第2話 眠らなくてよくなる薬

 私がカルト氏と出会ったのは小心者の私が、少しアングラな場所を訪れてみたいなと思ったからで、アングラと言っても小心者の私が、麻薬のやり取りをしている場所や、明らかに裏社会に生きている人がいるような場所に立ち入るわけもなく、立ち寄りがたいお店なんかを探していたところ、某県の某所に風俗店や居酒屋、様々なお店が乱立している場所がある事を知りあいに聞いて伺ったのが色んな世代が集うややこしそうなお店だった。


 二十代だか三十代だかの幼女趣味な服を来た女性店主、こういう場合非常に愛らしいとかそういう感想が出てきそうだが、失礼な話私の第一印象は非常に似合わないなだった。 

 私はルッキンズムというわけじゃないが、やはり服はある程度自分に似合う物を着るべきだと思う。そういう意味ではこの店主もまた半分アングラに片足を突っ込んでいたのかもしれない。ちなみに2023年11月時点ではこのお店はいまだ健在している。


「お客様は何か怖い話や不思議な話。体験をしたくてここに?」

「えぇ、まぁ……十分ここで体験しましたけど」

「だったらカルトさんに会うのがいいかもしれないですね。今日は金曜日だから来るかもしれないので待ってます?」


 さて、カルトさん。とは僕が命名した名前だが、彼の通称はあまりにも平凡な名前を名乗っているので今後はカルト氏という認識、そう進めさせていただく。店内は確かバックナンバーの“水平線”が流れていたと思う。あの曲が産まれたコロナ禍もある種一つの深淵だったと思う。


 お店で注文したシンハービール(タイビール)を飲みながら、何故にシンハービールなんだろうとか思ってるとき、「お久しぶりです」と彼はやってきた。美少女だとか、ミステリアスな美青年だとかではなく、小綺麗にはしているけどどこにでもいそうな私と同じモブという印象の男性。「そちらの方の隣にどうぞ」「はい、タバコよろしいです?」と聞かれたので、「どうぞ」とわりと子供っぽいタバコを吸う人だった。タバコに子供っぽいとはなんぞや? と思うかもしれないが、タバコの中にミントカプセルが入っていて味変ができるタイプの私の中ではあまり硬派ではないタバコの事である。


「カンパリオレンジで」

「カルトさんいつもそれねぇ」


 と、お酒もなんだか可愛らしい物を頼む。これは私のよくない偏見だ。男ならビール、女なら甘い酒とは昭和のような思考回路をしているんだろう。私だって決して甘い酒が嫌いなわけじゃない。


「ママに聞きましたけど、お兄さんは深淵を覗きたいんですか?」

「えぇ、まぁ。でもあまり危ない物は……」


 こういう時、物語ならカルト氏は不敵な笑みを見せて話し出すんだろうけど、カルト氏はどこか抜けているようで、物怖じしない。動物に例えると猫のような人だった。


「うーん、面白そうな話あったかなー、怖いっていってもヤバい組織の話とかそういうのじゃないんですよねー。あー、眠れなくなる薬の話でもしましょっか?」

「眠れなくなる薬? カフェインとか?」

「あーそうそう、コーヒーを飲みすぎて……ってこら! じゃなくて、日本ではまだ出回ってないお薬なんですけどね」


 昨日の野球中継の結果でも話すようにカルト氏は話し出した。


 眠れなくなれるとしたらアナタはどう思うだろうか? 元来ショートスリーパーである私だが、眠るのは好きだ。年に何度か起きる眠れない日のストレスは強烈で人間眠れないとなるとやはり心身共によくはないんだろう。されどこの眠らないという事を欲する人が世の中に沢山欲しているというのだから私のような凡人には理解できない。1日が24時間では足りないという有名な学者しかり、自らの欲求の為に生物としての三大欲求の一つをいとも容易く捨てようと思える方が世の中にはいるという事だ。


 カルト氏はこの薬に関しては語っていた時も半信半疑だったと言っていたので当然第三者である私が真偽の程を答えるのは難しい。そういう都市伝説的なお話だと思っていただければ構わないし、私もそんなもんだろうと思ってこれを書いている。


 これは2000年頃から2010年頃のお話になる。今はみんな身近な相棒としてスマートフォンを持っていると思うが、当時はようやく自分の相棒と言うマシーンは手に納まるようなスレンダーな子じゃなくて、ワガママボディのPC.パソコンだったわけだ。手軽に子供から老人まで今ではアプリを立ち上げてソシャゲ廃人を生み出しているが、当時はPCを使ったオンラインゲーム。Massively:大規模、Multiplayer:多人数同時参加型、Online:オンラインゲーム。MMORPGが全盛期だったわけで、この頃には有名な名言が産まれる事になる。


“戦争(ゲーム内イベント)に向けてギルド(ゲーム内の集まり)強化するので、仕事辞めてくれませんか?”


 という失笑を買う物があったそうだ。

 が……カルト氏が言うにはこの言葉を残した人物は2000年初頭に死亡しているというのだ。またまたぁ、ネットスラングだろうと? 面白おかしくネットで楽しまれている物だと私は聞き流していたのだが、カルト氏はこの死亡した人物、実際当時ニュースにもなっていてゲーム中に死亡した際の理由も全く分かっていないというのだ。とにかく興奮状態に陥りそのまま帰らぬ人になったと……私もとりあえず調べてみると普通にネットゲームで死亡した人が意外と多くでてくる。その中の一人、多分この方だろうというのは一般人である私もすぐにたどり着く事はできた。


 が、このお話の主人公は彼ではない。バーでカルト氏が語った通り、今回の主人公は眠らなくてよくなる薬なのである。

 カルト氏がこの頃、ネットカフェ難民をしていた頃の話だそうで、難民と言っても一応仕事はしていたらしく、金額は本人の了承を取る術がないので公には書けないが、当時は某原発の跡片付けやらの危険そうな仕事が多く、懐は温かったそうだ。それでも難民をしていたのは戸籍がそこもそもないので部屋を借りられない。カルト氏の持つ身分証明書はアングラな場所で購入した物で最近テレビでそれらを作っていたであろう日本在住の外国人が捕まったニュースが流れていた。意外とネットカフェ難民達は店での立場や、独自ルールのような物があり、公園のホームレスみたいに序列があったという。そんな中の一人、難民達の中ではキングと呼ばれていた人物がいたらしい。


 この人物、要するに薬の運び屋を生業にしているわけで、カルト氏も何度かマリファナを安く買わないかと話を持ち掛けられたそうで、そんなキングの元に度々尋ねる若い男の子の姿、多分高校生か大学生だったように覚えていたとの事。ネカフェ難民達は基本的にネカフェ店内で売っている物を食べずに激安スーパーなどで購入したインスタント食品なんかを食べているらしいが、キングは違って毎日色んな店で食べ歩いていたらしく、


「カルトさん、今日は近くの焼肉でもいかないかい?」

「はぁ、いいんですか?」


 たまにキングはこうしてネカフェ難民を誘う。彼が誘う時は奢りと相場が決まっていて、他の難民達からは羨望と嫉妬の目で見られるとか(笑)。キングは完全にアングラの住人で、もしかするとカルト氏をそのまま自分側に引き込みたかったのかもしれないと彼はこの時思ったそうで、焼肉と言っても休めの食べ放題。それでもタダ飯はありがたく、キングの自慢話を聞きながら安い肉と安い酒をご馳走になる。


「最近よく来る男の子、あれパケ(覚せい剤)ですか? それともハッパ(大麻)ですか?」


 とたいして面白くもないキングの話に乗ってあげていた時、キングは待ってましたと言わんばかりにキングが取り出したのは海外の健康サプリみたいな大きな錠剤。色は薄い紫だったハズ。その錠剤を見せて「眠らなくてよくなる薬」と言ったので「パケじゃないですか」と返すとキングは「これは覚せい剤みたいな興奮する要素はないんだ。ただ眠れなくなるだけ、一錠あげようか? ほんとは一錠一万円はするんだけど」


 胡散臭い話だなと思い苦笑ながらにカルト氏はそのなんの薬だか分からない物を受け取った。もちろん、麻薬の類を使う事はないのでネタとして、そしてこれがキングのやり口なんじゃないかとすら思った程だったとか、何故なら学生らしい男の子はこの錠剤を大量に購入していた。もし一錠一万だとしたら30万円分くらい購入した事になる。そんなお金を男子学生が持っているわけはないとカルト氏は思っていたわけだけど……アルバイトをしていなくてもゲームでお金を稼ぐ手段が、それも多額の金額を稼ぐ方法があるとすれば……この話を聞いた時、私はそれってゲームプロとかじゃないのかなとカルト氏に聞いてみたけど、当時は今程e-スポーツは盛んじゃなかったしメジャーでもなかったと語る。じゃあなんだろうと思ったところ……


「RMTって言ってゲーム内のアイテムとかをリアルマネーで買い取ってもらうのが当時は盛んだったんだよ」と成程、「じゃあ寝ずにゲームをプレイしてアイテムを売る仕事をしてたんだ!」と私が鬼の首でも取ったようにカルト氏にそう言うと、


「あのね? RMTをする為のアイテムや通貨なんて自動でBOTに作らせればいいからそんな事する必要ないんだよ」

「じゃあ何のために?」

「ゲームする為に眠れなくなる薬が欲しかったんだよ」

「ゲームをする為に?」


 これはあくまでカルト氏の予想だったそうですが、当時ネットカフェでは数部屋を借りてRMTをする為のBOTを動かしていたお客さんが大勢いたそうで、そのお金は全て自分がはまっているゲームに使う為だったとか、今では想像つかないかもしれないけど、ソシャゲ廃人の向こう側みたいなものかもしれない。お金は十分にある、あとは十分な時間が欲しい。24時間あるのに眠っている時間がおしい、眠らなくていい方法は……

 という結果、この眠らなくていい薬にゲーム廃人はたどり着いたんじゃないかと、日本の近くの国で当時ネットゲーム依存で死亡する人はわりと多く、そんな彼らはそれを服用していたんじゃないかとカルト氏は言う。そんなバカなと思っていたが、2022年。ロシアのゲームプロが配信中に死亡する事故が起きている。ちなみにこの眠らなくていい薬、キングの話曰く、作ったの1940年頃、某国の科学者だという、その某国。現在ロシアと戦時中であり、開戦するまでも長らくいざこざがあったわけで、この薬の本来の使い方という物は作られた年代を考えても兵隊が死ぬまで眠らずに戦わせる為に生み出されたんじゃないだろうか……現在、本来の使用目的は糖尿病患者用の薬「GLP-1受容体作動薬」がインフルエンサーによりやせ薬として広まり品薄、糖尿病患者の手に届きにくくなるどころから、痩せたいと願い使用した人々の健康被害が出ている事件を聞く。この薬、そもそも血糖値を下げる動きをするので、当然空腹感を感じず痩せる。それだけ、デメリットは様々な心血管や腎臓障害のリスクが跳ねあがる。

 この眠らなくなる薬という物が本当にあるのか私には分かりませんが、2023年の時点ですでに薬の本来の使用方法と違う使い方をしている物が多く存在するわけで、恐らく死亡者がその内出るでしょう。

眠らなくていい薬、しかり、飲めば痩せる薬。それらに言える事は


 死に近づく薬だという事をこのカルト氏のお話から私は強く感じました。

 

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