第27話 秋


 秋の風が吹きすさぶ頃。なーんか、心にもキューッと締めつけられるようなものが通る。自分の心に問いかけても見るが、もちろん一向に答えてくれるわけもなく。


「これって、なんなんだと思います?」


「秋ってな、そんなもんだよ」


 といつものように携帯をイジりながら、松下さんは言う。


「毎年、感じるんですけど、なんか切なくなるような、悲しくなるような、不思議な感じなんですよね」


「だから、そんなもんなんだよ」


「私は、なんだかって聞いてるのに……」


「ふっ、小娘。答えを知ることに意味がないことだってあるんだよ。仮に俺が、『それは前頭葉のなになにがアルデなんたらの物質を分泌して』とか説明しだしても、なんか違うって思うだろうが」


「なるほど。そのドヤ顔は、ムカつきますけど、確かにその通りかもしれませんね」


 いつものグーグルおじさんとは思えない発言だが、妙に納得してしまった。それに、私の心はそんなことを求めていない気がする。そんな科学的なことじゃなくて、もっと情緒的に突き詰めてみたい。


「だいたい、世の中は答えがあることが多すぎるんだよ。すぐに調べれば答えが出てきて、そこになにかを考える余地がない。遊びがない」


「ど、どうしたんですか? 今日は珍しくまともなことを言いますね?」


「小娘よ。そこは、おっさんがすでに通った道だと心に刻め。伊達に長く生きてはいない。しっかりと、おっさんは思春期という時期を通っておっさんになったんだ」


「思春期の頃の松下さんってどんなんだったんですか?」


「……どんなんだったっけ?」


「私に聞かれても!」


 私はまだ通ってない道ですから。と言うより、あなたがその道を通っているとき、私はまだこの世に生まれてなかった可能性だってある。


「はぁ……これぐらいの歳になってくると、15歳あたりの記憶って急に曖昧になってきたりするんだよな。20歳ぐらいの頃はそうでもなかったんだけど」


「ふーん。そんなもんなんですか」


「割と嫌なことも多かった気がするんだけど、思い出されてくるのは結構美化されてたりするから。人の記憶って、そう考えると曖昧なもんだ」


「……私は、振り返ってみるとあんまりいい記憶ない気がしますけどね」


 とにかくお金がなくて、給食がすべての栄養をまかなっていたと言っても過言ではない。そんな給食費も母は踏み倒していたようだったし、『お前、給食費払ってないくせに、バクバク食うよな』と男子から言われたことは素直にトラウマだ。


「それは、お前若いからだよ。記憶が鮮明だからこそ、悪いことがどうしても目につくんだ。それがいいことか悪いことかはわかんないけど、時間がいずれ解決してくれるよ」


「そんなもんですか」


「そんなもんなんだよ」


「今、松下さんにとっての記憶は、10年に振り返るとどうなってますかね?」


 ふと、そんなことが気になった。松下さんが私と出会ったことを、どう思っているかなんて。


 私は、きっとこの出会いを忘れない。初めて、私の歌に涙を流してくれた人。いろいろと差し入れしてくれた人。気にかけてくれて、時々、いやかなり愚痴がうるさかった人。それでも、ずっと一緒にい続けてくれた人。


「……笑っちゃうだろな」


「コメディ仕様!?」


「きっと、この時のことを思い出して、『あー、あの頃は若かったな』なんて笑うんだろうな。いつになったって、そうやって」


「……」


「楽しくても、嬉しいことでも、悲しくても、怒ったときでも、人はなにかを振り返ったときに笑うんだよ。どうしようもない、巻き戻しができないときに、人はやっぱり笑うんだ。そんな思い出しかないことぐらいには、俺はある程度は幸せなんだろうな」


「……」


 そのときの松下さんの表情を見て。無性に抱きしめたくなった。ギュッと、自分の心を締めつけたように。全力で、痛いくらいにギュッと抱きしめて欲しかった。


「しんみりしちゃったな。お嬢さん、景気づけに一曲見舞ってくれ」


 松下さんは、いつもどおり、座って携帯をイジっている。この人は、いつも変わらない。昨日も一昨日も、同じ位置で座って、愚痴って、携帯をイジり続ける。明日も、明々後日も。一ヶ月後も二ヶ月後も。そんな風に感じるくらいには、自分と松下さんは繋がっているように思えた。


 でも。


 それでも。


 一年経てばどうなるだろう。二年経てば、いや半年だってわからない。このとき、目の前の人がいつのまにか来なくなって。いなくなって、私はそのときにどう思うのだろうか。松下さんみたいに、笑っちゃえるのだろうか。


 心に問いかけてみても、相変わらず私の心を締めつけるだけで、なにも答えちゃくれない。


 『いなくならないでくださいね』の一言がどうしても言えなかった。それを言ってしまったら、松下さんがどんな表情を浮かべるのかが、怖くて。いつものような冗談で、返されないのが、怖くて。絶対守れるはずのないその約束を、守れるはずのない松下さんに失望するのが、怖くて。


「はい」


 返事をしてギターを弾きながら。
















 私はこの出会いを歌にしたいと思った。


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