第17話 私のいいところ
駅前でギターを引いていると、誰も止まらないし、誰も聞いてくれない。そんな時は、少しだけ寂しくなる。少しだけ不安になって、少しだけ大丈夫かなって思う。
「私のいいこと100個言ってくださいよ」
と私がギターを弾いてる前で、ご飯食べてる松下さんに聞いてみる。
「……あっ、この餃子うんま」
「話をそらすんじゃない!」
「そらさしてくれよー」
「な、なんでですか?」
「シンプルに面倒くさい」
「酷っ!」
「まぁ、俺も長年生きてきてそんな質問も受けたことあるよ。でも、普通は10個とか20個とかそんなもんだ」
「そ、そうなんですか?」
「それをお前100個って……とんでもない自己顕示欲の持ち主だな」
「さらりとすごい悪口言われた!」
「まぁ、餃子を食え」
そう言って二、三個の余りものを食べさせてくれるのは嬉しい。『あーん』にしては、荒々しいそれは、もしかしたら『可愛い女の子の嫌がる顔が見たい』という松下さんの癖、いわゆる変態ではないかと推測する。
「……おい、心の声がダダ漏れだぞ。人を変態呼ばわりすんな」
「おっと」
「なにが『おっと』だ……なあ、サト」
「なんですか?」
「俺のいいとこ100個いってみ?」
「面倒っ!」
「だろう? お前は今、それを無意識に、無自覚に、無邪気にやろうとしたんだぞ」
「す、すいません」
これに関しては深々と謝らざるを得ない。
「だいたい、人の良し悪しなんて項目で表現するもんじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
「例えばだけど、勉強もまあまあできて、性格もまあまあよくて、気もまあまあきいて、お金もまあまあ貯金してる、顔が全然タイプじゃない人。顔がどタイプで、他は破綻してる人。どちらを選ぶかと言われると、俺は迷いなく後者を選ぶ」
「なるほど……ブスは嫌だってことですね?」
「そこは、オブラートに言ったんだから、オブラートに包んで欲しかったが、まあそういうことだ」
「最低です」
「現実だよ」
「……」
「俺が社会だ」
「……」
なんとなくだけど、社会って汚れてるって思った。
「実際には、全部まあまあな人とかのが人気高いから、その方がいいんだろうけど」
「でも、松下さんは違うんですよね」
「そこにはロマンがないからな」
「……」
いったい、この人はなにを言っているんだろう。
「とにかく、人の好みなんてアレやコレやの項目で測れるもんじゃないってことだ」
「……それはわかりますけど」
そんなことを聞きたいわけじゃないのに。素直に、10個、20個いいとこ言ってくれればいいのに。まあ、松下さんがそんな人じゃないことなんて、この数ヶ月の付き合いでわかってるんだけど。
「やっぱ、この季節はおでんだよな」
「今は春だし、いつだって、おでん食ってるじゃないですか。なんか、1個くらい言ってくれてもいいんじゃないですか?」
「……はんぺん食う?」
「いらない」
「がんも?」
「いらない」
駄々ってことはわかってる。でも、1個ぐらい。
「こんにゃくに味噌をかけて……味噌田楽」
「……それは、食べます」
モグモグ。
モグモグ。
「いいとこってのはさ、必ずしもいいってのは限らない」
「ん?」
「例えばさ、すごく可愛い子がいたとしてさ。その子と話すだけで舞い上がっちゃうぐらい、ドキドキして。側にいるだけで心臓がバクバクして、一緒に歩くだけで右手と右足が同時に出るくらい緊張して」
「……」
「性格もすごくよくて、優しくて、友達もいっぱいいてパフェ屋でアルバイトなんかしてキラキラしてさ。果ては、親が医者だったりするんだよ」
「……」
「それで、突然気づくんだよ。『ああ、自分と彼女は釣り合ってない』って。それで、なんとかしようって背伸びしてデートコースも下見したりするんだ。それで、完璧を装って」
「……松下さん」
「でも、どうしたって釣り合ってない二人に周りの目が気になったり、彼女は楽しかったのかって不安になったり。それで、フラれるぐらいで思うんだ。ああ、自分には釣り合わなかったんだって」
「……」
違いますよ。
「もうちょっとキラキラしてなかったら。親が教師ぐらいだったら。クレープ屋じゃなくて、うどん屋さんだったら。彼女が、彼女じゃなかったら。あのとき、もしかしたらって……だから、いいとこってのはさ、必ずしもいいってのは限らない」
悲しいことだけどな。
そう言って松下さんは、笑った。
「……違いますよ」
そんな風に。
「ん?」
「例えば、その人がドキドキしてたように、きっと彼女だってドキドキしてたんだって思います。一緒に歩くのだって、話すのだって、釣り合わないとかじゃなくて」
「……」
「きっと、デートの日だって楽しみで『なんの服を着ていこう』って何時間も迷って。結局、コーディネートを間違って、落ち込んでたりだってしてたんだと思います」
「……」
「そりゃ、2人が付き合うことはなかったのかもしれないけど。うまくはいかなかったのかもしれないけれど……それでも」
「サト……」
「……」
松下さんは私に『泣くな』と言った。
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