第34話(2) 続正月
最寄りの神社には、山道を通る。階段があり、舗装のされてない細い道。
「はぁ……はぁ……ワザと、疲れる道選んでません?」
「この道が一番近道なんだよ」
「な、なんかお墓見えてきたんですけど」
「お墓があるんだから、そりゃ見えるだろ。幽霊が見えるわけじゃあるまいし、問題ないだろう?」
「そりゃそうかもしれませんけど」
なんか、お正月に歩く道のイメージとは凄く違う。もっと、なんというか提灯がついてたり、下の地面が石畳だったり。
「お前それ京都とかの感じだろ? しかも、四条とか超メジャーな街並みのイメージ。だいたい地方の神社だったら基本地面は土だし、人気のない道だぞ」
「甘酒は?」
「……確か屋台にあったけど、今はどうかな」
「ええっ!?」
「安心しろ、なかったらコンビニで買ってやる」
「おみくじは?」
「なかったら携帯アプリだな」
「ふ、ふざけないでもらえますか!?」
「はっはっはっ、これが現実に生きるということだよ」
「……」
世知辛い。世知辛いの言葉の意味はよくわからないが、現実って酷く世知辛いって思った。
「コンビニだって、携帯だって日常的に使ってるもんだ。便利に生活するために、よりよく生きるために。だから、ちょっとぐらいの景観だったりは我慢しなさい、小娘よ」
「……」
「コンビニが跋扈する世界。ドラッグストアで埋め尽くされた日本。電車に乗って見るのは携帯画面ばかり。大好きだな、俺は。アスレチックジャングル上等」
「……私、携帯持ってないですけど」
「今、いい話をしているのだから、黙って聞いとけ」
松下さんはそう言いながら、私のギターを持ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ふっ……まあ、気にすんなよ」
「でも、ギター落とされたりとかしたら嫌なんで返してください」
「……」
2秒でギターをひったくられたおっさんの顔は、なんだか寂しそうだった。
「心遣いだけ、ありがとうございます」
「……」
す、拗ねた。
「でも、それにしても遠いですね」
もう3キロ以上は歩いている。この道を帰ると思うと
「ちょっとググるわ」
「げ、現代人……やめてくださいよ」
「なにが?」
「このいつ着くかわからない感じがいいんじゃないですか。携帯なんて使ったら色々と台無しですよ」
「OK、グーグル」
「無視!?」
松下さんが携帯と会話し始めた。おっさんのくせに、携帯と会話をしているおっさん。おっさんのくせに。
「なるほど……だいたいわかった」
「……」
「これが、現代科学だよ。携帯という文明の利器を拒絶する野蛮人よ」
「……むしろ、今まで道を知らずに歩いて来ていたという事実に私は驚いてます」
「さっ、行くか」
「……なぜ、逆方向を戻るんですか?」
「こっちだから」
「それは、道を間違えていたって思ってていいんですかね?」
「サト……おっさんはいつも道を間違えてるよ」
「そんな大きいくくりの話は今は求めてなくて、『さっきまで迷子だったんですか?』という質問なんですけど?」
「ときには立ち止まって、ときには間違える。でもさ、戻ることはできない。俺にできることは、ただ進むんだ」
「……」
「サト、だから戻るんじゃない。ただ、前に進むんだ」
松下さんは、漫画の主人公のような台詞を吐いて、来た道を戻る。どうやら、このおっさんは、言語を解さないようである。
そうやって、1キロほど盛大に戻って、神社へ到着。どうやら、屋台もあって甘酒も売っていた。
「あっ、松下さん。たこ焼きですよ」
「……お前さっきおせち食ったじゃねぇか」
「たこ焼きは別腹ですよ」
「俺の記憶が正しいければ、別腹は甘いものだった気がするが」
「気のせいですよ」
「OK、グーグル」
「どんだけ携帯に頼ってるんですか!?」
とツッコミを入れたところで、初詣するために並ぶ。
「結構並んでますね」
「人混みはやっぱり緊張するな」
「松下さんも苦手なんですか?」
「俺が苦手なのは国家権力だけだよ」
「……ばりばり青少年育成条例恐れてるじゃないですか」
「おい、サト」
「なんですか?」
「警官が来たら、少し離れろよ」
「……」
なんだろう、この人。素直に、素朴に、率直に、そう思った。
それから、30分ほど並んで。途中、甘酒とたこ焼きを買いに抜け出したりしながらも、お賽銭箱の前に到着した。
パンパン。
ガランガラン。
「……はぁ、終わったな」
「終わりましたね」
「これで、満足か?」
「はい」
「なら、いいか」
「なにお願いしたんですか?」
「必勝祈願」
「なんか試合とかやるんですか?」
「孤独に、勝つ!」
「ヤバっ!」
果てしなく、悲しすぎる願いだった。
「じゃあ、サトは?」
「夢が叶いますように」
「なんだ、俺と同じじゃねぇか」
「それを同じだって言い出したら終わりですよ」
「……OK、グーグル」
「携帯になにを相談しようって言うんですか?」
そんなことを言い合いながら。
『もう少しだけ、このままで』とお願いしたことを、思い返していた。
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