第43話 赴任前



「俺、東京行くんだ」


「あっ、そう」


 得意満面にそう言ったが、唯一親友と呼べるイタリア料理屋の店長はこれ以上ないくらい素っ気なかった。


「なんかもっと他にないのか。東京だぞ、東京」


「ただの本社への赴任だろう? その場所が東京だったってだけで」


 とグウの音も出ないほどの正論をぶつけられ、ぶん殴ってやろうかと思ったけど新内さんがチラチラとこっちを見ているので、やめた。


「サトちゃんには言ったのか?」


「いや、まだ」


「そうか。まあ、こっちからは伝えないから安心しろよ」


「……『ありがとう』かどうかが複雑だな」


「そこは普通に『ありがとう』でいいだろうが!?」


 とツッコミを入れられるが、実際には本当に複雑だった。いっそのこと、岳から言われた方が、せいせいすると言えなくもない。


「お前の悪い癖だよ。楽するんじゃねーよ」


「……」


「つ、都合が悪くなったときに無視するんじゃねーよ」


 と現実逃避を咎められたところで、恐らく当分は食べられないであろう明太子クリームスパを頬張る。



 恐らくだけど、目の前にいるイタリア料理おっさんとは死ぬまでなんらかの形で繋がっていくんだと思う。これは高校からの付き合いで、大学を経て、社会人を経て、何年も会わない期間もあった。それでも、なんらかのつながりがあるんだとすれば、もうそれは友達というものを超えた間柄なんだと言うことだと思う。


 でもサトとは。


 もともと生まれた時期も、環境も、育ち方も違う。なにもかもが違う中で、過ごした人生の中で閃光花火のような瞬間ならば、互いに忘れられるのもほんの一瞬なんだろう。


 それこそ、小学校の友達のように。中学校の友達のように。高校の、大学の友達のように。永遠だと思った瞬間が、どれだけ脆く儚いものだってことを知っているから。人の想いというものが、どれだけ頼りなくて、か細いものだってことをわかってしまっているから。


 あのとき、確かだと思ったこと。ずっと一緒にいたいと思ったこと。このままこうしてたいって思ったこと。それは、海で作った砂の城のように時間という波にさらわれ、いつしか思い出という残骸になっていく。


 それは、それで悪くないと思う。それでも仕方ないって思ってきたし、なにも特別なことじゃない。


 でも。


 それでも。


「あっ、松下さん。どうしたんですか、こんなところで?」


「……イタリア料理店に来てるんだから、飯に決まってるだろう」


「その返答が可愛くないですね」


「可愛いおっさんなんて、お前たち不思議系女子が見える見えると言い張る『小さいおっさん』しかいないだろう」


「アレって本当にいるんですかね?私は見たことないけどな」


「俺が推測によれば、アレはメディアに乗っかって言ってるだけだな。なんとか売れようとして『私って小さいおっさんが見えるくらいファンタジーな女子なんですよ』って。ファンタジーな女子はおっさんに需要があるからな」


「ほ、本当かもしれないじゃないですか!?」


「本当だったら答えは一つ。メンヘラだよ」


「な、なんという偏見と暴言」


 そんな言葉の応酬を繰り広げながら、去っていくサトを眺めながら。


「……本当にいいのか?」


 と岳が尋ねてくる。


「なにが?」


「言わなくて。あの子、寂しがるんじゃないか?」


「寂しがると思うか? 何度も言ってるだろう。あいつと俺は演者と観客。それ以上でもそれ以下でもない」


「……俺には『それ以外』に見えるけどな」


「なんだよ、それ?」


「そのままだよ。お前にとっても、サトちゃんにとっても、演者と観客以外に見えるってことだ」


「……」


「なあ、もう少しお前は自分に素直になった方がいいんじゃないか?」


 岳はそんな風に言う。


「……素直になった先は行き止まりだよ」


 もし、自分が素直になったら、そこから先はきっと進めない。なにもかもなくして、一人ぼっちになってトボトボと人生を歩いていくしかない。素直っていうことはきっとそう言うことだ。


「……」


「岳、頼みがあるんだ」




















 そう言って唯一の腐れ縁に、手渡した。

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