第22話 仕事の終わりに


 本日の仕事がやっと終わった。後片付けをしていると、松下さんの友人であり、私の上司であり、イタリア料理店の店長である塚崎岳さんが朗らかな表情を浮かべながら声かけしてくれる。


「サトちゃん、お疲れ」


「お疲れ様です!」


 感謝の念をめいっぱいこめて、深々とお辞儀をする。


「いやぁ、本当に助かってるよ。ねぇ」


 そう言いながら店長は、綺麗お姉さん同僚の新内さんに声をかける。


「本当ですよ。もう、私ひとりだったら限界でしたもん。休日にやっとヘルプ入れて対応して、本当クタクタでした」


「まぁまぁ、その分給料上げてたから許してよ。とにかく、サトちゃん。ありがとう」


「へへ……」


 二人とも優しい。前のネジ工場も、みんないい人たちだったが、今の方が働いていて楽しい。


 新内さんと更衣室に入って着替えていると、


「最近……松下さん来ないな」


 ボソッと綺麗お姉さんがつぶやく。


「そう言えばそうですね」


「前は1ヶ月に1回は来てくれていたのに」


「そんなに来てたんですか」


 週に3回くらいは会ってるから、この店に来てなくても、あまり気にならなかったが。


「……嫌われちゃったかな」


「な、なんでそうなるんですか?」


「だって、来てくれないってことはそういうことでしょう?」


 なんて乙女な発言をする新内さんは可愛い。


「嫌われることしたんですか?」


「してないと思うけど」


「じゃあ、嫌われてないですよ。そんな人じゃないですもん」


 会社の愚痴ばっかり言う人だけど、気がつけば悪口ばっかり言ってる気がするけど、理由なく人を嫌ったりはしない人だって思ってる。


「……なんで来てくれないのかな?」


「聞いてみますか? 今日、もしかしたらいるかもしれませんし」


「だ、駄目! 絶対に駄目」


 ブンブンと顔を振り回す仕草が、なおさらに可愛い。なんで、こんなに可愛くて綺麗な人が松下さんのことを……と言うと、松下さんに失礼なのかもしれないが。


「じゃあ、私それとなく聞いときますよ」


「だ、駄目だって」


「大丈夫ですって。私が聞くだけですから。新内さんの名前出しませんて」


「絶対バレるって。サトちゃん、嘘つけない子だもん」


「つけますよ、嘘くらい」


「つけないじゃん。全然つけてないよ」


「割と普通に嘘ついてましたけどね」


「そんな風に見えない」


「……」


 断固として私の善人を疑わない、聖人君主のような新内さんには思わず感謝の念を抱くが、一方で本当の私をわかってないって思う。


 他のお金がある家庭よりは、世知辛い世の中を渡ってきていた気がする。世知辛いの意味は知らないけれど。


 母親も母親だった。携帯で電話してた彼女は、いつも嘘をついていた。『嘘はご飯のおかずのようなもの』、そんな迷言を残したときは私の誕生日を5回連続ドタキャンしたときだったか。嘘が駄目なことと教わってもこなかったから、別に嘘をつくことに罪悪感はあまりない。


「はぁ……」


「……」


 恋をしてため息をついてる新内さんを見てると、やっぱり自分は少しズレているんじゃないかって思う。彼女の恋愛に一生懸命な姿は、ハッキリ言ってまぶしい。


 これから、ラブソングを作ろうとする者が、ラブもライクもよくわからない状態に陥っている。


「……私、わかんないんです。なんで、そんなに新内さんが松下さんを好きなのか?」


 好きになるって、なんですか?


 恋するって、どんなんですか?


「松下さんは……」


 そう言って新内さんは顔を真っ赤にして口ごもった。


 ああ……やっぱり、可愛い。


「やっぱりいいです。お疲れ様です」


 お辞儀をして、ギターを持って駅前へと急ぐ。


 なんだか、無性に松下さんに会いたかった。あの人は、私が嘘つきだってことを知っている。本当の私を知ってて、それでもそこにいてくれている。


 私は可愛くない。きっと、この先も可愛くならないような気がする。どんなに甘えた声を出したって、潤んだ瞳で見つめても、頬を真っ赤にしたとしても。そんな私だからみんな逃げていった。そんな嘘つきだから誰も立ち止まってすらくれない。


 私はきっとこんな私だから。


 息をきらしながら駅につくと、松下さんはすでにいた。いつもの定位置で。いつも通りストロングレモンチューハイを飲みながら。


さえずるな!」


「な、なんなんですかいきなり」


「アイツら本当マジで勘弁してくれよ。こっちはかなり気を遣っているのに! 気を遣っているにも関わらず!」


「……私にも気を遣って、順を追って説明してくれませんかね?」


「サト、俺は会社で電話を好んで使わない。残らないから。あとで、『言った言わない』の世界になるから。でも、あいつらときたら電話電話電話……マシンガンのごとく電話を使ってくる。頼むから急ぎじゃなかったらメールしてくれよ!」


「頼んでも駄目だったんですか?」


「言い方が難しいんだよ。あんまりキツくすると冷たく聞こえるし」


「……松下さんは私にも言えないことはありますか?」


「あるに決まってるだろ」


「即答!?」


「どんだけのおっさんだと思ってんだよ。言えないこともあるし、言いたくても言わないことだってある。誰だってあるんだから、別にいいだろ」


「……」


「だからこっちだって、こんなに悩んでるんだよ。なんとかオブラートに包みこんで、なんななら丸焼きにして返したいのに……あいつらはガンガン言ってくるし」


「……ふふっ」












 少しだけ、安心した。

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