第28話 俺は神だ


「俺は神だ」


「……」


「ひざまずけ、人間よ」


「今日はすでにストロングチューハイ2本ですか。ちょっと飛ばしすぎなんじゃないですか?」


「大丈夫。明日は仕事があるのでノンアル気分だ」


「ヤバっ!」


 だいぶ酔っ払ってるかと思ったら、シラフだったと言う衝撃的事実。なんだか、別の意味で大丈夫じゃないのではないだろうかと思わなくもない。


 大丈夫とは、いったいなんなんだろうかと考えさせられる貴重な事例だ。


「そうやって、横暴な振る舞いをしたくなる夜もあるんだ」


「なにかあったんですか?」


「いや、特になにも」


「ヤバっ!」


 なにもないのに、横暴な振る舞いをしたくなるって言うのは、むしろそっちの方が大丈夫じゃない。あらためて、『大丈夫なんだろうかこの人は』って思わされる貴重な事例だ。


「ストレス溜まってるのかな……」


「でも、特になにもないんでしょう?」


「小娘よ。なにもないからこそストレスが溜まるということがあることを知れ」


「……」


「俺が社会だ」


「……」


 なんとなくだけど、このストレス社会は、間違ってるって思った。


「なにかあるってことは、なにかあるってことだろう? それがないってことは、なにもないってことだ」


「……」


「わかるか?」


「言っていることも、文脈もあまりにも当然すぎることで、単なる言葉の往復で、むしろわかりすぎて、松下さんがなにを訴えかけたいのかが、全然わかんないです」


「……単調なる毎日に疲れているって言ったらちょっとカッコつけてるって思われるかもしれないけど」


「はい」


「……」


「カッコつけてますね」


「そこは、否定しろ」


「……」


 おっさん心は、複雑である。


「社会人1年目のときは、とにかくいろいろ大変だったんだよ。どっちかと言うと、人間関係に悩むというよりは、理想とのギャップに悩んだりとか」


「でしょ? やっぱり、そっちのがストレス溜まるじゃないですか」


「溜まるんだけど、発散しやすいというか。『なんでだー』って、同期に愚痴言ったり、高校の頃の同級生に愚痴を言ったり」


「……松下さんて、社会人一年目から愚痴ってたんですね」


「言うだろ、愚痴くらい。で、会社員の生活を5年、6年とやってくにつれて、だんだん上手くなってくるんだわ。いいとこで、現実がわかってきて、自分の位置がわかってきて」


「……」


「で、人間関係もだんだん円滑になっていって、会社生活もどんどん楽になってって、突然10年目になって、ある時に気づくんだ『あれ、なんか……上手くやれちゃってるな』って」


「それが駄目なんですか?」


 たまに……いや、よく松下さんはわからないことを言う。私には決して共感できない想いを、ポツリと。もちろん、感覚的なところで、誰もが全てを共有できるなんて思わない。


 でも、それをわかってあげられないことが、時折すごくもどかしい。


「上手くやれるってことは、ストレスが溜まらないってことだろう? でも、溜まってるんだ。『なんで、俺は上手くやれちゃってるんだ』って。上手くやれなかった自分の方が今よりずっと頑張ってて、悩んで、辛かったのに」


「……」


「どうやって発散するかわからないストレスは、カラオケで歌ったり、一日中寝てたりするのじゃ解消できないんだよな。もちろん、酒飲んだって駄目だし」


「どうすれば楽になるのかわからないのは辛いですね……だから、横柄な態度をとって発散しようとしたんですか?」


「……」


「なーんだ」


「なんだってお前……」


「嬉しいです」


「い、意味不明」


「私だって松下さんのこと、全然わかんないですからおあいこです」


「全然わかっとらんかったんかい!?」


「あんな説明じゃ1ミリもわからなかったですよ」


「くっ……ジェネレーションギャップだな。やっぱり、小娘とおっさんとの隔たりは大きいな」


「そりゃ大きいですよ。でも、埋められないわけじゃ、きっとないですよ」


「……」


 きっと、これからも松下さんは、私にはわからない話をするんだろう。それは、もう仕方ない。松下さんは、私より10年以上も生きてきて、私だって松下さんとは違う人生を生きてきた。もしかしたら、これが価値観ってやつなのかも知れないけど、それはそんなに大事なことじゃないって松下さんを見ていて思う。


 嬉しいのは、松下さんがそれを私に話してくれること。わからないからって話さないんじゃなくて、わからないからって話してくれることが私にはいとしい。


「……俺は神だ」


「はいはい」


「断っておくが、それが正解の対応じゃないということは言っておく」


「正解じゃなくたっていいんです」


「俺は正解を欲しているんだけどな!?」


 そんなことを言い合いながら。


 わかっていても、わからなくても、正解でも、間違いでも、かまわない。きっと、それは重要なことじゃない。


「まぁ、もういいから一曲頼むわ、お嬢さん」


「はい」
















 その日は、とびっきり明るい曲を歌った。

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