松下さんの小噺

第18話 春の焼き鳥


 桜が咲き乱れだした頃。その日も、当然のように会社はある。なにが咲こうが、散ろうが関係ない。これがサラリーマンの一般的な春だと言っても過言ではない。


「なんか、春ってウキウキしますよね」


 とサトは言う。


「そうだった……かな?」


「なんで疑問形なんですか」


「最近はあんまりそんな感情はなくなってきたな」


「……相変わらず、冷めてますね」


「もう、30回以上同じような光景見てるからな」


「何度見たって綺麗なものは綺麗だと思いますけどね」


「見るものは変わらなくても、心が変わってくるんだよ」


 経験値を積めば慣れてくる。それがあるからこそ、人は成長するし生きていける。慣れというのは感情を揺らさないためのもので、そうしてしか生きていけないんだとしたら、人は日々感情を奪われながら過ごしていかなくちゃいけない。


 なんだか、それは凄く、無常だ。


「でも、私は松下さんと見る桜は好きですよ。この前みたいに」


「……なにか、食べたいのか?」


「焼き鳥を」


「……」


 やっぱり、この小娘の可愛いには、裏がある。


 と言いつつ、素直に最寄りのコンビニに行って焼き鳥を買ってしまう俺は、いい奴だと思う。


「はいよ」


「ありがとうございます!」


 と言いながら、焼き鳥を食べだす。


「……なんか、人って……特におっさんは悲しいな」


「……」


 無視。


 当然、サトは焼き鳥食っているから、無視。


「……お茶飲むか?」


「……」


 無言で頷きながら、コンビニで合わせて買ったペットボトルの600ml麦茶を受け取る。


 こいつ、もしや俺を差し入れ要員としか認識していないのではないだろうか。


「サトぐらいの年頃の桜より、おっさんの頃の桜のほうが感動しないのに、その事実がおっさんは心打たれたりするんだよ」


 それは、なんか凄く切ない。


「でも、どっちかと言うと私たちよりも、年輩の世代の方が桜を見たりしてますよね。この前お花見したときも、大人の人たちが桜見てる人多かったですよ」


 やっと焼き鳥を食べ終わったサトは、意外と的を得た発言をした。


「……そう言われてみればそうだな。子どもの頃なんて、桜とかマジでどうでもよかったし、大学のときは、新歓コンパでの出会いの方が重要だったしな」


 不思議な現象だ。小さい頃の方が感受性は高いのに、低くなった大人になってから、むしろ花とかを見だすんだから。


「新歓コンパってなんですか?」


「大学に入学したときに、新入生を歓迎するために飲み会開くんだよ。サークルとか、部活とかの体験入学とかで」


「んー……ちょっとイメージわかないですね」


「そうか? 前にいただろ、公園で花見して盛り上がってる大学生たち。あんな感じだよ」


「そうじゃなくて、松下さんの大学生な感じが」


「うるさいよ。俺も、生まれてずっとおっさんだったわけじゃないんだよ」


 可愛い赤ちゃんで、可愛い小学生で、中学、高校、大学を経て、社会の荒波をくぐり抜けた末のおっさんなんだから。


「その新歓コンパって楽しいんですか?」


「まぁ、楽しいかと言われれば、楽しいからやるもんじゃないというか……いや、これからの大学生活を楽しむために参加するって感じかな」


「……はぁ」


「な、なんだよ。これ見よがしにため息ついて」


「私は、歌詞を書くときに季節とか花とか入れますけど、新歓コンパはのせられないなーと思って」


「……それ、歌詞に必要?」


「必要かどうかはわからないですけど、大学なんてもう縁はないんだろうし」


「……じゃあ、コンパやる?」


「えっ、やれるんですか?」


「新歓コンパではないけど、お前に3人以上の知り合いもしくは友達がいれば、まぁなんとか成立しなくはないけど」


「……いないっす」


「じゃ、じゃあ無理だな」


「はぁ……」


「いや、別に考えてみれば今は無理かもしれないけど、今後コンパなんてバリバリやるぞ。サトなんて顔面可愛いんだからやろうと思えばいくらだってやれる」


「……それ、大学生じゃなくてもやれるんですか?」


「社会人でもやるし、高校生でもやってる人はやるだろうし。合コンなんて、だいたいやるだろ」


「合コン? あー、コンパって合コンのことですか!」


 やっと、なにかが合致したようにサトはパチっと手を叩く。


「あー、合コンは知ってんのね」


「なんとなく、聞いたことはあります」


「……さっきのお前の『知ってる感』はなんだったんだと、俺は無性に問い詰めたいよ」


「じゃあ、松下さん私と合コンやりましょうよ」


「だからそれは3人以上知り合い作ってからにしてくれ」


「いないとできないんですか?」


「一対一の合コンは存在しない」


「……はぁ」


「お、お前ため息ついたらおっさんが忖度すると思ってんだろ」


「……」


「……はぁ、じゃあやるか?」


「えっ、できるんですか?」


「できるというか、無理やりだけどな。本来は、一対一じゃないんだけど、そして、なんでそんなにやりたいのかもよくわからないんだけど本番の予行演習というか」


「私は松下さんとやりたいんだから、今やる合コンが本番です」


「……」





















 結局、恐ろしく、盛り上がらなかった。




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