第39話 空


 空って不思議だ。最初は青く見えて、夕暮れには赤く見えて、夜には黒く見える。


 その事実を松下さんに突きつけると、


「……あー、確かにね」


 と頷いていた。


「でしょ? なんとなく、暗くなるのはわかりますよ。光が消えると、真っ暗だから。でも、太陽は赤いんだからそれまではずっと赤くてもいいようなもんじゃないですか」


「まあ、そう言われて見れば。月も赤じゃなくて黄色いしな」


「そうですよ。太陽の光を反射して照らしてるんなら、むしろ赤じゃないですか?」


「なんか、弱められてるんじゃないか。知らんけど」


 そう言いながら、松下さんはおでんを食べはじめる。


「……ちょっと、まだですか?」


「ん?」


「ほら、グーグル。いつもなら、『オーケーグーグル』って頼まれてもいないのに調べだすじゃないですか?」


「めちゃくちゃな言いようだけど、おあいにくさま。今回は調べないよ」


「なんでですか?」


「あんまり興味がない」


「酷っ!」


「それよりは、今、俺はたまごをもうひとつ追加しておくべきだったとすごく落ち込んでいる」


「そ、そんなことを……買ってくればいいじゃないですか!」


 駅から徒歩2分で往復してこれる道のりの選択と、私の高尚な疑問を同列に語られてしまっていることに対して、ひどく残念な気持ちだ。


「だいたいお前が大根とこんにゃくを食べてしまうから俺の腹が満足できなくなってしまった」


「そもそも、私はたまごを要求したのに、大根とこんにゃくを差し出しておいて、まだたまごを食べようとでも言うんですか?」


 と言うか、どんだけたまご好きなんですか。


「ついでに言えば、おでんのたまごにするか、ツマミ用のうずらのたまごにするか、それともたまごサンドにするかも迷っている」


「……」


「さらに、おでんのたまごを買ったとして、味噌をかけるかかけないか。うずらのたまごだとすれば、もう一本ストロングレモンチューハイを飲むか。たまごサンドであれば、コーヒーはどうするか。おっさんの悩みは、尽きないよ」


「空の話しましょうよ!」


「断る」


「ひ、酷っ!」


「たとえ、『空の色問題』が解決されたとしてもそれが自分の人生の中で役に立つとは思えない。それなら、むしろ、たまご。たまごなんだよ。実学を学びなさい、小娘よ」


「……」


「俺が社会だ」


「……」


 なんとなくだけど、つまらない社会になったもんだって、思った。


「だいたいそんなことを言いだしたらキリがないだろう。じゃあ、雲はなんで浮いてるのとか。それこそ、『りんごはなんで落ちるんだろう』ってニュートンみたいな不思議ちゃんになっちゃうぞ」


「……どうでもいいですけどニュートンを不思議ちゃん呼ばわりはやめた方がいいですよ」


「ノーベル賞狙いたいのか?」


「そ、そういう訳じゃないですけど」


「俺はそんな壮大な話より、もっと小さいことの方が興味ある。『ジャワカレーってどんなカレーだったっけ?』とか」


「……確かにそれは興味ありますね。どんなカレーでしたっけ?」


「オーケーグーグル」


「で、でた!」


 検索おじさん。


「ジャワカレーは、ハウス食品が販売する即席固形カレールーの商品」


「へぇ……」


「ちなみに引用はウィキペディアだよ」


「知ってますよ。ジャワで作ったカレーだからじゃなくて商品名なんですね。タイカレー的なやつかと思ってました」


「ちなみにジャワはインドネシアのジャワ島と言うところじゃないかって言われてる。そこらへんメーカーは濁しているらしいが」


「な、なんで濁すんですか?」


「大人の事情だろう」


「……結局、なんの話をしてたんでしたっけ?」


「あっ、たまごだった」


「空の色の話ですよ!」


 もはや、半分くらいはどうでもよくなってしまってるが、松下さんの戦略通り煙に巻かれるのも、なんとなく面白くない。


「ちなみにたまごって縦に立つんだよ」


「あー、なんかコロンブスのアレですよね。ちょっと卑怯な感じの」


 たまごをはずっと割って強引に立たせる的な。


「まぁ、俺は別の方法で立たせることはできる」


「ど、どうやってやるんですか?」


「見せてやるよ。ちょっと、買ってくるわ」


「……」


 そう言い残して松下さんは立ち上がって、往復2分でコンビニから帰ってきた。


「ほら」


 そう言って、コンビニの皿の上に、コンビニで買ったたまごを立たせる。


「殻ないじゃないですか」


「殻をとっちゃダメだって言われてない」


「……まぁ、確かにそうかもしれないですけど」


「しかも、美味しく食べられる。コロンブスは一個たまごをダメにしちゃったから、これで彼を超えたと言っても過言ではない」


「随分と過言が過ぎると、私は思いますが……ちなみに私はこのたまごをこの場から消せますよ」


「お前……それは俺もできるから」


「まあまあ遠慮なさらずに」


「遠慮するのはおまっ……あああっ!?」


「はぐっ」


「こ、この……だせ、だしやがれ!」


しますか?」


 こっちはだしたって一向に構わないんですよ。


「くっ……なんて卑怯な……子どもか!?」


「子どもです!」


 そんなことを言い合いながら。















 この日、松下さんはたまごを4個買った。


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