第6話 警視庁本庁


 同年五月十日、ここは半蔵門駅の近く、警視庁本庁の刑事部捜査一課強行班係、第五係長警部、三日月高岳みかづきたかおの席である。

 係長のデスクの上の電話がけたたましく鳴った。“五月蝿いな~”と思いながら受話器を取るり、

「はい、三日月ですが」と応えると。

「おう、三日月君か? 俺だ亀山だ」

「えっ、刑事部長ですか。私に何か用事でしょうか?」

「一寸すまんが、私の部屋まで来てくれないか。例の東京湾の不審死体の事件は君が担当したんだったな」

「はい、左様ですが」

「だったら、その件の事件簿も持ってきてくれ」何時もながらの横柄な物言いで言われた。

「はい、承知しました。直ぐに伺います」警部は慌てて、部下に事件簿を持ってこさせると、慌てて席を立った。三日月係長は、同じ六階にある刑事部長室へと急いだ。

 部長室まで行くと、三日月係長は重厚なドアを叩いた。

「おう、三日月係長か? 入ってくれたまえ」と低音の声で返ってきたので、失礼しますと言いながら、入室すると、応接間に客人がいた。上品に設えられた濃いグレーのスーツを着こなした紳士に見えた。三日月係長には”こりゃー、何処かのお偉いさんかな?“等と感じた。するとその紳士は立ち上がり、胸から名刺入れを取り出して、挨拶を始めた。

「初めまして、私はこういうものです」と、名刺を差し出し、三日月係長に手渡した。三日月係長も慌てて、名刺を取り出して相手に手渡した。

「はい、初めまして、私が捜査一課五係の係長で、三日月高岳と申します」そして、相手に差し出された名刺に目をやると、“えっ、”と呟いた。名刺には次のように書かれていた。

『法務省公安調査庁本庁総務課長補佐 時正一人ときまさかずと』と書かれていた。

「えっ、法務局の公安調査庁の方ですか! 警視庁に何のご用でしょうか?」三日月係長は、驚いた顔で尋ねた。

「まぁ、まぁ、二人とも座って、事情は私から説明しよう」と、刑事部長が二人に近づいてきて言った。それで二人ともソファーに腰かけた。

「いぇ、刑事部長。私の方から説明させていただきます」と、法務省からの客人時正一人さんの方から説明が始められた。


「実はですね、うちの他方の調査所での事なんですが、長野公安調査事務所と言う所の一名の若い調査員が、青山純あおやまじゅんと言う名前なんですが、四月の下旬から行方不明になりましてね。その事務所の上司から本庁の私のところに報告がありまして、何でもその若い調査員は、上司に報告もなしに、ある調査をしてくると、同僚に告げたまま出掛けていって数日後からは、連絡もなくて宿舎に帰ってこないと、言うことなのですよそこで、一寸心当たりがある場所があったので、少しあたってみたけれど、其処は一寸いわく付きの場所なので、充分調査も出来ず、判らないと言うことなんですよ。


 そこで、今月の始めに東京湾で身元不明の遺体が上がったと言うことをニュースで知りまして、ひょっとしたらと、伺ってみたわけなんですよ。勿論その遺体のDNA は、取っているでしょうから、その調査員のDNAと照合させて貰えれば……。と思いまして」

一呼吸整えて時正一人さんは、三日月係長を見上げた。

「はい、勿論不明遺体のDNA 等は記録を取っておりますが」

「ああ、そうでしょうね。実はですね行方不明になった調査員のDNA を長野県警に御願いして、彼の宿舎から部屋のなかを探して、DNA を見つけて貰ったわけなんですが、これがそうなんです」と、時正さんは、机の上にその資料を取り出した。

「これが一致すると、うちの調査員だと言うことは判りますよね」

「そう言うことになりますが……うちのその事件簿の中にDNA 検査表は綴ってありますが。こういうグラフは何せ私にはどう見れば良いのか素人ですので、同一かどうかはよく判りませんね」刑事部長が席を立って自分の席にある電話を取り上げると、科捜研に電話を始めた。

「ああ、所長かい? 実はDNA の検査員を私のところに来てくれるよう頼めないかね。うん、うん、そうかねすまないね。早くお願いするよ」と言って電話を切った。

「今直ぐに科捜研の検査員がすぐ来てくれますから」

「それはどうもです。ご迷惑をお掛けします」時正さんは、軽く頭を下げた。五分も経たずに三十代くらいの男性の検査員が白衣を着てやってきてくれたので、例のグラフを見比べて貰った。暫く二つを見比べていたが、

「間違いありませんね。同一のDNA です」ハッキリと頷いた。

「う~む、間違いなくうちの調査員なのか。刑事部長、三日月係! この事は、訳あって、暫くは公表を控えて貰えないだろうか?」

「はい、それがお望みなら、おっしゃる通りにいたしましょう。いいね! 三日月係長」

「はい、判りました」三日月係長は頷いた。

「しかしですね、あの遺体は殺人事件の遺体なので、警視庁としても殺人犯を逮捕しなければなりませんので、何か犯人に繋がる情報があるのであれば、是非とも教えていただきたいと思うのですが」

「勿論そうですね~、しかしですね私どもの見当と言うのも何ら根拠のあるものではありませんので……」

 時正さんは、少し弱ったような顔をして、頭を掻いていた。

 二人の遣り取りを聞いていた刑事部長は、

「まぁ、まぁ、三日月係長、法務省さんの方にも何か都合があるのじゃないかね? 無理に事情を今聞かなくても良いのじゃないかね。後日法務省さんの都合の良いときに聞いてみても良いのじゃないのか」

「はぁ、それはそうですけれでも」

三日月係長は、なにか納得の行かないような顔をして頷いた。

「判りました。私共と致しましても何も情報を与えないと言うわけではありませんので、その時が参りましたら、情報をお話しさせて貰いますが、それで如何でしょう」

「何か、法務省さんには法務省さんの事情があるのだろうから、それで良いじゃないか。なぁ三日月係長」

「はい、判りました」

そして時正さんは、椅子から身を乗り出して聞いてきた。

「あの~、それで遺体の事なのですが、もし良ければうちの方で受け取ることは出来ますでしょうか? 何しろ彼の遺族の方もいらっしゃいまして」

「はい、遺体ですか? 遺体は数日間は湾岸署の霊安室に置いていたのですが、何しろ身元不明の遺体で何日間も湾岸署で置いておくわけにはいきませんので、たしか行旅死亡人こうりょしぼうにん扱いとして、湾岸署のある江東区で法要をし、無縁仏となって保管されていると思われますが」三日月係長が説明をした。

「それでは、江東区の……」

「福祉部ですね」

「その福祉部に行けば、遺骨のありかが判るのですね」

「はい、判るはずですよ」

「判りました。そのように長野公安調査事務所の方には伝えておきたいと思います。今日はどうも長々とお邪魔しまして、ありがとう御座います。事務所の方から遺族の方へそのように伝えさせて頂きます」と、言うと刑事部長と三日月係長に深々と礼をして、部屋を出ていった。

「ふー、刑事部長。遺体の身元が判明したのは良いのですが、このままで良いのですか?」

「いいわけないだろ! 殺人犯がいると判ったのだからな。しかし、今は法務省さんの公調としての、立場もあるのだろう。ここは相身互いにしておこう」

「はい、判りました。それでは私も失礼いたします」と言って、三日月係長は部長室を出て、自分の場所へと帰っていった。”しかし、驚いたな~、公調絡みとはな“意外な顔をして首を傾げるばかりであった。“ん~長野県か……。気になるな~。身元も名前も判明したのに、警視庁として何もしなくても良いのかな?”

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