第7話 アイドル
亜美ちゃんと駐輪場へ向かうとグラウンドからはいつも朝練している応援団たちの声が聞こえてきた。
いつにも増して今日の声量は凄まじい、かなり気合いが入っているのは伝わるが、おかげで何を喋っているのかよく聞き取れない。
俺はなんと言っているのか気になってグラウンドの方へと駆け出した。
「あっ、ちょっとエイジくん何よ、急にどうしたのよ」
俺の背中越しに亜美ちゃんは言った。
グラウンドに出ると応援団たちは応援団たる動作をしていなかった。
身覚えのある激しく動くあの動作はいわゆるオタ芸と呼ばれるやつだった、そして何やらわめいている。
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
は? びっ、ビモっちゃん?
なんであいつらは朝からビモっちゃんの名前なんか叫んでいるんだ?
「まったく、朝から青春よね」
亜美ちゃんが少し遅れて俺の隣に来て言った。
「なぁ、なんであいつらビモっちゃんの名前なんか叫んでるの?」
「そりゃビモっちゃんはアイドルだし、応援団ってのは応援する以外は特に生きてる理由なんてないんだから当然よ。 そもそも人の目を気にせずアイドルを応援するためにそれ相応の対価を国に支払っているわけだし応援しなきゃ損よ」
「ウチの野球部は? 甲子園出られるかもしれないのに野球部の方は応援しないの」
「野球部が甲子園に出てなんになるのよ、そもそも応援ってのはアイドルにだけするものなのよ。 しかもビモっちゃんは今日付けでプロアイドルとして認定されたわ、日本初の快挙よ、これで文字通りビモっちゃんは日本一のアイドルになったわ、今朝ニュースでやってたの」
「ビモっちゃんがプロ? っていうかアイドルのプロとは?」
「プロの特権は誰でも無料で応援が出来ることね、知ってると思うけどアイドルを応援するためには毎年百万円の応援許可料を国に支払う必要があるんだけど、プロになったビモっちゃんだけは今日から誰でも無料で応援が出来るわ、ちなみにプロ以外のアイドルをお金も払わずに応援しているのが国にバレたら即逮捕されるからね」
「そうか、応援団って金持ちしかなれないんだな。 しかしめでたいな、これでみんなが応援してくれるぞ、ビモっちゃん」
ようやくプロになったんだ、本当によかった。
ビモっちゃんはやっと昔からの夢を叶えたんだと俺は心底嬉しく思っていた。
熱狂してビモっちゃんへの愛を叫ぶ応援団たちをあとに俺と亜美ちゃんは教室へと向かった。
教室へ入ると他のクラスメイトたちはすでに着席していた。
それを見て俺も窓際の席へと歩いて行き座った、そしてなぜか亜美ちゃんは俺の隣の席に座った。
「どうしたの亜美ちゃん? そこビモっちゃんの席なんだけど」
「何言ってるの、ビモっちゃんは私の後ろの席でしょ」
亜美ちゃんは後ろを指差した。
そこにはついさっきまで無かったはずの席が一つ増えていた。
俺はすでにツッコむ気力がなかった。
「おっはビモビモー」
独特な語尾が一瞬気になったが、それはさておきビモっちゃんが元気に登校して来た。
さっきまでクラスメイトたちはまるで人形のように微動だにせずただ虚な目で前を見ていたのだが、ビモっちゃんが現れると皆一斉にビモっちゃんの元へと駆け出して行った。
「さぁーみんな、我がクラスの大スター日本初のプロアイドルビモっちゃんが来たわよー。 今日から誰でも無料でビモっちゃんを応援出来るわよー、せーの」
急に亜美ちゃんは人が変わったように絶叫してビモっちゃんの前に集まったクラスメイトたちを煽りだした。
そして。
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
亜美ちゃん含めクラスメイトたちは全員一糸乱れぬオタ芸をしながらビモっちゃんへの応援歌を絶叫し始めた。
「みんなー、応援ありがとー。 わたしはアイドルー♪」
ビモっちゃんも皆の応援に応えて歌って踊り出した。
「わたしはアイドルー♪」
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
「わたしはアイドルー♪」
「B.I.M.OビモっちゃんB.I.M.Oビモっちゃん」
ビモっちゃんとクラスメイトたちとのやりとりが徐々にループ化してきた。
呆気にとられた俺はただ一人呆然とその光景を眺めていた。
「エージくん、エージくんはわたしのこと応援してくれないの?」
ループ化はビモっちゃん自らが遮った。
そしてビモっちゃんは不安そうな目で一人だけ応援に参加しない俺を見つめている。
「えっ、えっと」
突然話を振られた俺は言葉に詰まった。
いつの間にかビモっちゃんへの応援もやんでいて教室は静けさにつつまれていた。
そして俺を射抜くようなクラスメイトたちや亜美ちゃんの鋭い視線が俺に向けられた。
その視線の全てはなんでお前だけビモっちゃんを応援しないんだよと訴えていることを一目で察した。
殺気のこもった血走った目はまばたきなど一切することなく俺を責め続けた。
まるで村八分にされた気分だ。
とうとう俺はこの空気に耐えきれなくなってしまった。
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
それは無意識だった。
俺は小声でだがビモっちゃんの応援歌を口ずさんでいた。
それを聞いた瞬間ビモっちゃんは再び輝くアイドルの顔に戻った。
「わたしはアイドルー♪」
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
再びビモっちゃんは歌って踊り出した。
クラスメイトたちと亜美ちゃんもまた激しくオタ芸をしながら絶叫しだした。
俺もまたさっきみたいに村八分にされてはかなわないからクラスメイトたちに合わせてビモっちゃんの応援歌を口ずさんだ。
さすがにオタ芸までは出来ないから右拳を応援歌のリズムに合わせて何度も前へ突き出した。
再びループが始まった。
ジリリリリリッ。
暫くすると朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴った。
と同時に俺以外の全員が凄まじい勢いで着席した。
まるで椅子取りゲームをしているような忙しなさだった。
どうやらループからは助かったらしい、俺は安心してから一呼吸おいて着席した。
川辺先生が教室へと入って来た。
「みなさん、おはようございます」
担任の先生が挨拶をしているというのに誰一人挨拶を返すことなくただ無言で先生を見つめている。
「えー、今日はなんと素晴らしい日なのでしょうか。 本日このクラスの梓さんがプロアイドルになりました。 クラスの仲間が日本中から認められる存在になったことに関して先生も感激の極みです」
パチパチパチパチパチパチ。
先生のその言葉にクラスメイトたちが一斉にやかましいほどの拍手をしだした。
普通拍手は手と手の感覚十センチほどでするのだが、皆だんだんとその間隔が広がっていった。
遂には腕を無理矢理限界まで広げてオーバーに拍手をしだした。
よほど嬉しいのだろう、隣の人間に手が当たるのもお構いなしに、俺の体にも亜美ちゃんの手がバシバシ当たって痛かった。
「みんなー、ありがとー。 わたしはアイドルー♪」
ビモっちゃんはその拍手に感極まり立ち上がると再び歌って踊り出した。
ビモっちゃんの歌につられたクラスメイトたちはオーバーな拍手をやめ一斉に立ち上がった。
そして。
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
またビモっちゃんへの応援歌が始まってしまった。
今度は川辺先生も皆と一緒にオタ芸をしながら絶叫して喜びを爆発させている。
「わたしはアイドルー♪」
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
またループに入ってしまった。
またかよ、と俺は目を閉じて固まっていた。
すると急にビモっちゃんの歌声と皆の応援歌が聞こえなくなった。
「エージくん、エージくんはわたしのこと応援してくれないの?」
ビモっちゃんのその言葉に俺はハッとして目を開けた。
そこには不安そうなビモっちゃんの目に川辺先生とクラスメイトたちの殺気だった目が俺の視界に入ってきた。
やばい、まずい、うっかり忘れていた。
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
俺は慌ててビモっちゃんの応援歌を口ずさんだ。
するとビモっちゃんは再び輝くアイドルの顔に戻った。
「わたしはアイドルー♪」
「B.I.M.Oビモっちゃん B.I.M.Oビモっちゃん」
またループに入った。
ジリリリリリッ。
暫くしてホームルーム終了を告げるチャイムが鳴った。
と同時にクラスメイトたちはまた凄まじい勢いで着席し川辺先生を見つめた。
川辺先生は直立不動で真顔になっている。
「それでは朝のホームルームを終わります」
先生はそれだけ言うと自分の生徒たちの出席すらとらずに、教室から出て行った。
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