第3話:魔法のなんでも箱
雑貨店はカウンターと店の奥の間にカーテンがあって、カウンターの椅子
に座ってるお客からは店の奥は見えなくなっていた。
初老のお客は、マーテルベルが出てくるまでの間、店の中をぐるっと見渡した。
すると気づかないうちに店の端っこにひとりのドワーフが椅子に腰掛けて
自分のほうを見ていた。
「おや、ドワーフさんとは珍しい」
「あんたは人間だよな・・・」
「平地でドワーフさんをお見かけするのは本当に珍しい 」
「山よりここのほうが居心地がよくてね」
「そうですか・・・素敵なお店ですもんね」
「ご店主も優しそうな方だし・・・」
「そうなんだ・・・マーテルベルがいるから、居心地がいいんだよ」
「あの子の優しさに包まれると誰だって、あの子を好きになる・・・」
「ああ、ご店主はマーテルベルさん、っておっしゃるんですね」
「ご店主もお店も素敵ですよ・・・」
「ほんとに・・・居心地良さそうですね」
スモールアンクルは執事みたいなこともやっているが客が店に
来た時は、こうやって店の中でじっと客の動向を観察しているのだ。
まるで店の置物みたいだった。
さて店の奥に引っ込んでいったマーテルベルだが、店の奥に置いてある
魔法の箱「なんでも箱」に話しかけていた。
「客さんのさっきのお話、聞いていたでしょ?」
「あの方のお母様の形見の指輪・・・出してくれる?」
すると魔法の宝箱は生き物みたいにブルブルって身震いした。
その合図は、大丈夫と言う箱からの意思表示なのだ。
もし、目的の品が出せない場合は魔法の箱はピクリとも動かない。
身震いしたってことは、品物はあったってことなのだ。
マーテルベルが箱の蓋を開けると、ゆで上がった鍋の蓋を開けた時みたいに
モワッと煙が出たと思ったら、そこに一個の指輪があった。
「その指輪ね・・・」
そう言って指輪を箱から取るとマーテルベルは客のところに持って行った。
「この指輪でしょうか?」
客はマーテルベルから受け取った指輪を品定めするように眺めると、
「おお・・・そうです・・・そうです、間違いありません」
「この指輪だ・・・母の形見の指輪です」
「指輪の裏に母のイニシャルが刻んでるから間違いないです・・・」
「それはよかったです・・・どうぞお持ちください」
「ありがとうございます」
「本当は半信半疑だったんです・・・すいません疑っちゃって・・・」
「いいんですよ、みなさんそうおっしゃいます・・・」
「お客様のお役に立ててなによりです」
初老の客は何度も、マーテルベルにお礼を言って指輪の料金を払うと
指輪を入れてもらった袋を大事そうに腕に抱えて大喜びで帰って行った。
「指輪、見つかってよかったな・・・」
スモールアンクルが言った。
「いいお話が聞けたね」
で、結局その日、訪れた客は初老の人ひとりだった。
そして何も変わることなく、次の朝もオリバーが牛乳を配達にやってきて帰りに
雑貨店によってお茶を飲んでマーテルベルといっぱいしゃべった。
「じゃ〜、明日もね・・・オリバー」
「うん・・・じゃ〜明日も・・・マーテルベル」
そう言ってオリバーは手を振りながら帰って行った。
マーテルベルはオリバーが見えなくなるまで見送っていた。
二人の関係も、なにか特別なことでも起きないかぎり進展する気配はなかった。
なんと言ってもオリバーは奥手だから・・・
実のところオリバーは自分の気持ちをマーテルベルに告白して
彼女から「ごめんなさい」って言われたら、朝の牛乳配達に来にくくなる
と思っていた。
なによりマーテルベルと気まずくなるのは嫌だった。
今の心地いい朝の時間を大事にしていたかったのだ・・・。
スモールアンクルは店のドアの両側にある花壇に水をやりながら言った。
「いつまで見てるんです?」
マーテルベルはクスって笑った。
「よそ見してないで、ちゃんと花にお水やってね」
「それと・・・あまりお水やりすぎないで・・・」
「それから・・・鉢植え落とさないように・・・気をつけてね・・・」
「分かっとるっちゅんじゃ・・・注文の多い娘だな・・・」
つづく。
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