第6話:みんなが笑って暮らせる世の中。
マーテルベルはスモールアンクルを連れて街へ買い物に出た。
ロバのマイロに荷車をつけて、のんびり20キロあまりある街へ・・・。
ふたりにとっては久しぶりの外出だった。
エランドルがいた時は、エランドルがスモールアンクルを連れて買い物に
出かけていた。
街では自分とスモールアンクルの私物や生活必需品を仕入れるつもりだった。
街へ入ると賑やかに人がたくさん往来していた。
いろんな人にすれ違った。
冒険者ふうな旅人や魔法使い、ほとんど人間ばかりでエルフやドワーフに
すれ違うことはなかった。
スモールアンクルに合いそうな服を探そうとマーテルベルはスモールアンクルを
連れて一件の店に入ろうとすると
「ああ、ドワーフは入れないでおくれよ」
「うちはドワーフになんか売るものはないからね・・・汚らわしい」
たちまちスモールアンクルは不機嫌な顔をした。
「スモールアンクル行きましょ」
「気にしないでね、世の中には、人を平気で罵倒する人もいるから・・・」
「偏見で人を見る人なんか相手しないの・・・バカバカしいからね」
「腹を立てたら、ダメよ」
「あんなこと言われて、黙っていられるか・・・」
「ダメよ、それで揉め事を起こしたら悪く思われるのはあなたよ」
「たぶん、私は人を偏見で見るような人たちとは一生仲良くはなれないと思うの」
「別にいいじゃない、言いたい人には言わせておけば・・・」
「そう言う人は、きっと心が貧しい可哀想な人なのよ・・・」
「私たちは誰にも後ろ指、指されるようなことはしてないんだからね」
「さ、嫌なことは忘れてお買い物続けましょ」
人にはそれぞれ過去に抱えた積もり積もったゴミのような恨みや妬みが
あるんだろう。
ドワーフはもともと山や鉱山にいて滅多に人の前には姿を現さない。
特別、愛想がいいわけでもないし、人間と親しくしているわけでもない。
野山を縄張りにして、狩りを得意としていたり、物造りが得意だったりするから
だから、ドワーフのことを野蛮だと決めつけて毛嫌いする人もいるのだ。
かつては人間もエルフもドワーフも仲良く暮らしていた時期もあったのだ。
それはまだこの世が、悪に脅かされそうになっていた頃、人間もエルフも
ドワーフも力を合わせて一丸となって悪と戦って打ち勝った。
やがて平和は訪れたが、それを引き換えに世の中は澱んで行った。
歴史が長く続くと、知らず知らずの間にお互いの存在にわだかまりや
猜疑心が生まれてくる。
いつしか、それぞれが自分たちの縄張りに引きこもるようになった。
聡明なエルフでさえ同族同士で小競り合いや縄張り争いで多くが傷ついた。
それは人間もドワーフも一緒だった。
これまで大なり小なり戦いや小競り合いがあって争いのない世の中が
あった試しがない。
そして異種族間による偏見も未だに根強く生き残っている。
マーテルベルはいつかは、そんな偏見やしがらみのない平和な時代が
来ればいいと思っていた。
誰も傷つかない、みんなが笑って暮らせる世の中。
ひとりひとりが思いやりを持てる世の中が早く来てほしかった。
それは小さなエルフの心の願いだった。
マーテルベルとスモールアンクルは、必要なモノを買って
夕日に照らされながらマイロが引く荷車に乗って雑貨店に帰って行った。
少なくともファーゴット雑貨店は平和そのものだ。
そして次の日もオリバーが牛乳配達にやってきた。
「あれから、もう牛泥棒はやって来てないよ」
「そう、それはよかった」
「マーテルベルとスモールアンクルのおかげだよ」
「相手が泥棒でも、できれば傷つけたくなかったんだけど・・・」
「そうだね、でも戦う時は戦わなくちゃ」
スモールアンクルはオリバーに向かって親指を立てて見せた。
「また帰り、寄ってね、美味しいお茶入れるから・・・」
「うん、かならず寄るから」
「気をつけていってらっしゃい」
オリバーはマーテルベルに見送られて牛乳配達に出かけて行った。
マーテルベルはオリバーが見えなくなるまで彼を見送っていた。
「もう見えなくなってるけど・・・」
「いいのよ、私にはちゃんと見えてるから・・・」
スモールアンクルは鉢植えに水をやりながらマーテルベルに微笑んだ。
おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます