第4話 逃走
ビモっちゃんは階段をおり終えると同時に僕の手をすぐに離した、僕は少し不安になった。
今度は二人で渡り廊下を歩いて行く、今のビモっちゃんは僕と歩くペースを合わせてくれている。
廊下をすれちがう生徒たち、これから帰る者や部活に行く者たちが楽しそうに行き交っている。
僕はまたすぐに異変に気づいた。
廊下を行き交う生徒たちの動作が徐々に素早くなってきていることに、見覚えのあるこの光景はまるでテレビの早送りの倍速をどんどん上げていってるようだった。
僕の隣を歩くビモっちゃんを確認するが特に変化はない、安心した。
そしてとうとう生徒たちの姿は残像だけしか見えなくなった。
今度は僕とビモっちゃん以外の時間だけが倍速で進んでいる。
けどビモっちゃんが僕と同じペースで隣にいると不思議と安心感がある。
さっきの階段では僕一人だけだったけど今はビモっちゃんが一緒な次元にいる。
それだけで僕はありがたかった、孤独は微塵も感じなかった。
そうだ、せっかくビモっちゃんもこの別次元を僕と共有しているわけだからこの件に関してビモっちゃんが何を思っているのか聞いてみることにしよう。
「あっ、あのさ、ビモっちゃん…」
「何、エージくん?」
「いや、あの…」
「んっ?」
何故だ?
理由は分からない、だが現状唯一分かることはこの別次元の現象についてビモっちゃんに聞こうとすると言葉が出なくなるということだった。
「エージくん、今度は何が言いたいの?」
「あの、あっ、あっ、な、なんでもない」
またさっきみたいに声が出なくなるかもしれない、あんな体験はもうこりごりだった。
その恐怖から僕はビモっちゃんとの会話を打ち切ることにした。
「そう、じゃあエージくんの代わりにわたしが喋るね」
そう切り出すビモっちゃんに僕は何か声をかけようかと思ったが、さっきのことが再度頭をよぎり黙って頷いた。
「階段ってさ、大体のぼるかおりるしかないよね? これを人の最終目的地、つまり死に例えたらのぼることは天国に近づく、おりることは地獄に近づく。 いいことをすれば一段のぼるし悪いことをすれば一段おりる。 じゃあもしその階段の真ん中がわたしたちが今いる世界だとしたらそこにとどまり続けるにはどうすればいいでしょうーか?」
普段から電波発言も珍しくないビモっちゃんだがこの質問にはさすがの僕も予想外で固まってしまった。
なんとなく哲学っぽくも聞こえるし電波なアホの子の戯言にも聞こえる。
「正解はね、時の流れに身をゆだねることなんだよエージくん。 すべてを受け入れる、どんな状況下にさらされようとその時々を受け入れるんだ。 そうすれば君は階段をのぼることもおりることもない、たとえ階段の真ん中がどんな世界に変わろうと君のその魂だけはそこに留まり続けることが出来るから」
「そ、それはどういう…」
まるで理解の追いつかない僕は言葉につまる。
「昨日ね、夢を見たんだ。 その夢の中で神様がわたしは絶対にアイドルになれないって、誰もそんなことは望んでないって、そう言ったんだ。 わたしはアイドルになるために今まで生きてきたのにそんな仕打ちひどいと思わない? ねぇ、エージくんはどう思う?」
「それは、そんなの絶対ひどいに決まってるじゃないか。 そんなこと言う奴はきっと神様なんかじゃないよ、ビモっちゃんがアイドルになるために今まで頑張ってきたことを僕は知っているんだ。 だから絶対にアイドルになるべきだと僕はそう思うよ」
「たとえこの世界が変わったとしても? そんな変わった世界でわたしがアイドルになってもエージくんはわたしを受け入れてくれるって言うの?」
「そんなの当たり前じゃないか」
「あー、よかった、本当に良かった。 これで安心して神様にお願いが出来るわ。 わたしがアイドルになることを望んでくれる人がここにいるからわたしはアイドルになるって、たとえ神様の運命に反抗して世界が変わる副作用がおきたとしても、それを受け入れてくれる人がわたしにはいるよって」
まるで人格が変わったかのように長々と電波発言をするビモっちゃんになんとか受け答えをするが内心僕はビモっちゃんに恐怖すら感じていた。
そして今度はビモっちゃんがゆっくりとゆっくりとは右手を僕に突き出してきてまた何か言おうとしている。
「くん、エージくんってば。 おーい、ねぇわたしの話ちゃんと聞いてるエージくん」
聞き慣れたビモっちゃんの口調だった。
さっきまでの人が変わったようなぞっとする表情もいつの間にか消えている、いつものマスコット的なビモっちゃんが僕の目の前にいた。
辺りを見渡すと廊下を行き交う生徒たちも人間らしい速度に戻っていた。
どうやら無事に僕はまたこちら側に戻ってこられたらしい。
「ちょっと、エージくん無視しないでよ」
「あっ、あのさビモっちゃん」
「何?」
「それでさっきの話しのことなんだけどさ」
「話しって? わたしが話たいことはこれからするんだけど」
「えっ?」
「大事な話っていうのはですねー……ズバリ、お昼のメロンパン代を返して下さい。 勘違いしてもらったら困るんだけどね、あれおごりじゃないから」
「いや、イヤイヤ、そうじゃないだろ」
僕は気が動転している、自覚しているが元の世界に戻れたのなら聞かずにはいられない。
僕はビモっちゃんの両肩を掴んで迫った。
「さっきの話しは一体どういう意味なんだよ、階段をのぼるだのおりるだの天国だの地獄だの、それに神様がとかアイドルがどうとかって」
僕は人生で一番興奮していた。
そんな僕とは対照にビモっちゃんの表情は困惑していた。
「なんのこと? わたし、エージくんにそんなこと言ってないけど。 いいからごまかさないでお昼のメロンパン代返してよー」
わけが分からない。
僕は、僕は頭がおかしくなったのか、さっきまで別次元のビモっちゃんと話てたとでもいうのか?
確かに僕は月曜日にリスニングの小テストがあると川辺先生から聞いて気が滅入ってはいたがそれぐらいのことでなんで別次元なんかにこの僕が迷い込まなければいけないんだ。
この程度の嫌なことなんて学生なら日常茶飯事じゃないか。
「うっ、うっ、うっ、うわぁぁぁー」
僕は自分の意思に関係なく奇声をあげてこの場から駆け出していた。
背後からはビモっちゃんがお金をどうたらこうたら叫んでいるのが聞こえた。
駐輪場まで急いだ、あまりにも気が動転していてまだ体が上手くついてこないのか何度か転びそうになった。
靴を履きかえに下駄箱まで行っている余裕なんかなかった、上履きのまますぐさま自転車を走らせた。
呼吸の仕方なんか忘れた、とにかく必死だった、自転車のペダルさえ漕ぐことが出来ればあとはなんでもよかった。
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