』と呼ぶ。
この技術は、理想の相手に出会い、かつその相手と両思いになれる確率を100%にする。なんせ、自分の理想のパートナーを自分で作ってしまうのだから。
当然、少子化対策にこの技術を採用することには国民の強い反発があった。人間が人間を作り出すことに倫理的な懸念を抱かない人などいないだろう。様々な団体が反対のデモを繰り返し、ときには過激なパフォーマンスに発展することもあった。だが、それらの団体は少子化に有効な対策を提示するわけでもない。
そんな状況においては、国がとりうる選択肢は二つしかなかった。
つまり、『ヒューマン・プロンプター』を採用するか、日本が滅びるのを許容するかだ。
結局、時の政府は根強く残る反発を半ば無視する形で押し切り、『ヒューマン・プロンプター』関連法案を成立させた。法案が成立したのが4年前。運営開始が3年前。
今では、約5万体の『プロンプト・ヒューマン(PH)』が生成済みらしい。現状においては『ヒューマン・プロンプター』の利用は配偶者生成用に限定されているから、約5万組の夫婦が誕生したことになる。
政府の計画では、今後5年間で更に50万体のPHを生成するそうだ。
本当にそれが実現すれば、少子化問題は遠くない将来に解決するだろう。
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