第35話 バレンタインデー


 バレンタインデーにいい思い出があるかと問われれば、それは非常に難しい。


「なんでですか? 素直にもらってないでいいじゃないですか」


 いつものとおり、駅前でストロングレモン酎ハイを浴びるように飲みながら、サトから失礼な質問を浴びる。


「なぜ勝手にもらえてないと言う結論を下す」


「もらってたんですか?」


「……定義による」


「もらったか、もらってないかの二択じゃないんですか?」


「果たして、母親にもらったチョコをカウントしていいのだろうか? コンビニでもらったチョコはカウントしてもいいのだろうか? 俺の悩みは尽きないよ」


「……それって、逆に悲しくなるんじゃないんですか?」


「あとは、会社で配られるチョコ。これは、義理じゃない可能性も含まれている」


という言葉を使っている時点で、もうそれは義理だと思いますけど」


 と容赦のない指摘を浴びたところで、とりあえずストロングレモン酎ハイを飲みながら、餃子をかきこむ。


「ぷはぁ……うまい」


 チョコレートがなんだ。しょせんはお菓子。この最強の組み合わせには及ぶべくもない。


「いや、酒に逃げないでくださいよ」


「ちなみにバレンタインデーの由来って知ってる?」


「いえ」


「バカだよ。バレンタインデーの由来すら知らなくてワーキャーしてるやつなんて、バカだよ。お前はアレだな。ハロウィーンで渋谷のスクランブル交差点で騒いで迷惑をかける若者と一緒だな。ハロウィーンの本来の意味すら知らずに……ほんと、バカだよ」


「……ちなみにバレンタインデーの由来は?」


「オーケーグーグル」


「……バカだよ」


「バレンタインデー(英: Valentine's Day)、または、聖バレンタインデー(セイントバレンタインデー、英: St. Valentine's Day)は、2月14日に祝われ、世界各地でカップルの愛の誓いの日とされる。元々269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日だと、主に西方教会の広がる地域において、かつて伝えられていた」


「その英語の発音を妙にネイティブっぽくするところが絶妙に腹立ちますね」


「引用はウィキペディアだよ」


「うるせー」


 そんな通り一辺倒のやり取りを終えたところで、人生におけるバレンタインデーを思い返してみる。


「サト、お前はチョコレートあげたことあるの?」


「ん……そう言えば、ないですね」


「なんだ、お前も『こっち側』か。ようこそ」


 そんな風に手を広げたら、結構本気でバシッとはねのけられた。


「……そっち側には完全に行きたくないし、招かれたくないですけど。お金なかったんですよ。人にあげるんなら自分で食べてたし」


「お前はいつ、いかなるときでもお金がないな。その相当な『どケチ精神』は、いい加減にしないと今後生きていく上で支障をきたすぞ」


 と注意はしておくが、どちらかと言えば得するんだろうなとも思う。財布の紐が固いのは重要なことだと、歳をとればとるほどわかっていくものだ。


「……あっ、そうだこれ」


 そう言って、なぜかサトはバツが悪そうにリュックから小包を取りだす。


「これ、なに?」


「こ、このタイミングだとチョコレート以外のなにがあるんですか?」


「サト……」


 お前。


「言っておきますけど、義理ですよ。義理」


「義理ってお前、メッセージカードまであるし」


 中には『いつもありがとうございます』という言葉が添えられていた。それは、上手とは言い難かったが、丁寧で大事に書かれているのは感じた。


「……定義が広いんですよ。松下さんにはいろいろと食べさせてもらってるし、お世話になってるし、いつも来てくれて、私の歌も聞いてくれてるし」


「……」


「義理にしては最上級です。チョコレートはそりゃ普通の素材かもしれないけど、義理にしてはすごく愛情……と言うか人情を込めました! 義理人情をふんだんと込めました。だから……アレコレ言わずに受け取ってください」


「……サト、顔真っ赤だぞ」


「う゛……」


「ありがとな。すごい嬉しい」


 そんな言葉が自然と出るくらいには、本当に嬉しかった。これが、心がこもってるというやつかと感じられるくらいには。


「……下手かもしんないです。初めて作ったから」


「いいよ。美味しく食べるから」


「味見はしましたけど、ちょっと大人には甘いかも」


「ブラックコーヒーと合わせれば問題ない」


「……義理ですよ」


「わかってるよ」


「でも、感謝もいっぱい込めました」


「うん」


「一番上のやつです。義理の最上級」


「わかってるって」


「……」


「サト」


「はい?」
























 一緒に食べようかと俺は言った。

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