第8話 熱狂

 朝のホームルームが終わり一時間目が始まるまでの十分休憩、ビモっちゃんとクラスメイトたちのループは相変わらず続いている、俺も村八分にされたくないから仕方なく参加した。 


 まだ授業すら始まってないのに俺はすでに疲労困憊だった。


 ジリリリリリッ。


 ようやく一時間目が始まるチャイムが鳴った、と同時に皆また凄まじい勢いで着席して人形のように動かなくなった。 


 英語の藤川先生が教室へ入って来た。 


 やっと本日一つ目の授業が始まる、こんなに疲れているのに今からが一日の本番だと思うと先が思いやられる。


「はい、それでは英語の勉強を始めて下さい」


 それだけ言うと藤川先生は覇気のない表情で教室から出て行った。


 意味が分からなかった、授業もせずに藤川先生は一体どういうつもりなんだ?


「ねぇ亜美ちゃん、藤川先生はなんで出て行ったの。 英語の授業は?」


 どうせおかしな答えしか返ってこないだろうと思ったが俺は一応亜美ちゃんに聞いてみることにした。


「なんでって、藤川先生は英語の教師なんだから英語の時間の時に英語の勉強開始を宣言だけすればいいのよ、だから宣言し終わったら出て行くのが普通じゃない、それにエイジくんの言う授業って何?」


「えっ、担当教科の開始を宣言するだけって、そんなの誰にでも出来るじゃないか。 あと授業ってのは教師が生徒に教えることだけど」


「そんなわけないでしょ、科目の開始を宣言するには教員免許が必要なのよ、常識じゃない。 あとエイジくんの言う授業なんてそんな制度誰も知らないわ、それにねエイジくん、藤川先生は英語の勉強を始めるように私たちに指示をしたはずよ」


「確かにそうは言ってたけど具体的には僕らは何を勉強すればいいんだい?」


「だから勉強って言ってるでしょ、英語の教科書をチャイムが鳴るまでひたすら読むの」


「あー、そうだったね。 今はそうしてるんだった」


「ずっと前からそうよ」


 もうどうにでもなれ、まぁ先生の授業をダラダラと聞くよりその方が気が楽っちゃ楽だな。


 教室は静まり返る。 

 英語の教科書をめくる音しか聞こえてこない、先生の目がないのに誰も一言も喋らない。


 たまにある自習の時なんか皆くっちゃべって過ごしていたはずなのに、俺の知ってるクラスメイトたちはこんなに真面目に勉強する奴らじゃなかったはずだが。


 ビモっちゃんはどうだろうか、気になって後を振り返った、こんな異様な状況下でも思考を停止してただ前だけを静かに見つめていた。

 すでに授業なんて無くなって前を見る必要はないのに。 


 目まぐるしく変化する状況であってもビモっちゃんだけは以前と変わらず何もしない。 

 はぁ、先生の話を聞くのも退屈だが惰性に教科書を読むだけがこんなにも苦痛だなんて、時の流れが遅くて胃がムカムカしてきた。


 ジリリリリリッ。


 ようやく一時間目終了のチャイムが鳴った。 

 と同時にまた朝のループが始まった。


 二時間目、三時間目、四時間目も各教科の先生たちは勉強開始の宣言だけしてすぐ教室から出て行った。


 俺はそんな先生たちを見て教員免許が死ぬほど欲しくなった。 

 そして合間合間の十分休憩ではお約束のループが行われた。 


 ジリリリリリッ。


 昼休みに入るチャイムが鳴った。 


 俺はもうヘトヘトだ、お腹が空いた。

 ビモっちゃんは弁当を持ってきてないから購買へ一目散に買いに行った。 

 廊下ではビモっちゃんの歌声と他クラスの生徒たちが応援する声だけがこだましていた。


 ビモっちゃんが教室を出た瞬間クラスメイトたちは凄まじい勢いで弁当を食べ始めた。 

 急ぐあまりランチマットや弁当箱の蓋やらが床に落ちてもまったく気にせずに食べている。

 ご丁寧に箸なんか使う時間すら惜しいようで手洗いもしてない手でご飯をむさぼっている。


 亜美ちゃんもご飯を無理やり口にねじ込んで頬が膨らんでいる、口に入れる速度と飲み込む速度が全然噛み合っておらず見ていてちょっと面白かった。


「なんで皆そんなに急いで食べてるの?」


 俺は亜美ちゃんに尋ねた。


「ヴゥゲェー」


 すると亜美ちゃんは俺の質問に答えるためわざわざ口に溜まっていたご飯を床に吐いてから言った。


「早く食べないとビモっちゃんすぐ戻って来るでしょ、戻って来たらすぐに応援しなくちゃいけないんだから急いでるのよ、一分一秒が惜しいわ。 話かけないで」


 無理矢理吐いて涙目になっている亜美ちゃんはかなり怒っていたが俺の質問に答えてくれるあたりやはりもつべきものは幼馴染だ。


 亜美ちゃんから聞いて俺はやはりそうだろうなと思った。 


 いや、待て待て待て、ってことは俺もうかうかしてられないじゃないか、あのループには俺も強制参加なのだから、俺は急いで弁当箱の蓋を開けた。 


「わたしはアイドルー♪」


 焼きそばパンを食べながら颯爽とビモっちゃんがもう戻って来た。


「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」


 皆遅れたら大変だといった様子で間髪入れずにループが始まった。

 ビモっちゃんの運動神経は相変わらず半端ない、戻るのが早すぎる。 


 以前と変わらないビモっちゃんに俺は少し安心してさっきまでの空腹が少し紛れた。 


 そして見渡すと弁当を完食出来たクラスメイトは誰一人いなかった、俺にいたっては結局一口も弁当を食べられなかった。 


 ジリリリリリッ。


 ようやく終わりのホームルームまでこぎつけた。 


 俺は酷く腹ペコになっていた。

 今日はずっと同じループの中にいたせいでさすがに頭がおかしくなりそうだ。


「ではみなさんさよなら」


 川辺先生が素っ気なく挨拶をした。 


「さぁ皆帰ろー」


 突然ビモっちゃんが叫んだ。


「えー居残り応援はー? 皆まだビモっちゃんの応援したりないよー」


 亜美ちゃんが残念そうな顔でとんでもない暴言を口にした。 


 居残り応援だと、冗談じゃないぞこれ以上は頭がおかしくなる、頼むからもう帰らせてくれ。 

 俺は心底そう願った。 

 他のクラスメイトたちは早く居残り応援がしたそうにウズウズしてビモっちゃんを見つめている。 

 今にもオタ芸を始めそうな、嵐の前の静けさといった状況だ。


「ごめんね亜美ちゃん、今日は皆にいっぱい応援してもらったからそれでもう充分。 わたしは今から町内をまわってまだわたしを応援出来ていない人たちの元へと行かないといけないんだ、だから本っ当にごめんね」


 クックックレイジー発言出たー。 

 これから町内をまわるだとビモっちゃんよ、分かってるのか、俺たちの暮らすこの町は少子高齢化が進んでいるんだぞ、あんな激しいループをお年寄りたちにもさせる気か。


「それわ仕方ないわね、わたしたちだけがビモっちゃんを独占するわけにはいかないもの…さぁ皆ー、帰るわよー」


「「オオォォォー」」


 亜美ちゃんが絶叫した瞬間、凄まじい勢いで皆教室から出て行った。 


 皆カバンも持ち帰らずに雄叫びをあげて。


 そして何気に亜美ちゃんが俺を置いて先に帰ったことが悲しかった。


 朝はわざわざ家まで迎えに来てくれたのに……。 


 教室には俺一人しかいない、特にやることもないしお家へ帰ろう、腹も減ってるし。



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