第37話 面倒


「面倒くさい」


「なにがですか?」


「すべて」


「……」


 駅前でサトは閉口する。


「なぜ、黙っている?」


「私との会話も面倒くさいのかなと思って」


「うまい。座布団一枚」


「座布団欲しいんじゃなくて、キレてるんですけど」


 などと、適度に怒られたところでカフェオレで喉を潤す。


「……ふぅ」


「なに、人をキレさせといて、勝手に一息ついてるんですか」


「大人って面倒くさいって言えない風潮あるよな」


「それは、子どもでもありますけど、確かに大人が面倒くさがると子どもが結構困りますからね」


「……」


「なんで、黙っているんですか?」


「それを言われるとキツい」


「……なんか、私が非常に面倒くさいという事態に陥っているんですけど、それは置いておいて。とりあえず、言ってみてください」


 と一回り近く歳が違うであろう小娘に会話の許可をいただいたところで、とりあえずもう一度カフェオレで喉を潤す。


「……ふぅ」


「一息つきまくってないで、早く話してくださいよ」


「まあまあ。そんなに急かすな」


「くっ……なぜか私に聞きたい流れになってしまっているのが、すごく屈辱なんですけど」


 通り一辺倒のやりとりを終らせて、ようやく本題に入る。


「世の中って結構後回しにしたいことってあるじゃん。子どもだと、夏休みの宿題とか。で、大人だと掃除とかかな」


「まあ、そう言う人いますし、私も結構面倒くさがりなんで、わからなくはないです」


「例えば、この缶を今日捨てるか、明日捨てるかってなると、俺は結構な確率で『明日捨てよ』ってなって、結果的に明日もやらないことが多い。結果的に、部屋が汚くなる。そして、掃除するのがますます面倒くさくなる」


「なるほど……想像以上のダメ人間ですね」


 一回り以上も歳が違うであろう小娘に、手痛い指摘を受けて、想像以上にくるものがあったが、もう面倒くさくなってきたので話を続ける。


「というわけで、俺の部屋が散乱していて、掃除をする気が起きないという話だ」


「なるほど。今まで松下さんの話を聞いてきた中で、トップ5に入るくらい不毛な話でしたね」


 そんな評価はさておき、三度みたびカフェオレで喉を潤す。


「……」


「私が掃除してあげましょうか?」


 ブフーッ!


「な、なにをいきなり!」


 全部でた。


 カフェオレが全部でた。


「いや、1時間500円くれるんだったら、掃除しますよ」


「や、安っ!」


「あっ、嘘。700円」


「……それでも安っ」


「ってことはいいってことですか?」


「いや、断る」


「な、なんでですか?」


「掃除してもらうためには、掃除しなくちゃいけなくなる」


「ちょっと言ってることわかんないんですけど」


「いいか。部屋っていうのは、人間性というものが如実に現れるもの。それを見せるということは、裸を見せるのと同じくらい恥ずかしいものだ。そして、その裸は残念ながら凄いことになっている」


「……」


「とりあえず女の子に掃除してもらうためには、ある程度、『うわー、汚いですね松下さん』ぐらい言えるレベルじゃないといけない。今の状態なら、間違いなく『マジですか、松下さん』てなるから」


「いや、私の部屋だって結構汚いし平気ですよ」


「いや、マジで無理だから。ほんとうにごめんなさい」


「いや、私は全然ドン引きしませんって。そもそも松下さんの部屋が綺麗な部屋ってイメージもあんまりないんで」


「いや、そのレベルを軽く超えてくるから。もう、人間とみなされないレベルの部屋に俺は住んでいるから」


「いや、どんな秘境に住んでるんですか!?」


 とそんなツッコミをいれられたところで、断固拒否は変わらない。


「とにかく! 俺は今日帰って掃除をする! いつか、お前に掃除を任せることができる程度の部屋に掃除するから!」


 目標ができた。


 面倒くさがっている場合ではない。


「……どうせなら、全部綺麗に掃除すればいいじゃないですか」


「いや、やっぱり女の子に掃除してもらうって、なんかいいじゃん?」


「知りませんけど」


「なんか、ロマンじゃん?」


「知りませんけど」


「でも、お前って男友達多かった?」


「いえ。男子は苦手でしたからいませんけど」


「じゃあ、逆パターンかな。とにかく、あんまり男の部屋あがって掃除してあげるなんて軽々しく口にしないほうがいいぞ?」


 男への恐怖感があんまりなくて、危ういパターンに陥る可能性もある。お互いに好き同士だったらいいが、今のままの警戒心だとちょっと危ない。とてつもなく変な女の子だが、この先変な男に捕まって欲しくもない。


「安心してください。そんなに軽々しく言った覚えはありません」


「いや、言ってるじゃん」


「松下さんだから」


「え?」


「……松下さんだから、掃除してあげてもいいかなって思ったんです。部屋が汚くたって、別に掃除してあげればいいかなって」


「……」


「エヘヘ……ドキッとしちゃいました?」


「しないよ」


「酷っ! ちょっとくらいはドキッとするもんじゃないんですか?」


「アホか」


 そんなことを言い合いながら。





















 ちょっとドキッとしたことは秘密だ。

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