第38話 筋トレと青空


 これでもかと言うくらい青空が広がっているときには、なんだか外に出ていて得をした気分になる。


「筋トレ始めました」


「そ、そうですか」


 そんな中、松下さんから非常にどうでもいい情報を提供されると、日本って平和だなと感じる。


「ここでスクワットやっていい?」


「ダメです」


「お嬢ちゃん……ここは公共の場だぞ? いちいち、許可を得る必要はないのだよ」


「じゃあ、いちいち聞かなくてもいいですよ」


「……でも、ここでスクワットしてるおっさんがいたら通行人はどう思うかな?」


「意外と目につくかもしれませんね」


「公共の福祉に反しないかな?」


「反しないかどうかと言えば、反するかもしれないです」


「……じゃあ、やめようかな」


「いえ、やってください」


「なんで!?」


「スクワットやってる松下さんの横でギター弾いてたら、意外と注目されるかもしれないって思いました」


「俺は客寄せパンダか!」


「自分で言ったんじゃないですか」


「……やっぱ、やめる」


「男に二言はないんじゃないんですか?」


「サト……おっさんには二言はあるんだよ」


「男の分類におっさんが入っているような気がしますけど」


「とにかく、注目されることは好きじゃないんだ。お前とは違って」


「私だって別に得意じゃないですよ」


「またまたー」


「な、なんかムカつくんですけど」


「注目されたいから路上ミュージシャンなんてやってるんだろう?」


「違いますよ。歌手になりたいからです」


「注目されるじゃん」


「だからって注目されたいとは違いますよ。歌を仕事にしたいからです。目的が違うんです」


「……なんか、よくわからんな」


「この説明でわからなかったら、もういろいろとヤバイですよ」


「まぁ、いいや。と言うわけで、スクワットはしない。お前の期待には答えられない。悪いな、見せられなくて」


「……」


 なぜか、私が『松下さんのスクワットを見たい女子』扱いされてて、不快だった。そもそも、最初にスクワットをやりたがってたのは松下さんなのに、なんでこんなことに。


「サト、お前運動はしてるのか?」


「そう言えば、してないですね。まぁ、でもバイトがウェイターでほぼ立ちっぱなし、歩きっぱなしだし、ここでも歌いっぱなしだし」


「そうだよな……そもそも、お前太ってないもんな」


「松下さんだって別に太ってないと思いますけど」


「そんなことないわ。めちゃくちゃ太っとるわ」


「そうですか?」


 まあ、コンビニで週5日ストロング酎ハイを飲んでるのだが、太っててもおかしくないが。結構気にしてるのが意外だ。


「昔よりはかなり太ったよ」


「松下さんて昔どんな感じだったんですか? 写真とかあるんですか?」


「あるとは思うけど、別に普通だったよ」


「その普通を教えてくださいよ」


 私から言わせれば、松下さんは普通じゃない。いや、むしろ凄く変わっている。


「……坂本龍馬みたいになりたかった」


「ほら、普通じゃない」


「普通だよ! 男子のほとんどは将来坂本龍馬になりたいんだよ」


「私の周りではそんな男子、聞いたことないですけどね」


「小山ゆうの『おーい、龍馬』読んで、司馬遼太郎の『龍馬が行く』を読んで、こんな生き方超カッコイイって思って……と言うか、割とそんなもんだぞ」


「どこがそんなに格好よかったんですか?」


「ふっ……俺に語らせると、長いぞ?」


「じゃあ、そこは割愛してください」


「……で、世界を救いたくて、将来は国連で働きたいって思って数学と英語の勉強を始めたな」


「へぇ。国連て、働けるんですね」


 と言うより、夢でかいな。


「いや……WTOだったかな。で、勉強足らなくて一浪して、予備校通って第一希望だった大学に落ちて、第二希望も落ちて、第三希望の大学に行って」


「け、結構落ちましたね」


「第一はまあ、今考えるとかなり無理があった。第二は小論文で失敗してな。字数足りなかったんだわ。あんときは、さすがに落ち込んだな……一日中勉強してたからな」


「で、それで大学行ったんですね」


「ああ。で、大学で部活入って、バイトして、就職活動して、今の会社入って働いて。普通だろ?」


「まあ、普通ですね」


「皮肉なもんだよ。普通の生活なんてしたくないってずっと思ってたのに、結果として人よりむしろ普通の生活をしちゃうんだから」


「……」


「で、尊敬してた坂本龍馬よりも、歳とって、結果として世界を救えずに今ここに至るってことだ……はい、終わり」


「……元気だしてくださいよ」


 世界は救えなかったかもしれないけど。


「ん? 別に落ち込んじゃないよ。多分叶わなくてもよかったような夢だったんだよ。お前とは違って」


「……」


 その夢は叶わなかったかもしれないけど。


「さっ……一曲、元気になる曲を頼むよお嬢さん」


「……はい」


















 私を救ってくれたんだから。



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