サトの物語

第21話 夏の思い出


 夏の花火の想い出は少ない。友達ともやったことはないし、花火大会なんかで見た記憶もない。そして、立ち並ぶ屋台。焼きそば。焼き鳥。たこ焼き。ラムネ、そしてバナナチョコ。あんず飴。りんご飴。りんご飴、りんご飴、りんご飴。


「……お前、花火とかじゃなくてとにかくりんご飴が食いたいんだろう?」


「そ、そんなことありませんよ。バナナチョコも食べたいです」


「結局、食じゃねぇか。最初の悲壮感丸出しの話はどこに行った」


「イカ焼き食べながら見る打ち上げ花火……どうでしょう?」


「もはやイカ焼きがメインじゃねぇか」


「という訳で行きましょう」


「なにが、『という訳で』だ」


「ごちゃごちゃ言うな!」


「て、テメー」


 と、こんな感じで会話を繰り広げながら二つ駅をまたいで歩いて、花火大会の会場まで到着。もう、人だかりでいっぱいで、人混みで混み混みだった。ブツフツ文句を言いながらも、なんだかんだ松下さんが先導してくれたが、それでもこの密集状態は気持ちが悪くなる。


「ったく……こんなにまでして、なんでみんな集まるのかね」


「……やっぱり、想い出が作りたいんじゃないですか?」


「想い出ね。まぁ、確かに屋台でのイカ焼きはドキドキしたな」


「でしょ!」


 それを聞いたら、なおさら食べたくなったイカ焼き。いや、必ず食べてやるイカ焼き。待ってろよ、イカ焼き。


「……目がすでにイカ焼きになってるんだが。お前は女の子なんだから、もっと花火花火言ってた方が可愛いんだけどな」


「何度も言っているじゃないですか。私は花火が見たいんです……それと、イカ焼き」


「もう、うるせーからさっさとイカ焼きを食べろ!」


 松下さんは、そう言ってイカ焼きを奢ってくれた。


「わぁ……これが、イカ焼き……」


 タレがジュワワワっと蒸発し、食欲がそそる醤油の匂いがほとばしる。まるで、『俺を食せ』と言わんばかりのたたずまいだ。


 棒を持って、口元に持っていく。一口目は、もちろん三角の部分。歯で噛みちぎって何度も何度も歯ごたえを楽しむ。醤油の味が十分に染み込んで、舌に旨味が広がっていく。


「ラムネ、飲むか?」


「……っ」


「……せめて、お礼ぐらい言える程度には口開けとけよ」


 松下さんの指摘をよそに、甘い液体でやっとこさ飲み込む。もうちょっとだけ余韻を楽しみたい気もしたが、いつまでも口の中に入れておかないことはわかっている。


「……つはぁ。感動した!」


「小泉元首相か!?」


「誰ですかそれ?」


「……ジェネレーションギャップ」


 なんだか知らないが、落ち込んでる松下さんを放置して、花火たちが打ち上がってきた。


「わぁ、綺麗」


 あらゆる色の光が、轟音とともに舞い広がる。次々と花のような形の花火が上がった後、ミッキーマウスだったり、キティちゃんだったら、コレなんだよってやつだったりが次々と形になっていく。


「……もっと、近くまで行くか?」


「はい!」


 松下さんの先導に従って歩くと、河川敷についた。ちょっとした草むらに、周りのカップルや家族と同じように座る。舞い上がってる花火が水面に写って、なおのこと綺麗だ。


「……花火なんて久しぶりだな」


 松下さんの横顔は、なんだか懐かしいような表情だった。


「なにか想い出あるんですか?」


「いや、ないな」


「……なんでそんな意味ありげなセリフを吐くんですか?」


「あんまり具体的なのはないんだよ。小さい頃にサメ釣りしたりとか……ぐらいしか思い浮かばないんだけど、なーんか懐かしく感じるのはなんでなんだろうな」


「……私も、毎年思い出しますよ」


「ん?」


「松下さんと一緒に食べたイカ焼き」


「思い出すなら、花火がだろ」


「どっちかと言うと思い出すなら食ですよね」


「……食いしんぼうもいい加減にしとけよ」


「でも、どっちにしろ、多分ですけど松下さんのこと思い出すんだと思います」


「……」


「多分ですけどね」


「……案外、忘れちゃうもんだぞ。誰と来たのかなんて。俺も、小学生の頃に来たときのことは誰と言ったかなんて覚えてないもん」


「私は忘れませんよ」


 来たかったから。誰でもなくて、松下さんと、来てみたかったから。


「……たこ焼きが食べたいのか?」


「はい」


「お前、完全に俺のこと財布だと思ってんだろ……はぁ、ちょっと買ってくるから」


 そう言って、松下さんはすごく面倒くさそうに歩いていく。


「……はぁ」


 夜空を見上げると、花火がこれでもかと言うぐらい上がっている。まるで、マシンガンのような音を鳴らして、空に煌びやかな光を映す。


「おい、からしマヨネーズとソースのみ。どっちがいい? ちなみに、からしマヨネーズの味を知らないと言うことは、人生の30パーセントを損していると言っても過言ではない」


「……」


 そんな風にたこ焼き二つを両手で持ちながら近づいてくる松下さんを見ながら。


 夏の花火の想い出は少ない。友達ともやったことはないし、花火大会なんかで見た記憶もない。多分だけど、思い出すのなら唯一、この夜のことなんだろう。



















 でも、全然、いい。

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