第3話 異変
なぜビモっちゃんがこんなことをしてくるのかというと、僕が転校して間もないころクラスに馴染めずにいたからだ。
ビモっちゃん曰く当時の僕は常に暗い顔をしていたらしい。
ビモっちゃんは今とは比べものにならないほど頭がぶっ飛んでいて毎日バカをやっては僕以外のクラスメイトたちを笑わせていた。
だから自分を見て笑わない僕に対して一方的に怒りを覚えたらしい。
そしてビモっちゃんが僕を笑わすために思いついたのがこのモンジャだったというわけだ。
ある日、給食に焼きそばパンが出てきた。
ビモっちゃんは僕の目の前に来てパンをかじるとそれを無表情で咀嚼した。
そして「エージくん笑って」と口の中を見せてきた。
あれは衝撃だった、見た目と行動のギャップに僕はあの時、転校してきて初めて笑ったんだ。
ビモっちゃんを見ると満足そうな顔をしていた。
僕は尋ねた。
「なんでこんなことまでして僕を笑わせたかったの?」
するとビモっちゃんはこう答えた。
「わたしはいつかアイドルになるんだ、アイドルってみんなを笑顔にするのが仕事でしょ。 だから人がわたしを見て笑顔になる理由はなんだっていいんだ」
その言葉が今でも頭から離れない。
僕はあれからその言葉の意味を考えた。
人を笑顔にする理由はなんでもいい、バカにされようが嫌われようが、それが悪意のある笑顔であろうが自分が人を笑顔にする。
それこそがビモっちゃんの追い求める理想のアイドル像なんだ。
どうもあの初めてのモンジャを思い出してしまう。
理由はどうあれ自分の信念を持っている人は素直に尊敬はするが。
「わたしはアイドルー♪」
僕を笑わせるミッションを終えたビモっちゃんはお昼休み中ずっと教室で歌って踊って忙しなく全身を動かす。
最早クラスメイトたちからの反応は特にない、この教室ではよくある光景だからだ。
馴れとは恐ろしいものだ、きっとこのクラス以外の人間が見たらカオスを感じずにはいられないだろう。
昼休みが終わり授業が再開すると人が変わったようにビモっちゃんは静かになりその思考を完全に停止させている、隣に座る僕にはそれが当たり前でいつもの光景だ。
ジリリリリリッ。
この時間に鳴るチャイムが僕は一番好きだ、帰りのホームルームを告げるこのチャイムが、これでようやく学校での一日が終わる。
あとは帰りの自転車漕ぎを終わらせれば待望の休日だ。
「えー、みなさんに英語の藤川先生から伝言を預かっています。 月曜日の一時間目の英語の時間ですが、最初にリスニングの小テストをするそうですので家で予習復習をしておくようにとのことです」
担任の川辺先生の言葉にクラスメイトたちから落胆のため息がもれた。
僕だってそうだ、いや僕が一番そうだ、僕は学校の教科で英語が一番苦手だからだ。
予定が狂ってしまった。
土曜日はダラダラと過ごすとして、日曜日にはさすがに小テストの勉強をしなければならなくなった。
ホームルームが終わった。
僕は憂鬱だ。
ただでさえ不気味な景色の中自転車を漕がなければならないのに苦手な英語の勉強を休日にしなければならなくなった。
帰宅部の僕は一刻も早く家に帰らなければならない、勉強が苦手で成績が悪いからとかが原因ではなくそもそもあまり学校という空間自体が好きではない。
「エージくん、話しがあるの。 すぐにすむから」
教科書やノートをカバンに詰め終えたので帰ろうかと思い席を立つと僕の目の前にビモっちゃんがそう言って立ちはだかった。
「僕に話、なんの?」
「いいから二人だけで話たいの」
「月曜日じゃダメかな?」
「今日じゃないとダメなの、ついてきて」
そう言うとビモっちゃんは先に教室の出口へと歩いて行った。
正直早く家へ帰りたいのだが珍しくビモっちゃんの表情が真面目っぽく見えたので少しその話の内容とやらが気になってついて行くことにした。
僕には誰にも言っていない趣味がある。 それはラブコメ漫画やアニメをよくみることだ。
特に冴えない主人公が現実では見向きもされないであろう美少女からいいよられるのなんか最高じゃないか、ビモっちゃんについて行く今の僕の現状はそんな僕好みのラブコメ展開を彷彿とさせる。
これはもう行くしかないじゃないか。
だけどもしこの展開のオチがビモっちゃんに告白されて付き合うことになる、だったら僕は相当苦労するんだろうな。
そんな妄想をしながら僕はビモっちゃんのあとについて行った。
僕の歩くペースに合わせる気などまったくないほど早歩きで廊下を進むビモっちゃん。
せっかちだな、二人で話って言ってたが一体どこへ連れて行かれることやら、というか本当に告白なんだろうか?
もしそのつもりなら確かに僕らは今最終学年で卒業まであまり猶予がないし告白を焦る気持ちも分かる。
僕たち三年生の教室は校舎の三階にある。
階段に差し掛かると先におりて行くビモっちゃん。
その背中を追いかける僕はある異変に気づいた。
あれっ、僕は一体どのくらいおりたのだろうか? なんだか息が切れてきたぞ、いや待て、息が切れるだと、おかしいじゃないか。
急いで階段をのぼる動作なら息が切れるのも分かるが、今はおりる動作なんだぞ、たかだか三階から一階まで一気に階段をおりるなんてたいした労力でもないはずだ。
なのになぜ、なぜ僕はこんなにも疲れているのだろうか?
僕の目の前をおりて行くビモっちゃんのあの背中に追いついたらその理由が何か分かるかもしれない。
そう思って僕は全力を尽くしておりているのにその差は一向に縮まらない。
ビモっちゃんのおりる速度は変わっていない。
次第に疲労で頭が回らなくなってきた、もうわけが分からない。
こんなことって、これじゃあまるで僕の時間だけがズレているみたいじゃないか。
思考力は落ちてきても恐怖心だけはいくらでもわいてきた。
もしかしたらこのただ階段をおりるだけというループが無限に続くのではないか、もう僕はここから抜け出せないのではないかと。
そうだ、声だ。
ありったけの大声で叫べば誰かが僕に気づいてくれるかもしれない。
クソッ、出しているのに、出しているはずなのに。
なんてこった、声が出ない、声、声ってどうやって出すんだ、僕は声の出し方すら忘れてしまったのか、これじゃ助けを呼べないじゃないか、誰も僕に気づいてくれないじゃないか、僕はもうダメなのか。
何かの拍子に違う次元に迷い込んでしまったとでもいうのか、僕は血の気が引く感覚を初めて体感した。
ちくしょう、一体僕が何をしたって言うんだ、やろー、バカヤロ、神様のバカヤロー。
どうせ声なんてでやしない、だから僕は思い切り心の中で叫んでやった。
すると、次の瞬間目の前のビモっちゃんは立ち止まってこちらを振り返った。
キョトンとした顔をして不思議そうに僕を見つめている。
「ねぇ、エージくんも今日何か急ぎの用事があるんでしょ、早くお話してしまおうよ」
凄く久しぶりにビモっちゃんの声を聞いた気がした。
と同時に僕の横を同級生たちがすれちがい階段をおりて行く。
僕は、僕の右足は階段の五段目を踏んでいた。
これは、一体どういうことだ?
ここはまだ三階じゃないか、何百階もおりた気がしたのに、僕はたったの五段しかおりてなかった。
なんで、僕はこんなにも疲れているのに……あれっ? 疲れて、はいない。
それに、さっきまで大量にかいていたはずの汗が今は一滴も出ていない、さっきまではあんなに…。
「ねぇ、エージくん何かあったの?」
「あっ、いや別に何も。 待ってて、今いくから」
恐らくさっきまでの僕は一瞬だけ違う次元に迷い込んだのだろう、きっとそうだ。
ポジティブに物事をとらえよう、僕はそれはそれは貴重な体験をしたんだと、そういうことにしておいてもうこの件からは手をひこう、忘れてしまおう、物事の切り替えは早ければ早いほどいい、よし、もう僕は大丈夫だ。
「ごめんごめん、ビモっちゃんお待たせ。 ところで大事な話なんだよね、どこで話そうか?」
ビモっちゃんは観察するような目で僕を見つめて言った。
「ねぇ、エージくん。 本当は、な・に・が、あったの?」
ビモっちゃんは「何が」の部分だけやたらと強調して言った。
「えっ、いやほんとに何もないって」
いや、待てよ。 今、ビモっちゃん、「何か」ではなくて「何が」あったかって言ったよな。
まさか僕にさっき起きた不思議な出来事のことについて聞いているのか?
いや、そんなわけないか、あのビモっちゃんだし、日本語の使い方がおかしいだなんてビモっちゃんのいつもの平常運転じゃないか。
「ふーん、まぁエージくんがいいならいっか。 じゃっ行こっか」
そして何故か急にビモっちゃんは僕の手をとって階段をおりはじめた。
僕はすぐに違和感を感じた、痛みを感じるくらい僕の手を強く握っているからだ。
そのビモっちゃんが強く握る手はもうはぐれないでよ、と僕に言っている気がした。
ビモっちゃんに手を引かれてようやく一階までおりてきた。
僕はさっきの別次元には迷わなかった。
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