第3話 バガヴァッド・ギーター


 その着ぐるみは出て来て早々に武器庫部屋に転移させられた。そして状況を把握するや否や。

「ナラシンハ!」

 と唱えて俺に突撃してきた。俺は「クールマ」と唱えてその拳を防御する。しかし――

「――重ッ!?」

 光の防御壁ごと吹き飛ばされる。さらにライオンの着ぐるみは武器庫の壁に飾られていたナイフ手に取るとそのまま防御壁を切り裂きにかかる。

――このままだとマズい!

 あのナイフは防御壁を越えてくる。そう直感した俺は防御を一点に集中させる。分かったこいつは使。俺も完全にクールマを制御出来ているわけではない。マツヤという能力を持っていた少年は完全に持て余していた。パラシュなんとかの少年は能力を使う前に死んだ。だがこいつは違う。推定ナラシンハという能力をほぼ完全に制御している。何枚も光の防壁を重ねる。しかし一枚、また一枚とそれは切り裂かれていく。首を狙って確実にその刃は迫る。死を覚悟したその時だった。一発の銃声が響いた。

「クリシュナ――神弓の使い手の名よ!」

 神弓、使い手、名、それが意味するところはつまり。今、銃を撃ち放った彼女はこの能力についての詳細を知っている。危険度が一気に跳ね上がる。同時に彼女が今どちらに味方しているか、それだけで戦局が変わりつつあった。

「あちゃあクリシュナにガーンデーヴァが渡ったかぁ」

 ライオンの着ぐるみはおちゃらけた声で言う。着ぐるみ越しなので若干くぐもっているが、青い肌の仮面の某のような変換された声ではなく、素の声だと分かる。

「やっぱりあんたも知ってる側なのね」

「まあね」

 俺は圧倒的に知らない側だった。これがデスゲームであると理解して、この能力が防壁だと理解して、それだけだった。俺は両手を上げる。

「……一時休戦といかないか」

「それ、その防壁解いてからいいなさいよ」

「言えてる」

「あんたも着ぐるみ脱いだら?」

「子供の夢は壊したくないんだ」

 此処には残り一人の少女がいたはずだが、姿を消している。その事に言及しようかと思ったが。そこで小さな影を見つけた。ナラシンハの後ろ、足の指ほどのサイズ小人とも言える少女の姿。彼女は完全に気配を消していた。今なら殺せる。この獅子を。彼女はその千載一遇のチャンスに居た。それを俺の目線で気づかれてはマズい。俺はなんとかその奇襲を成功させるために一手を打った。

「お、教えてくれないか、これ、なんなんだ?」

「これって?」

「このデスゲームのことだよ、救世主がなんたらって」

「ふぅん、デスゲームって事は理解してるのにその部分は理解してないんだ君」

 怪しまれたか? いや気さえ逸らせればいい。俺はただ時間稼ぎさえできればいい。一刻も早くこのナラシンハという着ぐるみを排除したい。小人の少女が動く。一瞬で巨大化――そう本来より大きくなろうと――していた。そのままナラシンハを踏みつぶす。巨大化した少女。そこで俺はおかしな事に気付く。部屋の縮尺がおかしい。天上はこんなに高くなかったはずだ。彼女に合わせてのだ。どうやら俺らがいる空間はまともではないらしい。脱出するのは不可能だと想えた。最後の一人、救世主になるまでは。

「やるじゃん」

「ま、まぁね」

 そう思っていた。この二人の少女は組んでいる。状況は完全に不利。しかし――

「で? あんたはどうすんのクールマ」

「お、俺は」

 なんと答えれば正解なのか。どうやらまだ譲歩の余地はあるらしい。

「答え次第じゃ殺す。強力してカルキを倒すなら殺さない。さて――二択よ?」

 カルキとは能力の名前か。どうやらこの少女達は能力名を全て把握しているらしい。しかし殺す能力者を絞っているのはどういう事だろうか。記憶のない――そう俺には記憶がなかった――者には理解しかねた。そこから説明を求めようとしてモニターが点灯する。

『脱落者一名、到達者零名、生キ残リ三名、「アヴァターラの選定」ヲ一時中断シマス』

 そう言うだけ言って仮面の男は消えた。暗転した画面を見つめ俺達三人は円卓の間へと転送される。そこには食事が用意してあった。

 そしてなにより。

「紋様が、無い?」

 手の甲にあった亀の甲羅の紋様が消えていた。

「武器も奪われた。能力も封じられた。これで本当の一時休戦ってわけね。それとも徒手空拳で殺し合いでもする?」

「断る」

 俺はそうはっきり宣言した。そうすると二人の少女は席に座る。目の前の料理に夢中のようだ。

「美味しそうじゃない」

「わ、私はいいかな……」

「……なあ、教えてくれないか、このゲームがなんなのか、知っている事を」

 するとクリシュナの少女は言う。

「いいわ、あんたには知る権利がある。ヴァーマナもそれでいい?」

「う、うん、この人、そんなに悪い人が無い気がする」

 悪い人ではない、では俺は善い人なのだろうか。それだけは絶対にない。だって俺は、人殺しなのだから。

 クリシュナは食事を口に運びながら話始める。食べながら話すなど行儀が悪いと思ったが、それを注意する気にもなれなかった。

「アヴァターラ、インドの救世の神、ヴィシュヌの十の化身の事……って言って意味分かる?」

 とりあえず先を促すために頷いておいた。ここで躓きたくはない。俺が知りたいのはそこじゃないからだ。

「本当はアヴァターラってのは順番に現れて世界を救って行く……同時に存在した事もあったけれど、基本的にはそう。でもカルキだけは例外、あいつは何万年も後、この世の汚れを全て破壊するために産み落とされる最強種……このデスゲームはそのカルキの覚醒を促すためのヤラセでしかない」

「だ、だから私達は覚醒前のカルキを殺したいの!」

 なんともまあ物騒な話だったが理解はした。確かにそのカルキとやらの能力が目覚めたら、俺達では勝てないかもしれない。いや彼女達に言わせてみれば絶対に勝てないのだろう。

 だけどやっぱり俺が聞きたいのはそこじゃなかった。

「俺のクールマとはなんなんだ?」

「……は?」

 冷めた声がクリシュナから響いた。そんな事も知らずに能力を振るっていたのかと。ヴァーマナも若干、落胆したかのような顔を向ける。そんなに悪い事だったのだろうか。いっそ記憶喪失である事を明かしてしまおうか。そう思った。

「無知は罪、だけど、罪を憎んで人を憎まず、とも言うわよね。この場合、どういう対処をするのが正解だと思う?」

 それはクリシュナからヴァーマナへの問いだった。俺は蚊帳の外に居た。

「教えてあげていいと思う、多分、この人ならカルキ殺しに乗ってくる、はず」

「あんたがそこまで言うなら、今回だけは教えてあげる」

 どうやら彼女達の中で話は決まったらしい。俺はどうなるのだろうか、気分は死刑囚だった。なった事もないのに。

「クールマは世界創世の時に使われた山を支えるための亀よ」

「……それだけ?」

「ええ、それだけ、カルキほどの脅威でもなければ、私のクリシュナのように万能の英雄でもない」

 世界創世に関わったのなら大事業だと思うのだが、武勇伝などは無いらしい。だとしたら戦闘面では役に立たないという事か? そこで俺は一つ思いついた。それは自爆に等しい技だったが、これが本当にそのクールマだとするならば可能なはずだった。

「だから強度面では世界一といってもいいんでしょうけどね、ナラシンハに破られたのはアンタがそれを理解していなかったから」

「理解……」

 本当の強度、本来の意味。

「わ、私のヴァーマナは体のサイズを変えられるの!」

「言わなくていいから」

「そうか、ありがとう。うん、協力するよカルキ殺し」

 それ以外に選択肢は無さそうだったというのもあるが、俺自身、それを試してみたかったというのもある。

 しかし、そこでモニターが点灯する。残る四つのシルエットの内、三つがモノクロに変わっていた。

「最初の振るいで死んだか……」

 最初の振るい、あの銃器の掃射の事だろう。あれを能力で防げず死んだという事、そして残る一つのシルエットがフルカラーになって表示されている。そこに居たのは一人の少年。褐色肌の中肉中背の少年。しかし。

「誰を、殺すって?」

 その殺気は本物だった。

「カルキ!」

 俺達は武器庫に転送される。いよいよ、最終決戦が始まる。

『ソレデハ『アヴァターラの選定』ヲ開始シマス』

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